港町ランダルに潜入したのはつい先日の事。政府関係者の立ち入りを禁じた地に足を踏み入れたのは正に関係者である諜報員だが、身なりはそれらしい海賊に合わせた。任務の一つを片付けて、昼食がてらメシ屋・スペルシアに入ったのは客寄せに使われた香辛料の香に釣られたからなのだが、店主の視線が凄い。……もしかして、早々に政府関係者ってバレた?そんなことを考えながらもその視線を躱してカウンター席へと座り、一番手早く出してくれそうな炒飯を頼むと、店主は此方を見たまま尋ねた。
「なぁ、兄ちゃん。もしかして今は三つ編みが流行ってんのかい」
「へぇ?」
「いやぁ……実はきのうも三つ編みで同じくらいの背丈の旦那がきてよ」
髪の毛も似たような赤毛だったかな。兄ちゃんよりも彫りが深かったように思うが、アンタの耳飾りのように金色のピアスもあってよ。もしかして、親子だったりすんのかい。鉄鍋を豪快に振るい、米を炒めながらの語りっぷりに、「さあ」と適当に流すが心当たりはない。
その時、それに被せるように声が続いて、背後から迫る影がアネオスの姿を覆った。
「ダハハハハ!……なんだ、おれのことか!」
アネオスは思う。これは厄介な奴に目をつけられたかもしれないと。背中から伝わる、他とは違う圧。自然を装って振り返ると、そこには先の説明にあった赤毛で三つ編みの男が立っていた。
美しい人体彫刻を思わせる彫の深い顔立ちに、がっちりとした首から繋がる太く逞しい肉体。赤毛を後ろに流したオールバックのサイドには几帳面に編まれた三つ編みがあり、鼻や口端に飾り付けられたピアスたちは、紳士ではない事を語る。
「ドランヅ……」
アネオスはその容姿を見て、直ぐにインペルダウンに収容されていた海賊だと分かった。
ドランヅ・カブレオ。確かグランドラインのある海域で覇権を争い荒しまわっていた海賊で、海軍によってインペルダウンに収容されていた男だ。直近ではあの頂上決戦後に脱獄したと聞いていたが、また海賊稼業でも始めたのか。小綺麗な身なりで、襟足よりも長く編み込まれた髪を揺らす男に呟くと、ドランヅは凛々しい眉の間に皺を寄せて尋ねた。
「おれに息子は居ない筈だが……おれを知ってんのか坊主」
「あぁ、いや、気を悪くさせてしまったのなら申し訳ない。ただ、グランドラインの方でアンタの事を知らない海賊なんてそうはいないだろ?ほら、アンタを真似て三つ編みもしてるんだ」
「ダハハハハ!分かりやすいおべっかだが……そうだ、おれのことを知らねえニワカはいねえな!」
機嫌良く隣に座るドランヅが、酒を一つとグラスを二つ頼んで出されたウォッカをグラスいっぱいに注ぐ。恐らくもなにも、これを飲めと言う事だろう。言葉なく差し出されたグラスに、挑発的な笑み。それを「案外気前が良いんだな」と機嫌を損ねない程度の軽口を叩いて一気に煽ると、彼はそれを満足そうに笑い、声を弾ませた。
「おお、坊主!いい飲みっぷりじゃあねえか」
度数が高い酒を一気に煽らせるとは、随分と良い性格をしている。頭に響くような強い酒に対抗して無理に笑みを浮かべ、入れ替わりで出された炒飯を見る。先程まではこれが食べたかったというのにどうにも食べる気も失せてしまって、それでもなんとか無理をして食べていると隣で酒を煽るドランヅが言った。
「お前、名前は」
その言葉に炒飯を口いっぱい頬張るアネオス。咀嚼で時間を稼ぎながらさてどうしたものかと考えるのは身バレ防止の策で、彼は飲み込むと同時に答えた。
「おれ?あー……、ネオ」
「お前、いま考えたな」
「ははは」
「お前も海賊か?」
「あぁ、といってもアンタと戦う気はないぜ。おれはしがない海賊でも、無茶な戦闘はしねえと決めてるんだ」
ドランヅがいま海賊稼業を再開したのかは分からない。けれど衝突だけは避けたい事項だ。そのためにはさっさと炒飯を食べて、適当に躱しながら立ち去るに限る。アネオスが皿にある米を一粒たりとも残さずかき集めて食べ終えると、それを見るドランヅの双眼が細くなりグラスに酒を注ぎながら言った。
「いいや違うな」
「うん?」
「お前は海賊じゃねえ」
静かに響く、指摘。
「……へえ?」
アネオスは顔色一つも変えずに返す。
「……海賊にしちゃ身なりも、食い方もえらく綺麗じゃねえか。ええ?」
どこぞの貴族か、はたまた海軍か。ドランヅの出す選択肢に世界政府の諜報員はなかったが、豪胆な割に冷静に物事を見ている。こうして話している間も向けられる眼差しはやけにギラついて、アネオスが次の一手として口を開いた瞬間、それを割り込む形で轟音が入り口から轟く。驚くドランヅの反応を見るに、彼の仕業ではないらしい。
彼の視線を辿り入り口を見るとこれまた恰幅の良い赤毛の男が銃器を構えて立っていた。
「グハハハハ!此処にいる奴らは全員、金を寄越せ!」
……まぁ、こっちはドランヅよりも遥かに頭の悪そうな輩であったが。
「ははは、確かにおれはあそこまで品位を落とす事は出来ないな」
「……ダハハハ!……ふん、運が良かったな坊主」
「それは、お互い様じゃないか。あっちの方が笑い方まで似てるぜ、パパ」
「おれには娘しかいねえよ」
言いながら、話を中断して立ちあがる。入口は襲撃でぽっかりと穴が開いて、カウンターの一部も崩壊。これではこのまま飲み続ける事も不可能だ。よって心理戦はこれにて終幕。ドランヅは「馬鹿が、邪魔しやがって」と機嫌悪く言いながら剛腕を振るい、あっさりと海賊たちをせん滅したのだが……気付けばあの坊主の姿は無くなっていた。恐らく、一瞬の隙をついて逃げ出したのだろう。
全く。ちょこまかと、図体だけはでかいドブ鼠のような男だった。ドランヅは崩壊したカウンター席にある、かろうじて残っていたウォッカ瓶を取って残りを煽ると「助けてやったんだから、勘定はいらねえだろう」そう言って、怯えて頷く店主に構わず外に出ると、足跡一つも無い砂地に舌を打った。