思春期デビュタント!

 カッコン、カッコン。メトロノームが規則正しい音を刻む中、長躯の男が小柄な女の腰を抱く。しかし、身長差のせいか、はたまた人相のせいなのか。男が華奢な腰を抱いて身を寄せると、如何にも誘拐の文字がチラついて仕方がない。それを、オブラートを幾多にも重ねて「やっぱり身長差が問題ね」と零したカリファは、首を振って小柄な女――アネッタを見る。

 男――ジャブラとの身長差はおよそ五十センチ。指摘を受けたアネッタも、少なからずはその問題に気付いているのだろう。「う」と短く言葉を詰まらせながらジャブラを見上げるので、ジャブラは鼻で笑い飛ばした。

「お、なんだその目は。八つ当たりかよ?……そもそも、おめーがチビすぎんだ狼牙」
「みんなが大きいだけだが……?」
「ちげぇよチビ」
「ぐぬぬ……!」

 誰だ、この男を相手に選んだのは。アネッタは今すぐにでもそう言いたかったが、一応は業務中。言葉を飲み込んで、代わりにジャブラの脛をエイと蹴る。――と、秒で隕石のように拳骨が落ちてきて、アネッタはヒィンと小さく泣いた。

「……となると、デビュタントで踊る相手はジャブラやルッチじゃダメね。当然ジャブラたちよりも身長の高いブルーノ達は外すとして、あとは…やっぱりカクかしら」

 そんな中、冷静に呟くカリファ。全くフォローをする気がないらしい。

「そりゃまぁ、カクが妥当だろうよ。年齢も同じなんだしよ」
「カクかぁ……でもカクって、ほかの任務が入ってるって言ってたよ?」
「えぇ。でも優先度的にはこちらが上だから、変えてもらうことはできると思うわ」
 まぁ、その場合はジャブラが別の任務に行ってもらうでしょうけど。カリファがそう呟くとジャブラは鼻で笑い「堅苦しい任務よか、暗殺任務の方がおれァ楽でいいぜ」と零したが、「フクロウとクマドリと一緒よ」とカリファが返すと、口をあんぐりと開けて、なんとも微妙な顔をしていた。

「カクかぁ……」
「あら、アネッタ。カクじゃ不満?……まぁ、不満でもデビュタントまであと数日だから我慢してもらうことになるでしょうけど……」
「ああ、いや、……不満、ってわけじゃないけど……」

 デビュタントとは、上流階級や社交界において、成人したばかりの若い女性やそれを祝う場を指す言葉だ。デビュタントたちは社交界でのデビューを果たすため、美しいドレスや装飾品で身を飾り、華やかな舞踏会やパーティーに参加するのだが、何が面倒かというと、彼女たちの優雅さや品位は一族や伝統と結びつく。つまりは、社交界でのデビューと銘打っているが、実のところは彼女たちを見定めて、社交界での出会いや人脈の構築、結婚相手の選定などを目的としているのだ。

 だからこそ、今回ターゲットが参加する舞踏会にデビュタントとして出るよう指示を受けたアネッタは、その舞踏会の場でダンスをする相手――パートナーを探しているのだが、どうにもこうにも相手はカクしかいないらしい。

 まぁ確かに、年も離れたジャブラを宛がうよりもカクに任せた方が自然であることは理解している。理解しているが、どうにも言葉が濁るのは、ここのところアネッタがカクの事を避けているからで、ううん、ううんと唸っていると、どかりと後ろにあるソファに腰を下ろしたジャブラが、「あぁ、あとスパンダイン司令長官のご子息サマがいただろ」と思い出したように呟いた。

「スパンダムさん?あぁ、確かに…そうね、少しカクよりは身長が高いけれど、まぁ許容範囲かしら。あと予定もその日は舞踏会に参加すると言っていたから、彼でも良いでしょうけど……」

