六話

 輸送船団最大手組織、ウェアハウス輸送船団。

 その拠点の一つは、機材の音や船のエンジン音が絶え間なく鳴り響き、慌ただしい雰囲気に包まれていた。この拠点では商品の受発注と積み荷の仕分けや検品、積み込み作業が行われており、その日新しく入った新人たちは緊張した面持ちで集まっていたが、随分と余裕がない拠点のようだ。教育担当の手は厚手のグローブがされているだけで教育に使うための道具はない。それどころか遠くで聞こえる船の汽笛を耳にすると、「やってりゃ分かる」と説明も無く入ったばかりのひよっこたちを、積み込みを行う現場へと送り出した。

 しかし、教育も受けていない新米が活躍できる筈もなく、現場は当然のようにてんやわんやの大騒ぎであった。積み込む商品の性質や、船の都合によっての順番さえ理解すれば何となくやっていけるものではあるが、それが分からない者からすれば訳も分からず怒鳴られるばかりで地獄でしかない。幸いなことに今回の潜入捜査を請け負ったアネッタは直ぐにそのルールを理解して、適当にそれらしい動きを真似て積み込み作業が出来たが、ひとりの女が声を掛けてくれば僅かに緊張が走った。

「ねぇ」
「え?」
「今日から入った新人……のアネッタ、さん、だよね。……大丈夫?」

 視線を上げた先には、陽射しを受けて煌めく金髪を揺らす女が一人。

 年齢はアネッタと同じく二十代であろうか。背丈は少しばかりアネッタよりも高く、加えて真っ直ぐに伸びたカモシカ型の角を生やした彼女は、重ねて持っていた木箱をひょいと持ち上げながら「此処は教え方が雑だから大変なんじゃないかと思って」と声を掛けてくれたのだ。

「や、やさしー……」

 思わず零れた言葉。遠くの方では「新人!チンタラしてねぇでこっちやれ!」と粗暴者と変わらない怒声が聞こえると言うのに、彼女は違う。それが同じ女性だからなのか、それとも彼女が単に優しいからなのかは分からないが、兎に角優しい対応だ。
 ああ、あの新人も指導者が彼女であれば泣くこともなかっただろうに。
 そんなことを頭の中で思いながら、アネッタは感動したような表情を向けて零したあと、彼女を見て、少しばかり困ったような表情を向けた。

「ありがとう。ええと…」
「ん、あぁ、……シシトビ。シシトビでいいよ」
「シシトビちゃん……」

 ちゃん付けなんて言われ慣れてないから擽ったいかも、とシシトビ。アネッタはその親しみやすい雰囲気にニコリと愛想よく笑って「私はアネッタ、シシトビちゃんとは角がお揃いだからツノ友達だね」と己の角を指したあと、彼女の頭から伸びる角を見た。

「え?……あはは、本当だね」

 感情の起伏はあまり大きくないが、彼女は随分と親しみやすい雰囲気を持っている。それにハーフパンツからすらり伸びた足の引き締まり具合や、あの怒声をものともしない態度を見るに、彼女は古株なのかもしれない。であれば、このまま彼女の懐に入れば簡単に情報も手に入れられそうだ。そこまで考えてニコニコと愛想の良い笑みを浮かべたアネッタは、試しに微睡の谷について尋ねてみようかと口を開いたのだが「よよォい!!」と割って入る声が響けば、流石に問いかけは止まってしまった。

「…っと、なに、あの声」

 木箱を持つシシトビの体がびくりと弾み、木箱が揺れる。そのせいで一番上の木箱が傾いていたので、手で軽く押さえてみたが、なんとも聞き覚えのある声に、アネッタはなんともいえぬ顔でそちらを見た。

「クマドリ……」
「クマドリ?」
「あの人のこと。私と同じで今日から入った新人なんだ」

 今回共に派遣されたクマドリは、あの巨体を生かして多くの荷物を運んでいた筈だが、今はどうしてか多くの男たちに囲まれている。身なりから察するに、海賊ないし山賊だろうか。男たちの手には切れ味の悪そうな錆びれた剣や銃があり、切羽詰まっている様子がよくわかる。

「ありゃ……また襲撃か」

 驚きも落ち着いた、シシトビが静かに呟く。

「襲撃?」
「そう。ここは物資が集まってる場所だからさ、海賊が狙いに来ることが多いんだよね」

 成程。確かに物資を奪うならそれが集まった拠点を狙うのは効率が良いか。アネッタはそう思いながらも「大丈夫かな……」と心配する素振りを見せたが、まぁ、ある意味本当に大丈夫かは不安だ。
 クマドリが、やりすぎなければ良いのだけれど。

「ア、いけねえ、いけねえなァ~~~!こいつァ皆さん方に送らなきゃァいけねェ物資だあ~~それを横から奪おうだァ失礼千万ン~~~!!」

 男たちが囲む先には物資を大量に積み上げて持つクマドリがいる。彼は恐らく、脳の命令にて髪を自由自在に操ることのできる生命帰還を使用しているのだろう。彼の髪はメデューサのように揺らめき、多くの荷物を絡め持っている。その姿はさながら桃色のクリスマスツリーのようで、海賊たちがターゲットをクマドリ一人に絞った理由もよくわかる。

「オイ!海賊共!荷物に手を出すんじゃねえ!」
「そうだそうだ!」

 周りの従業員たちが勇敢に声を上げる。しかし相手は海賊だ。注意を受けてハイそうですかと引き下がるわけもなく、「うるせぇ!」と言う怒号と共に、海賊たちの視線はそのほか従業員に。まるでお前たちを殺してやってもいいんだぞ、とそんなことを言いたそうな目つきであった。――が、クマドリ相手にその行動はナンセンスにも程がある。

