願い続けた結末

 休日。休みということもあり養護施設を出たわしは電車を乗り継いで、とある駅へとやってきた。ぞろぞろと電車を出る人々に紛れて改札を出ると、都会と言う事もあり1Aだの4Bだの出口が複数種類あって、待ち合わせしている出口はどこだったかと携帯と行先が描かれた掲示板をにらめっこして1Aの階段を上がると、背の高い高層ビルが並ぶ街が目に映る。
 都会に出るのも随分と久しぶりだと思いながら辺りを見回すと、出口横にある背凭れのない丸いベンチに腰を下ろす〇〇の姿を見つけて、声を掛けようとしたが、まだ彼女は此方に気付いていないようで手に持った携帯に視線を落として、手元を忙しなく動かしている。

―今どこー。
―(猫がきょろきょろ見渡すスタンプ)

 ポコン、ポコンと音を立てて連投されるメッセージ。こちらも携帯に届くメッセージを見て既読をつけてやるがあえて返事を返さずにいると、健気にも携帯に視線を落としたままの彼女の頬がふくっと膨れる。それがあんまりにもおかしくて、ふはっと笑いを溢すと、その音を拾った彼女と目線がばちりと合って、――彼女の顔が真っ赤になっていった。

「も~~~!ついてるなら連絡してよね!」
「いやぁすまんすまん。そうか、わしからの返事を健気にまっとったんじゃのう」

 健気なやつめと肩を叩くと「もーうるさいなぁ!意地悪したからジュース奢ってください!」とわりと理不尽なのことを言われたが、まぁ面白いものを見れたので良しとしよう。
 彼女の座る丸いベンチの背後に並んだ自動販売機の方に向かうと、いつの間にか立ちあがったらしい〇〇が後ろからカフェオレのボタンを押したので、わしはスマートカードを翳して会計を済ませれば、ガゴンと音を立てて排出されたペットボトルを取り出して、赤い顔に押し付けてやった。

「わぷ、冷った…ぁ……」
「赤い顔を冷やすには丁度いいじゃろ」
「うぎぎ…」

 〇〇はぐぬぬという顔をして暫くわしを睨みつけたかと思うと、わしの服の裾を掴んで軽く上げるとともに腹に冷たいそれを押し当てた。

「う、ぉ…ッ?!」

 思わず上げる声、にまりと笑う〇〇。

「ちょ………反則じゃろ!」
「喧嘩売ってきたカクが悪いですぅ」

 そうして機嫌を戻した〇〇はペットボトルを離せば、ぱきっと小気味よい音を立てながらカフェオレを飲むので、今度はわしがじとりと睨みながら服を整えてひんやりとする腹を撫でる羽目になった。

「それで?なーんでわざわざ別行動で待ち合わせを?」

問いかけると、喉が渇いていたのかぐびぐびとカフェオレを流し込むように飲む〇〇がぴたりと口を止めて、にかりと笑った。

「えー?なんか待ち合わせっていうのも新鮮じゃない?」
「まぁ、……一理あるが、それにしたってなんで此処なんじゃ?いつもは近所が多いのに、随分と遠出したのう」
「いやー、行きたいところあってさ。…よし、じゃあ行きましょうか。案内するよ。」

 どうやら彼女は行きたいところへの道のりを知っているらしい。今わしらが歩くこの都会街は富裕層向けのタワーマンションと高層ビルが並んでおり、お店といっても並ぶスーパーは近所にある小規模のものではなく高級向けのものだ。こんなところに高校生が遊びにきて、はたして遊べる場所はあるのかと懐疑的ではあるが、彼女はすでに歩き出している。一体どこへ行くつもりなのだろう。ちらりと右を見れば大きな商業施設があるがわき目もふらずに真っ直ぐ歩くあたり、あちらが目的地ではないらしい。

