冬の瓜

 吐息が白く凍り付く季節になった。防寒対策として贈られた火鼠の衣のお陰で寒さはさほど感じず、今日は暖を取りにやってきた【すねこすり】と呼ばれる猫妖怪を家に招いて遊んでいたのだが、気付けばゴロゴロとした両手大の実が増えていた。それも緑色につるりとした表面は、どことなくスイカに近いように思えて手のひらでペンと叩くとポンと鳴る。……一体これは何だろう。手のひらを添えて右に左に転がしてみたものの、特に違和感はなし。
 アネッタはこれを持って帰宅した烏天狗に向けて尋ねると、彼は笠に積もった雪を縁側で払いながら答えた。

「あぁ、知らんかったか。それは冬瓜じゃ。冬の瓜と書く」
「とうがん……初めてみたかも。でも瓜ってことはきゅうりとか、スイカとかの仲間だよね。冬の瓜だからいまが旬なの?」
「いいや、きゅうりやスイカの仲間であることは合っておるが、この冬瓜の旬は夏じゃな」
「え、そうなの?冬の瓜って書くのに?」
「冬瓜は夏に旬を迎える野菜じゃが、その後冷暗所に入れておけば冬まで持つことから冬瓜と名付けられたものでのう、村の方で貰ってきたんじゃ」

 言いながら、此方へと寄るカクの手がアネッタの頬を包み込む。しかし、雪が降りしきるなか帰宅したばかりの彼の指先は赤くなるほど冷たくなっており、あまりの冷たさに出た言葉は驚嘆交じりの悲鳴であった。

「冷たいからやめてっ」

 そう言うと、彼は白い歯を見せてくしゃっと笑った。

「わははっ、つれん奴じゃのう!労働を終えた夫を温めてくれてもええじゃろうに」

 頬を包み込んだ手のひらはぐんぐんと体温を奪う。それを楽しむ手のひらは頬から首元へと落ちて、小指と薬指が整えた着物の隙間に滑り込むものの……それで察するほど彼女は大人ではなかった。先程までは非難を向けていたのに、こそばゆいと笑う少女の声が鈴の音のように心地よく響く。そんな姿を見ていると、それが朱に染まる様子も見たいと嗜虐心めいたものを感じるが、それを見るにはまだ陽が高すぎるか。
 カクはしばらく間を置いて、ちゅっと唇を押し付けるようにして額へ口付けると「それじゃあ、身体を温めるためにも飯でも作るかのう」そう声を掛けた。

 そうして、場所を土間へと移して調理の準備へ。まずは袖が落ちないよう腰紐を使いたすき掛けをして、次に鉄鍋にたっぷりの水を入れて座敷にある囲炉裏へと。代わりに座敷からはよく肥った冬瓜を持ってきて、まずは四分の一に切り分けて、中央にあるワタと種を取り除く。それから皮を剥いたあとには、その皮を短冊切りで細かく切ってから残り僅かな塩麴の入った茶壺に入れてよくかき混ぜる。これは冬瓜の塩麴漬けと呼ばれる漬物で、夜になれば丁度良いくらいに漬かっていることだろう。
 次に、大根のように白い部分を一口大に切っていく。これから作るものは汁物のつもりなので、そう厳密に一口大にせずとも食べる頃にはホロリと崩れてくれるとは思うが……そういえば一口大とはどれくらいがちょうど良いのだろう。

「……アネッタ、口を開けてくれんか」
「え?」
「あーんじゃ」
「え、あ、あーん……」
「…………ふむ」

 困惑しながらもひな鳥のように口を開けるアネッタに、まじまじと見つめるカクが今しがた切った冬瓜を口元へと寄せる。しかし、どうにもこうにも自分の一口は彼女には大きいらしい。冬瓜を縦にしても横にしても入らない気がする。……なるほど、もう少し小さく切ってやったほうが良いか。
 納得してひとり切り始めると、アネッタはしばらく口を開けたまま「なんなの……?」と困惑を零していた。

「ほれ、口を開けとらんで鶏肉を焼いてくれ」
「えぇ……?……あれ、でも鶏肉なんてあったっけ?」
「あぁ、帰りに締めてきたんじゃ。ほれ、そこのザルにあるぞ」
「しめ……」
「…………アネッタ、お前もいい加減締めることくらい慣れんといかんぞ」
「う、わ、分かってるよぉ……」

