君は目覚めない

 彼女が植物状態になって、半年が経った。あれから季節は巡り、曇天が広がり雪が降るなか訪れた個室は、灯りもつけられておらず、閉じきったカーテンを開くと白くぼやけた光が差し込んでくる。
アネッタはこの半年間眠り続けているせいか、白く不健康な色身をしている。挨拶を交わすついでに触れた頬も死んだように冷え切っていた。

「おはよう、……相変わらず寝坊助じゃのう」

 今日もまた、アネッタと言葉を交わす事はない。

 一体彼女はいつになったら目覚めるのだろう。白で統一された部屋を彩るようにと購入した、数輪のガーベラで作った花束の包みを解いて、花瓶へと差し込んでみる。先の通り部屋の中は殆ど白で統一されていることもあり、真っ赤なガーベラが刺さった花瓶は浮いて見えるが、それでも彼女は死んだように眠り続けているのだ。これぐらいの派手な彩りも、綺麗だね、と笑ってくれるに違いない。

「……いつまで寝とるんじゃ、……冬眠でもするつもりか」

 ガーベラを活けた花瓶はサイドテーブルへ。そこに並べたCP9繋がりと分かる動物の置物は不思議と配置が換わっていた。狼の隣にいる豹が体を倒すようにして転げているあたり、ジャブラも見舞いに来てくれたのだろう。壁に張られた書き置きたちも随分と量が増え、これを見るたびに、彼女は誰よりも人に愛される才を持っていたのだと思うのだ。
 ただ、これら書き置きや、訪れるたびに贈ったものだけを詰めた木箱が増えたとて、彼女は目覚めない。医者いわく、あとは目覚めることを待つしか手立てがないそうだが、それも必ず目覚めるという保証はないし、いつ目覚めるかも分からない。

 今日か、明日か、数か月後か、数年後か。目覚めれば良い方で、目覚めない可能性のことを考えると全く酷い女だと言いたくもなる。


「お前が死んでしもうたら……ワシャどうすりゃあええんじゃ…」

 ぽつりと呟いた言葉は、部屋に響くだけで誰にも拾われずに落ちる。

 時折、たまらなく泣きたくなる日がある。五歳のころから共に生活している彼女が、この世から消えてしまうかもしれないという恐怖感。いくら人を殺したとて恐怖なんて無かった筈なのに、自分のなかには無いものだと思っていた感情が、今になって自分の首を締めようと手を伸ばす。
 最近はそれの影響かどうにも睡眠の質が悪く、気付けばショートスリーパーにすらなっていたが、自分の体調がいくら悪くても彼女は眠り続けているだけで心配を向けてくれる事は無い。それが寂しいやら、不安やら。なんとも情けない限りで、彼女の主治医や身内からは最悪のことを考えた方が良いと、今から覚悟をしておけと言われているが、半年経った今でも覚悟が決まることはなかった。

「……ああ…そうじゃ、今日は花束とそれから新しい置物を持ってきたんじゃ」

 今度はパンダじゃ。まぁスパンダムも、一応は仲間じゃからな。そんな軽口を叩きながら、ポケットに忍ばせたパンダの置物をサイドテーブルへと乗せて、ついでに転がされた豹を起こして、ほかの動物たちでパンダを囲む。それは勿論、パンダが他の動物に命令をしている場面ではなく、他の動物に睨まれているワンシーンを模したもので、なんだか乾いた笑いが落ちたが、やっぱり彼女が笑ってくれる事は無い。

 ああ、早く目覚めてくれたら、いろんな話をしてやれるのに。

「……、………寝坊助め、……お前へのプロポーズだって、まだ諦めておらんのじゃぞ」

 言いながら、彼女の頬をやんわりとつまむ。相変わらず彼女は死んだように冷たくて、心臓の音なり脈を測るなりしなければ生きているかも分からないが、誰が覚悟をしてやるものか。
 静かに眠る彼女を見て、ふと思い立ったように顔の横に手をついてみる。それから童話に倣って王子よろしく口付けてみようかなんて思いはしたが、それはお互いの唇が触れあう直前に止まり、もう一度椅子に座りなおしたわしは、ぽすんと彼女の肩口に顔を埋めた。

「……虚しいのう……」

 はよう起きてくれ。お前が元気じゃないとつまらんぞ。
 色々と言いたいことはあるけれど、口に出すといよいよ本気で辛くなりそうで、彼女の手を取って自分の頭の上に乗せてみたけれど、ただ虚しさと寂しさが募るだけであった。