「あそこじゃあないのか?」
「あそこじゃないねぇ」

 ふうんと鼻を鳴らすと隣を歩く〇〇はにんまりと笑って「もっと面白いところかもよ?」なんて零すので、今でも十分楽しいのにと思ったわしは頭を掻いて「そうかのう」と零すと「少なくとも私は面白い」と零すので、またわしは笑ってしまった。なんじゃ、面白いってお前基準かと。
 そうして暫く歩いて街の消防署を通り過ぎて、さらに公園を通り過ぎると高層マンションが立ち並ぶ街にしては珍しい住宅街が現れて、そこで〇〇が足を止めたので目を丸くした。

「とうちゃーく!」
「え?」
「今日の遊び場はこちら、住宅展示場でーす。」

 確かに、立ち並ぶ住宅街の入り口前には大きな看板が立てられており、住宅展示場公園と書かれている。しかし、遊び場として住宅展示場は成り立たない気はするのだが、足を止めてぽかんとするわしの手を掴んだ〇〇は「ほら、行くよ」なんて言って手を引いた。

「のう、わしらみたいな高校生でも行っていいものなのか?」
「なんかいいみたいよ?学生だけでもOKってチラシに書いてあったし、……まぁ無理だったら泣いて帰ろう」

 広い敷地に並ぶ住宅はおよそ20戸ほど。それぞれ建てたメーカーが異なるようで、真四角の箱型があれば三角屋根、斜め屋根と素人でも分かる違いをもった家が並んでおり、家の前にはそれぞれメーカー名が入った旗が立てられている。なるほど、確かに見ているだけでも結構面白いかもしれない。それに住宅展示場内は意外にも夫婦だけではなく子供や、わしらと似たような年齢層の客も多いようで、わしらの姿が変に注目を集めるということもなく、他の客は、いいわねぇ、俺たちもいつか、なんていいながら羨望の眼差しで住宅を見つめていた。

「そこのカップルさん、うちの家を見ていきませんか?」

 そこに声をかけてきたのは、一人の女性だった。恐らくは女性の後ろに建った建物のハウスメーカー社員だろう。首には顔写真と名前、それから会社名が書かれた青いネックストラップを下げている。
カップルさんという言葉にわしらはお互いに顔を見合わせて、首を傾げると女性は「あら?違いました?手を繋いでたからてっきり」とわしらの手元を指さしてきたので、そこでようやく手を繋いでいることを思い出した〇〇は顔を真っ赤に染めると手を離した。

「……!アッ、こ、これはこの、ここを来るのに……!!」
「ん?繋がんのか?」

真っ赤な顔で慌てふためく○○に向けて、悪戯に、白々しく問いかけると、女性社員の前だからか怒ることなく「お、面白がらないでよぉ…」と唇を尖らせた。

「ふふ、恋人じゃなくても仲良しさんなんですねぇ……あ、そうそう、恋人じゃなくてもぜひ若い方にも見て行ってほしくて。未来のお客さんとしてね。」
「よかったのう、〇〇。断られたら泣くとか言っておったもんな」
「あら、そうだったんですね。ぜひ見てください~。」
「わー…、嬉しいです。あの、し、失礼します!」
「はーい。じゃあスリッパあるから履いて好きに見て言ってくださいね」

 そうして案内を受けたわしらは早速家の中へと足を踏み入れた。住宅展示とだけあってゴミ一つ落ちていない家の中は新築のように綺麗で、スリッパに履き替えた〇〇は家の中に入るや否や「わああ、靴箱大きい…!」だとか「トイレも広ーい」だとか、かたっぱしから反応を残しては目を爛々と輝かせていた。

「やけにはしゃいでおるのう」
「えー、だって夢があるじゃない。養護施設は結構古いしさ。」
「そうか?」
「そうだよー、わ、キッチンも凄い…!いいなぁ、やっぱり新しいものだと色々楽に作れたりするんだろうなー。」

 キッチンに入っては小生意気にも実用性を考えて羨望の目を向ける〇〇。なんだかその反応が新鮮で、後ろをついて回りながら問いかけると、〇〇は無言で換気扇を指さした。そこにある換気扇といえば養護施設にあるようなむき出しの換気扇ではなく、薄型の正方形の板が置いてあるだけで見慣れぬそれを見上げると、隣に立つ〇〇がふふんとどこか自慢げに笑って解説を挟んだ。