 現代で育った彼女は、鳥を締める事を極端に怖い事だと思っている。彼女いわく現代では購入時点ですでに捌かれているため締める様子まで見たことがないようだが、この妖の国ではそうはいかない。食べたいものがあっても、呼び鈴一つで現れる事なんてないのだから。
 それに、現代だって、締める前工程を抜きにしているだけで誰かがその役割を果たしている筈。……いい加減、彼女も一人で出来るように教えるべきだろうか。ジャブラやブルーノからは甘やかしすぎだと言われ続けて、そのたびにそんなことはないと返していたが、なんだか甘やかしすぎているような気がしてきた。
 怒られまいと逃げるようにして囲炉裏へと向かう姿に、息を吐いた。
 対して、アネッタはなんとか怒られる前に危機を脱したと思っていた。囲炉裏に下げた鉄鍋に、あらかじめ細かく切られていた鶏肉を入れる。火にかけて炒めてやると、パチパチと爆ぜるような音と鶏肉が焼ける匂いが漂いはじめ、気まぐれに寄ってきたすねこすりに向けて「お腹すいたねぇ」と声を掛けたものの、鶏肉はあまり興味が無いらしい。鉄鍋を覗いたすねこすりは鼻を鳴らすと、そのままゴロンと寝転がってしまった。

「ちょっとぉ……」
「うん?なんじゃ、すねこすりに振られてしもうたんか」
「そう、鶏肉は興味ないんだって」

 魚の時なんて顔を突っ込みそうなほど近付いてくるのにね!今度は怒ったような声色で言うアネッタにカクは笑うと「そうじゃのう」とだけ返して、ほどよく鶏肉が炒められた鉄鍋に冬瓜たちを入れていく。あとは鶏肉から出た油を吸わせるように炒め合わせてから水を入れ、煮立たせる。最後に少しの醤油と塩で味を整えたら、とろりとした冬瓜と鶏肉汁の完成だ。

「ん、これで完成じゃな」
「うわぁ……美味しそう……カクが作ってくれるものって全部美味しいんだよねぇ」
「…………蕎麦屋のサッチにも同じこと言うとったじゃろ」
「あ、あっちは本物の料理人なんだから言ってもいいじゃない……!それにカクが作ってくれる料理がおいしいのだって本当だもん」

 ぐううううう。唇を尖らせる彼女が、響く腹の虫を聞いて自分のお腹を誇らしげに叩く。ほらねって顔だ。おおかた美味しいからこうやって腹がすくのだと言いたいのだろう。まったく微笑ましいものだ。
 カクはそんな妻に対して「本当かのう」と適当に弄りつつもお椀に汁を注ぐ。一応腹が空いているという彼女には具材を多めにしておこうか。琥珀色に揺らめく汁は美しく、コトコトと鉄鍋の中で揺らめく具材たちを攫い、少し多めにいれたあと、二人は手を揃えていただきますと言って食べ始める。
 アネッタは、トロリとした汁と鶏肉の油を吸って旨味を閉じ込めた冬瓜の味わいに頬を緩めた。

「おいしーい……、冬瓜って癖がないんだねぇ。なんか大根っぽい……?」
「フフ……そうじゃろう。もちろん旬である夏に食うのもええもんじゃが、こうして寒い日に食べる冬瓜が好きでのう……」
「うんうん、冬まで保管しちゃう理由もよくわかるなぁ……だってこれ、おうどんとか、それこそおそばとか入れても美味しいんじゃない?」
「…………それ、いいのう」
「前にもらったお蕎麦、まだ残ってたかな……」

 確か、いただいた数が奇数で、二玉ずつ食べる中で一玉だけ余っていたはずだ。二人で食べるには少し足りないかも……と思って結局手をつけられなかったけど、今ならちょうどいいかもしれない。そう思い、取りに行こうと顔を上げると、もうカクの姿が見当たらなかった。
 あれ、どこ行ったんだろう。
 寝転んだままのすねこすりに視線を向けるが、彼は完全に我関せずといった様子。その時、土間の方からカクの声が響いてきた。

「おい! 蕎麦が一玉あったぞ!」

 烏天狗である彼は、確か百年くらい生きていると聞いたことがある。十七歳のアネッタからすれば、ずいぶん年上なはずなのに、ときどきこんな風に子供っぽい一面を見せることがある。その様子が何だか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。
 きっと、それは妻の目線だからこそなんだろうけど――。

「なんじゃ機嫌がいいのう、面白いことでもあったのか?」

 不思議そうに首をかしげる彼の顔に、ますます笑みがこぼれる。その様子にカクは増々不思議いっぱいな顔を浮かべていたが「ううん、なんでもないよ」という言葉は柔らかく響いた。