中々区切りがつかずに遅れて入った休憩時間。一度道具を戻してから昼食を取ろうと休憩所に戻ると、端の方に群衆が出来ていた。こうして群衆が出来ている時は大抵差し入れがあった時なのだが、さて、今回の差し入れはなんだろうか。期待に腹がグウグウと鳴るのを腹を摩ることで誤魔化して、まずは入り口にある木箱に道具を置いて、ついでに壁に掛けられたボードに進捗状況を記載して、小さく息を吐き出した。
「カクさんもう貰いました?」
そこに、部下の一人が声を掛けてきた。貰いましたも何も、いまやってきたので状況すら理解していないのだが、手に持っているドーナツを見るに、今日の差し入れはドーナツらしい。ふんわりと香る甘い匂いが腹の虫を煽ること。グウと鳴る腹をもう一度摩ってやれば、「いいや、ドーナツの差し入れでもあったのか?」となんてことない顔で訊ね返した。
「あぁ、はい。アネッタさんがたくさん持ってきてくれて…あ、でももう無くなりそうなんで早く取ってきた方がいいですよ」
「……アネッタが?」
「?、聞いてないんですか?」
「ん、あぁ」
彼女は確か、振り返り休日で休みだった筈。それがまたどうしてドーナツを。色々と疑問は浮かんだが、友人のいない彼女のことを考えると、おおかた暇つぶしに作ったのだろう。
ひとまず、無くなりそうなのであれば、腹もすいたことだし一つは確保しておきたい。部下には「わしも取ってくる」とだけ言って、群衆になっている男たちを適当にかきわけて中心部へと向かったが、差し入れを貰うには随分と遅い登場になってしまった。テーブルの前に辿り着いた時には、ドーナツのカスだけが残った皿が残っているだけで、ドーナツの姿は一つもなく、わしはその場に立ち尽くす羽目になってしまった。
「……、……遅かったか……」
同意するように、腹の虫がグウと鳴く。
これだけでも虚しいのに、回りにはドーナツをしっかりと確保した男たちばかりで、パウリーやルル、タイルストン、果てはルッチとハットリまでドーナツを食べながら「遅かったなぁカク!」「フルッフー!一足遅かったなッポー」なんて煽るではないか。ああ、笑っている顔が腹立たしい。
その上、ドーナツを分けるなんて考えは端から無いようで、これみよがしに平らげた男たちは「ああ、美味かった」と腹を摩るのだから、本当に腹立たしくて仕方がない。
「性格が悪い奴らじゃのォ……!」
しかし、此処でぐちぐち言ったとて時間が過ぎるだけで、ドーナツが増えるわけではない。ただ、どうにも腹立たしいので、立ち上がったパウリーの尻を蹴って多少の苛立ちを発散させたのち、ぎゃんぎゃんと喚く様を無視して入口へと足を向けた瞬間、どふ、と胸元に何かがぶつかった。
勢いはそう強くなかったが、視線を落とせば視界いっぱいに小麦色が目に入る。それが彼女──アネッタだと気付くまでにはそう時間もかからなかったが、一体なぜこんな近くにいるのだと見つめると、彼女は「驚かそうとおもったら急に振り向くんだもんな…」と赤くなった鼻を摩りながら唇を尖らせた。
「なんじゃ、まだおったのか」
「いたよー、カクに一言声をかけてから帰ろうと思って……って、あれ」
其処まで言って、アネッタはしぱしぱと目を瞬かせる。
どうやらドーナツがないことに気付いたらしい。
「あれ、もしかしてドーナツ食べられなかった?」
「んん、あぁ、まぁ……一足遅かったようじゃ」
「ありゃ……」
暫くの沈黙。彼女としても、まさかわしが食べていないとは思いもしなかったのだろう。彼女はじいと顔を覗き込むようにして思案顔を見せたのち、背負っていたリュックを下ろして口を開けば、「じゃあこれあげるよ」と個別包装されたものを差し出してきた。
見れば、そこには通常の茶色と黄色のチョコレートでキリン柄にアイシングされたドーナツが一つ入っていた。思わずそれを見て顔を上げると、彼女はどこか照れくさそうな顔で頬を掻いた。
「ほら、カクってキリンが好きでしょ?だから…その、試しに一つ作ったんだけど、すごいへたくそだったから渡すの恥ずかしくって」
確かに彼女が渡したそれは、お世辞にもうまいとは言えない。黄色のアイシング部分は剥げている部分はあるし、茶色の模様部分だって別に難しい形ではないだろうによれよれで、ところどころ下地の黄色に混ざってマーブル柄になっている。きっと下地が固まるまで待てなかったのだと思うのだが、それでも、自分のために用意したものだと思うと胸がが満たされるような、それでいてくすぐったいような、そんな不思議な感覚に陥ってしまう。
「……」
「……あ、で、でもこれアイシングしただけだし、ドーナツ自体はみんなが食べたものと変わらないから、っと、とにかく柄は目をつぶって貰えたら……」
「ん、あぁ……貰っても……いいのか?」
彼女の恥ずかしそうな表情を見ながら、ぽつりと問いかける。
「うん…まぁ……カクにあげようと持ってきたやつだし……」
「………わしだけか?これを用意したのは」
「え?うん、キリンといえばカクだし…」
「豹柄とか、牛柄は?」
「いや、ないけど…」
「………そうか」
「……?……どうしたの、そんなにドーナツ好きだったっけ?」
どうやら、自分が思っている以上に喜びの感情が表に出ていたらしい。鈍感なアネッタは突然機嫌がよくなったわしを見て、不思議そうな顔で問いかけるので、緩む口元を隠すように個包装された口元に向けると「ん、…フフ……そうじゃな」と返した。