 流石はカリファだ。話が早い。ただ、スパンダイン指令長官の息子であるスパンダムと言えば、性格がよろしくない事で有名だ。何度か怒鳴られたことのあるアネッタは天秤にかけるまでもなく「カクで我慢します」と返すと、突然背後の方から「なんじゃ随分と失礼なことを言っとるのう」という声が聞こえて、びくりと肩が跳ねる。

多分、五センチくらいは足も浮いていたと思う。

「か、カク……いつから此処に?」
「さっきじゃ、ブルーノから呼び出されてのう」
「あぁそういうこと……」

 カクはバナナシェイクを飲んでいた。ストローを口に、ずごごっと音を立てながら飲み進めた彼は、近くにあったテーブルに置いて「それで?一体どうしたんじゃ」と切り返す。

「デビュタントでのパートナーを探してんだよ。こいつチビだから中々丁度いいのがいなくてよ」
「チビじゃないが…?」
「うるせえ黙ってろ」
「ヒン……」
「それで、年の近いあなた達が適任じゃないかと話をしていたの」
「……はぁ、成程のう」
「カク、ちょっとアネッタの前に立ってくれる?」
「ああ」

 言って、カクはアネッタの隣に立って見せる。改めて立つと身長差は三十センチほどだろうか。こうしてみると随分と背が伸びたように見えて「カクまた身長伸びた?」と問いかけると、彼はぱっと花を咲かせるように笑みを浮かべて「おお!もう少しで百九十センチじゃ!」とそりゃあもう嬉しそうに呟く。
 なんだかそれが眩しくて、いつも見ている筈なのに妙に胸が弾んで、「カク、腰に手を」と見栄えを測るために身を寄せるカクから目を反らし、足元へと視線を落とす。

 なんだか、無性にドキドキする。いつからか、彼をまっすぐに見つめられなくなる瞬間が増えたように思う。彼の身長が伸びたからか。それとも腰に添えた手が大きくなったからだろうか。「アネッタ」と呼ぶ声が、前よりも低くなったからだろうか。どれも些細な変化のようにしか思えないのに、妙にドキドキして仕方がなくぎゅーと痛む心臓を堪えるように胸元を抑えるとアネッタの名を呼ぶ声が、近くで「大丈夫か」と囁く。

「え?」

 ぱっと顔を上げると、目の前にカクの顔があった。
 驚いたアネッタは後ろに後ずさったが、腰には手が添えられたまま。大きな手のひらはぐっと力をこめて後ずさる体を支えると、カクが一体どうしたのかと首を傾げて見下ろした。

「いや、胸を抑えとるから具合が悪いのかと」
「え、あ、うん」
「?、体調悪いんか」
「いや、とく、……には」
「本当かのう」
「本当だって」

 そんな会話を二人で行うなか、「じゃあ決まりね。当日のパートナーはカクで調整するから、あとはダンスの練習でも行ってちょうだい」というカリファの声が響く。

 ああ、参ったな。本当にカクで決まっちゃった。なんてことない顔をするカクと、なんてことなくない顔の私。彼がパートナーで頼もしく嬉しい反面、それってつまりは他のデビュタントとも踊るってことじゃないの、と嬉しくないような。なんだか心までもがちぐはぐで、もう一度視線を落としたアネッタは、彼の顔を見ることが出来なかったが、カクの手をそっと取ると「じゃあ練習しようか」とぎこちなく呟いた。


 なんてことない顔をする自分と、なんてことなくない顔をするアネッタを見て、己惚れたくなるような気持ちが湧くのは至極当然で。目を合わせるだけで大きく揺れる瞳に紅葉のように色づく耳。どれをとっても彼女の意識が己を向いているようにしか思えず、カクは自分の首裏に手をやって「……参ったのう」と零したが、彼女の提案を受けるとそれをすぐに飲み込んで「あぁ、わしの足を踏んでくれるなよ」といつものように冗談一つを返し、彼女の手を握り返した。