可愛いあの子が殴られたんだってさ

真島
「……どこのどいつや」
てっきり「気いつけんとあかんで」といつもの調子で言うか、過度に心配をするかと思っていたのに、ザックリとした事の経緯を聞いた真島の反応は、酷く影を落としたものだった。日頃の過度すぎるほどに茶目っ気をたっぷりと乗せた声が、地を這うように低くドスを利かせている。その声色は冗談を挟む隙を与えず、思わず「真島さん」と声を掛けたが、視線は逸れる。「ワシのモンに手ェ出すっちゅうことがどういうことか、教えてやらんとなぁ……」その声は、まるでその先の行動と結末を示すようで、ゾクリと震えが走った。

山井
「…………なんだ、このツラは」
ヌウと伸びた手が顎を掴む。不機嫌を滲ませたその声は低く、トミザワより経緯が報告されると彼の双眼が細まって手が離れた。「トミザワぁ……監督不行き届きじゃねえか」「勘弁して下さい……俺は別にお守りをしてたわけじゃないんですよ……」「……まぁいい、ひとまずソイツの所へ案内しろ」山井の視線は外へ向く。同じようにトミザワも外を向いて歩き出して、「山井さん」という言葉だけが虚しく響き、翌日のニュースには惨たらしい事件が上がった。

難波
「訳なんてのは後で言い、まずは先に冷やすぞ」
流石は元医療従事者。復讐や怒りよりも先に処置の選択肢が前に出て、手を引いた難波は公園に入り、自分の首に巻いたタオルを抜いて躊躇なく水道で濡らす。「悪いな、もっと綺麗なもんで出来たら良かったんだけどよ」言いながら濡れタオルを硬く絞り、丁寧に畳んで頬へと寄せる。あまりの冷たさに肩が跳ねると「痛いか」と心配を滲ませた言葉が言い、それからゆっくりと視線を合わせた。

春日
「××ちゃん……どうしたんだよそれ……」
茫然と零す春日に「殴られちゃって」と眉尻を下げる××。その頬は痛々しく赤く腫れ上がっており、事の経緯なんてものを聞かずとも殴られたのだと分かる。その瞬間、腹の中にどす黒いものがはらみ、無意識に噛みしめた奥歯が軋む。けれど、それを此処で公に出す事は無く、握りしめた手を緩めて近付き、「××ちゃん、何があったか教えてくれるか」そう優しく訊ねた。


「――それ、誰にやられたの」
いつもと変わらない少しだけ間延びした声色に灯る、静かな怒り。どこかねっとりと粘度を持ったそれに足元から蛇が這いあがるような感覚と、ただならぬ緊張感を覚えて、息が詰まる。――これが、武闘派中国マフィア「横浜流氓」の若き総帥・趙天佑。「まぁ、自分で探せばいいんだけどねぇ」乾いた笑いを漏らす彼の手を掴んだのは、反射的だったと思う。でも、――彼の指先は、冷たい。「……天佑さん、あのね、一緒にいてほしいな」そう言うと、彼の眼差しが揺れる。それから息を漏らすように笑った彼は「仕方ないなぁ」と言って腰を抱き、ぎゅうと抱きしめた。


足立
「女に手を出すなんざ……ふざけた野郎がいたもんだな」
それで、一体どこのどいつだ。厚みのある声が沈んで、圧を生む。彼の温かな眼差しは現役時代を思わせる厳しいものへと代わるものの……怒りに身を任せて箍を外さないのは流石と称すべきであろう。「いいか、××ちゃん。こういった事は許しちゃいけねぇんだ」俺を信用して話しちゃくれねえか。向けられた視線は誠実のそれだ。話す間も彼は決して茶化すことなく腕を組んだまま。説明を終えた彼女に「俺がちゃんととっつかまえてやるから、安心するんだぜ」そう言って続く心配に「俺を誰だと思ってんだ、今はこんなナリでも昔は中々のものだったんだ」と言い、安心させるようにニカリと白い歯を見せて笑った。

トミザワ
「……あのよ、頼りない俺が言うのもなんだけど、痛いなら痛いとか、怖かったとか、そういうの言ってもいいんだぜ」
頬を腫らした姿に、氷水を入れた袋を渡してポツリと言う。彼女は“お利口”すぎる。別に一つ二つ――いいや、××いくらだって我儘を言ってもいいのに、こんな時にも迷惑になることを避けてなのか、経緯を語る事は無い。「……俺たち、まだ出会ったかもしれないけど、友達だろ?……そんな目にあったってのに、何も教えてくれないのは寂しいぜ」心配と、それから少しだけ抱いた寂しいという感情。自分がもっと一番や、山井のように強ければ、彼女は言ってくれたのだろうか。ジッと真っ直ぐに見つめるトミザワの瞳は、彼女を見つめていた。