「これ、そもそも換気扇って名前じゃなくてレンジフードっていうんだけど、ボタン押すだけなんだよねぇ。…養護施設は古いから、換気扇使うには紐引っ張る必要あるけど、あれも固いからさ~。こういうの憧れるんだよねぇ」

 高校生にしては目の付け所がマニアックすぎんかと思いながらも、確かに普段から換気扇口を開けたいけど紐が固すぎるから引っ張ってとお願いされていたため、憧れる彼女への気持ちは理解できるつもりではある。視線を上げてレンジフードとやらを見ながら、側面にあるボタンを試しに押しては、ぶおんと音を立てて風を吸い込むのでわしらは二人して「おお」と短く声を上げた。

「ね、いいでしょ」
「そうじゃのう。これは確かに今よりは遥かに良いものじゃと思う。」
「……ふふ、なんか楽しいねぇ。」

 そうしてひとしきり家の中を見終えた〇〇はリビングにあるソファに腰を下ろすと、背もたれに凭れながらわしを見て隣を叩く。誘いに乗って隣に座れば〇〇は機嫌良さそうに笑うので、微笑ましさにわしまでもつい笑ってしまった。
 窓から差し込む暖かい日差しは心地よくて、隣には彼女がいる。あまりの居心地の良さにわしも背凭れに凭れてみると、隣に座った〇〇がぼすんとわしの肩に頭を預けてきた。はしゃぎすぎて疲れたのか、もしくは眠いのかと思って顔を見たがそうでもないようで、此方をちらりと見上げる彼女と目があった。彼女は暫くわしを見つめたのち、少しばかり視線を伏せると伸ばした足をぱたぱたと動かしてから「いやー…住宅展示場って楽しいねぇ…」と、しみじみと、まるで噛みしめるように零すので、わしは思わず問いかけてしまった。

「そういえば、今日はなんでここに来ようと思ったんじゃ?」
「ちょっと恥ずかしいんだけどさ……私、いつかこういうおっきくて綺麗なお家に住むのが夢で、だから、なんだろ、それに向けて見てみたかったんだよね。」

 そりゃあ今はお小遣いが少なすぎて貯金なんて全然できてないんだけどさ。そういって眉尻を下げて笑う彼女はまた泳ぐように足をぱたぱたと動かしたかと思うと、急に立ちあがってわしの両手を掴んで手を引いて半ば無理やり起き上がらせると、手を離してリビングの中心でくるりと回った。

「今日カクと一緒に見て思ったの。この家みたいに日当たりが良い家で、リビングも広くて、あ、絶対にだらけさせちゃうクッションを置いてさ、テレビも大きいの置いて、あとはキッチンも充実させたりしたらさ、絶対に素敵だって、そう思わない?」
「あと、その時、カクが一緒にいてくれたらなぁっていつも思うんだ。」

 続けるようにして紡がれた言葉。穏やかに笑む〇〇。あまりにも不意打ちすぎて彼女が本当に意味を分かっていっているかは分からなかったけれど、その言葉を聞いた瞬間、自制できないほどたまらなく、泣きそうになるほど嬉しくて、思わず彼女の手をとったわしは了承を得ることもなく彼女の唇を重ねたが、彼女は金色の瞳を細めて、「………ふふ、甘えん坊め」と穏やかに笑ってわしの目尻を優しく撫でた。

 その後、わしらの関係はあまり変わることなく日常生活は続いている。ーーただ、キスをする事が増えた事以外には。ただ触れ合うように、戯れるように唇を重ねるだけであったが、わしらには十分すぎるほどの幸福だった。

「○○」
「ん、どうしたの甘えん坊。」

金色の瞳がわしだけを見つめて笑っている。目眩がするほどの幸福に、わしはもう一度唇を重ねて、彼女だけに贈る言葉を小さく囁いて彼女の瞳を見つめ返した。