 彼らも知らぬだろうが、クマドリもまたCP9の一員だ。見た目こそ少々の奇天烈さはあれど、その実力は張り子ではない。
 彼は海賊たちの視線が従業員たちに向くのを見て、近くにあった鉄製の標識ポールへと手を伸ばす。ひんやりと冷たいそれは地中深くに埋められて、更にはその上からもコンクリートで固められていたが、クマドリにとっては微々たる問題でしかない。彼は大きな白掌でポールを握りしめ、周りのコンクリートや地面ごと引き抜くと、それにより足元が揺らいで驚きを零す海賊たちを、たった一振りで薙ぎ払った。

「ぎゃああああ!!!」

 ああ、なんとすがすがしい光景か。一振りで起きた風がびゅうと髪を揺らして抜けていく。

 この一撃には周りの従業員たちも驚いた様子で絶句していたが、それよりも、いまは太陽を背に、獅子のように髪を揺らす彼がどうにも不気味に思えてならないらしい。裏を返せばそう思ってしまうほどの力を見せつけたということだが、さてどうしたものか。アネッタは離れた位置で考えながら「凄いねぇ…」と零すシシトビに「そうだねぇ」と愛想よく笑って頷くと、どこからともなく響いたサイレンに丁度良さそうだと笑った。

 アネッタは声を上げる。

「やったー!お昼だーー!」

 おまぬけに、それこそ何も考えちゃいないような声色で馬鹿を演じたのだ。

 それにより、張り詰めた空気が目に見えてぷしゅうと抜ける。こういった空気をぶち壊すのは馬鹿な行動に限ると学んだのは、ある意味スパンダム司令長官のドジッ子加減を見てきたお陰かもしれない。いや、いいや。もしかしたら彼女自身が「空気を読め、しゃんとしろ」と同僚達から叱られているから、なのかもしれないが。

「そ、そうだよな。」
「お昼食べるか」
「今日の弁当何かな」

 彼らはぎこちなくもと言葉を紡げば、この騒ぎを早期に解決してくれたクマドリを誘おうか迷っていたが、そこはアネッタが取り持った。「ねぇねぇ、みんなで食べませんか?」自然と、おまぬけに。みんな仲良くという態度で。すると彼らは安堵したように頷き、クマドリに声を掛けていた。

 そうして配給された弁当を受け取った従業員たちは、開けた場所でめいめいに食事を始めたわけだが、不思議なことに彼らの視線は一点集中。彼らの視線の先には、弁当にも手を付けず、ご自慢の歌舞伎芝居を披露するクマドリの姿があった。
「ア、聞いたかァ、聞いたかァ~~さてさてあわれなァ物語ィ~~~」

 演目は鳴神。

 これは、約束を反故された鳴神上人が、雨を降らせる竜神を滝壺に閉じ込めたことが原因で干ばつが起きてしまい、民百姓は困りはててしまったことから始まる歌舞伎芝居である。

 初めは藪から棒に何を始めるのだと従業員たちは驚いていたが、彼の芝居は本格派だ。驚いていた従業員たちも、気付けば弁当を片手に、興奮した様子で芝居を観賞していた。中には彼が新人であることを知らない事務方が、今日は何かイベントの日だったかと外に出てきては愉しそうに眺めており、気付けばクマドリの周りには随分と人が集まっていた。

 舞台の幕は無いけれど、芝居が終わると拍手が沸き起こり、クマドリは笑顔で応える。これまで幾度となく歌舞伎芝居をしてきたが、終わりに観客が立っていた試しは殆どない彼にとって、これほどの拍手を受けた経験は初めての事ではないだろうか。
 中には彼のことを知らぬ従業員に対して、アイツは海賊を一人で倒したんだと興奮気味に語る者や、サインとか貰おうかなと話す者まで出ており、彼はこの場でちょっとした有名人に変わったのだが、何もこれが最終目的ではない。アネッタは、手に残った握り飯を頬張りながら賑わいを見渡すと、一つの問いを投げかけた。

「ねぇねぇ、一体竜は何処に行ったんだろう」

 まるで子供のような問いかけだ。従業員たちもそれを聞いて竜なんて芝居の中だけにいるような空想生物だなんだと笑っていたが、それでも「昔はマロロミの谷っているって聞いたのになぁ、知らない?マロロミの谷」と質問を変えて尋ねると、彼らは一応考えてくれたようだったが、お互いに顔を見合わせて「知ってるか?」「マロロミなんてしらねぇなぁ」と肩を竦めるだけで答えは出てこない。

 この場にいるのはおよそ、三十人ほど。そして、人間という生き物は、どうしても誤りを正したくなる習性を持っている。だからこうして正解が微睡の谷であるところをぎりぎり合っていないワードにすることで、目立ちたがり屋ないしは善良な人が答えを手に出てくるかと思ったのだが、皆の反応を見るに、どうやら本当に微睡の谷を知っている者がいないらしい。

 うーむ、さて、どうしたものか。

 時刻はそろそろ昼休みが終わる頃合いを指している。他の従業員たちも時計を見ては、空の弁当を片手にそろそろ戻らねば、と立ち上がり始め収穫は無しかと諦めた頃

「マロロミの谷って、もしかして微睡の谷?」

という言葉がアネッタの袖を引いた。

「え?」
「あ、違った?」

 そう呟くのは、隣で一緒に弁当を食べていたシシトビだ。

 彼女は不思議そうに首を傾げたあと、申し訳なさそうにするので「あ、そうかも…!うーん間違えて覚えてたかな……前に何かで見た気がするんだけど、なんだったっけ?」と惚けると、彼女は「ほら、絵本のリュウリュウとまどろみの谷ってやつだよ」と笑い、アネッタはそれに適当に話しを合わせながら、ひとまずは目標達成かと胸の奥底で安堵した。