今はまだ、この距離で

 彼女は竜で、竜人族で。

 それとは関係なしに行われた初めての試飲会。ここで飲むものはビールやワイン、それから各地にある地酒で、一応は酒に慣れる事を大義名分としているようだが、主催者はあのジャブラだ。単に飲酒の出来る年齢に達したアネッタを利用して試酒(こころみざけ)だなんだといって飲みたいだけなのだと思う。それゆえ、初めての飲酒であるはずが、あれも飲めこれも飲めと開けた酒の数は多く、別件での仕事を終えて戻った頃にはでろでろに泥酔したアネッタが完成していた。

「おおい、……生きとるかー?」
「んぇーい……」

 ああ、これは生きてないも同然だ。でろでろふにゃふにゃになった彼女の手首を掴んでも、指先は下を向いてくったりしており、試しに揺らしてみたが、やはり芯が抜けたようにぐわんぐわんと揺れるだけ。もはや半分意識がなさそうだと彼女の頭を撫でると、彼女はその手のひらに頭をぐいぐいと寄せて笑うが、瞳は開いちゃいないし、クククク…とどこか猫じみた喉の音が響く。

 酒が飲めるようになっても、この人間離れな音を出しては意味がないだろうに。機嫌が音で測れるのは便利で、何処となく動物的で可愛いと思うが、人間名義で生きる以上はこのままではいかないだろう。

「アネッタ、喉を鳴らすな」

 しかし、注意したとて彼女は酔っ払いだ。今ここで何を言っても酔っ払いには言葉も届かぬようで、喉を軽く摘まんでやってもククククと機嫌の良い喉の音は響くばかりで、止まりやしない。それどころか、そのまま彼女の顎や頬を撫でていると「ふひ、…ふへ……」となんとも幸せそうな声が零れて、手のひらには頬が摺り寄せられた。

 どうやら彼女は酔っぱらうと甘えたになるらしい。変に怒ったり泣いたりするわけではないようだが、生え際に生えた三本角をごつごつと摺り寄せたり、「抱っこ…」と子供のように強請ったりする様を見るに、これはこれで厄介な気がする。

 泥酔症状の部類としては可愛いものだが、カクは折角の試飲会にも参加出来そうにないと小さく息を吐き出すと、抱っこを強請る彼女の要望通りに抱き上げた。

「ほれ、抱っこしてやったぞ」

 言いながら背を叩く。それこそ赤子でもあやすような行為ではあるが、酔っぱらった彼女は満足げに「んふふ」なんて笑いながら喉を鳴らすと、ぎゅうっと抱きしめる手に力を込める。体がより密着すると強い酒の匂いが鼻を掠めて、どれだけ飲まされたのだと呆れてしまったが、まぁこうやって甘えられるのも、頼られるのも悪くはない。

そういえば、以前ブルーノからお前はアネッタに甘すぎると釘を刺されたことがあったが、もしかしたらこういうところなのかもしれない。


 暫くして、訪れた先で彼女を下ろす。ミニマリストかと思うほど飾り気のない部屋のなかで、唯一拘ったと自慢していたベッドは不思議に思うほどふかふかで、ベッドに降ろされた彼女は布団に身体を沈ませながらも袖口を握ると「一緒に寝よう…?」と甘えたを全面に出しながら小さく零す。

「……お前なぁ」

 年頃の女が何を言っているんだか。

 相手が自分で良かったなと思う反面、此処で他の者と変わらぬ反応を見せてやれば、少しは自分たちの仲も進展しただろうに、それを選択しない自分にも乾いた笑いが落ちた。

 小さく息を吐き、カクはごろりと寝転がる。するとアネッタは嬉しそうに重たそうな目を細めると無遠慮に横にくっついてきたが、これもまた恋愛感情からの行動ではなく、小さい頃からの慣習的なやつだろう。なんせ彼女は昔からくっつきたがりで、甘えん坊だ。ひとまずは彼女がしたいように特に拒絶するわけでもなく、足元にあった毛布を引き上げて、しっかりと肩まで上げてやると、彼女は鼻先まであげてもう一度クククク…と喉を鳴らした。

「ふひ……カクは……あったかいねぇ……」
「そうか?」
「うん……お日様みたいにぽかぽかで…あったかくて……安心する……」
「……そうか、そりゃあよかったわい」
「わた……しも、あったかかったら、……なぁ……」

 彼女は竜で、竜人族だ。爬虫類に分類される彼女の体温は常に低いこともあり、こうして毛布に入ったいまも彼女はひんやりと冷たい。触れた頬だって暖かくなることはなく、彼女の長い睫毛が伏せられていると、まるで死んでいるようだと思うことがある。

 だからだろうか、こうして密着しているからこそ聞こえる彼女の鼓動や、呼吸を聞いて酷く落ち着くのは。

つまるところ、彼女の体温なんてさしたる問題ではない話で、「……暖かくなくとも、わしはお前がおったら安心するけどのう」と呟くと、彼女はふにゃふにゃと笑って「…そー…お?」と嬉しそうに笑った。

「そうじゃ、それに寒かったらお前を毛布で包めばいいだけじゃろ。……ほれ、いいから安心して寝ろ」
「はぁい……」
「……おやすみ」

 幾ばくもなく、すうすうと眠り出した彼女は幸せそうに眠っていた。であれば、その幸せの根源は何なのか。そんなこと考えたとて現状が変わるわけではないのだが、その根源に自分の存在があってほしいと願うのは己の我儘なのかもしれない。
 ああ、CP9とあろうものが聞いてあきれる話だ。


 すうすうと、すうすうと。彼女の安心しきった寝息が聞こえる。自分たちの関係性は変わらず、進展すらしていないのに、ただ彼女が自分に安心しきっているというそれだけの出来事が嬉しくて、いつしか温まる体温に誘われて、自分も深い眠りへと落ちてしまった。