好きな人は洋菓子店のお姉さん

ピュール
「あれ?ピュールくん、今日も来てくれたんだ」「ええ、まぁ」
ミアレガレットを頼まれて、焼きたてのものを箱へと詰める。ミアレガレットが焼き上がる時間を教えて以降、その時間に合わせてやってくるピュールくんはいつも少しだけ目を逸らしている。初めて出会った頃はきちんと目が合っていた気もするのだが、彼の年を考えれば思春期なのかもしれない。深くは追及せず。ただ不思議に思った言葉をぶつけると、彼はこちらを見たあと露骨に声を詰まらせた。
「いつも思ってたんだけど、カナリィさんお気に入りのミアレガレットじゃなくていいの?」
彼が大のカナ友であることは知っている。であればカフェ・おとこまえの“特別なミアレガレット”の方が良いのでは──と思ったのだが、ピュールくんは言葉を詰まらせたまま沈黙し、それから長い間を開けて呟いた。
「カナリィさんには申し訳ないですが……ボクの一番はキミの作ったものなので」

カナリィ
「××~、配達ありがと~。エナドリ全開とはいえ、やっぱこれがあると配信が捗るんだよねー」
配達なんてサービスは勿論ないけれど、友人の頼みでやってきた仕事終わり。差し出したお菓子はミアレガレットやマカロンといったお菓子の詰め合わせ。それは彼女がチョイスしたカナリィセットで、何度も注文するぐらい気に入っているくせに彼女は配信で紹介することはない。
「あーこれ可愛いね、このマカロンのエメラルドグリーンとイエローの組み合わせもイケてる!」「そんなに気に入ってるなら、カフェ・おとこまえみたいに紹介してくれてもいいんじゃないのー?」「ええ?やだよ、そうしたらカナ友が殺到して××のお菓子を食べたい時に食べれなくなるし」……つまりは独占欲ということか。
マカロンには手をつけず、マスクを下げてクッキーをサクサクと食べる様子はなんとなくリスとかハムスターっぽい。彼女の口端にあるクズを指先で拭うと、カナリィはボッと顔を赤く染めて「な、な、なに、急に」と言いながらマスクをあげた。
「いや、クッキーついてたから……」「あ、ああ、そういうこと……。……ねー、××はぼくが買いに言ったら嬉しい?」「?いつも買ってくれてるじゃない」「じゃなくて!ぼくが、直接ってこと」
ぎこちない言葉に、分かりやすい好意。これがもっと鈍感で、可愛げがあればカナリィ好みなんだろうか。その思いを飲み込み、「そりゃあ、うれしいけど」──そう答えると、一度は上げたはずのマスクを下げて、「じゃあ、××のお菓子を食べに……少しは外に出てみよーかな」と口をとがらせながら呟いた。

タラゴン
「おお、閉店前にすまんな。マカロンとミアレガレット……ああ、それからその新作とやらを包んでくれんか」
陽が落ちてきた頃合い。土ぼこりを気にしてか、ヘルメットと軍手を外して入店したタラゴンさんは、お菓子を並べたショーケースを眺める。それから慣れた様子で注文したのは可愛らしいお菓子の詰め合わせ。エメラルドグリーンとイエローのマカロンと、ミアレガレットを選んだのは彼女の孫娘・カナリィへの贈り物らしい。
「今日“も”カナリィへのお土産ですか?」「ああ、お使いを頼まれてのう」「そうでしたか。今日はマカロンの試食をお願いしようと思っていたんですけど……タラゴンさん苦手でしたよね?」
あの日行われたカナリィのクイズが確かなら──タラゴンさんはマカロンが苦手なはず。それでも彼に向けて新作の試食をちらつかせたのは、カナリィの部屋にある写真を見せてもらったからだ。
「とーっても美味しい新作なんですけど……」「ぐう……」「タラゴンさん、食べれないですもんねぇ」
今回の新作・ピスタチオマカロンをちらつかせたままと続けると、彼は言葉を詰まらせる。しかし全てを知っていると悟り観念したのか、「試食なら、感想が必要じゃろ」と愛想のなく言うと、マカロンを手に取って頬張り、気恥ずかしそうに頭をかいた。
「ウマイ……が、どうにもアンタはひとが悪いらしい」

マスカット
「失礼、手土産用にお菓子をいくつか詰めてもらってもよろしいですか」
クエーサー社でジェット社長の秘書・マスカットさんは仕事が早い。それに恰幅の良い彼が来店すると、それなりに威圧感があり、ピリッとした緊張が走る。その一方で彼の言葉は非常に丁寧で、「何か入れてほしいお菓子の種類や、配置、大きさなどのご要望はございますか」と尋ねると、彼は間もなく答えた。
「ミアレガレットを多く配分していただければ、あとは××さんのチョイスで構いません。大きさは……ああ、そこにあるSサイズ缶で、数は五つほど」「でしたら、こちらのセットが直ぐに出せるかと」「素晴らしい!それではそちらをお願いします」
……うーん、前々から思っていたことだけど、やはり仕事が早い。支払いもスマホロトムによる電子決済で直ぐに完了し、残るタスクは梱包のみ。包装用紙とリボンを選んでもらったあと、一つ一つ丁寧に包みながら、時間稼ぎに呟いた。
「クエーサー社の手土産に選ばれるなんて光栄です」「そうですか、そう言っていただけると此方も有難いです。……相手は我がクエーサー社とやりとりはあるものの、このミアレシティに初めてお越しになる方ですから。このミアレシティで有名なミアレガレットを手土産にと……」「わあ……話を聞いたらますます光栄に……そんなに大事な方なのに選んでくださってありがとうございます」「いえ、わたくしにとって一番のところを選んだまでですので」「えっ」
彼からすれば、この店を選択することが最善であったらしい。その真っ直ぐすぎる誉め言葉に一瞬手が滑ったが──此方もプロだ。滑った事なんて悟らせずに手早く包んでリボンで飾り付けると、にやけそうな顔を堪えて、丁寧に頭を下げるマスカットさんを見送った。