竜と豹(🐆)

 希少種族である竜人族が残した、最後の遺産・アネッタ。強力な竜の心臓を持ちながらも、人と変わらぬ見目をした彼女は、髪の生え際に三本に連なる角と、爬虫類じみた縦長の瞳孔を持っている。しかし、最後の遺産と言うプレッシャーを持った彼女は、見た目よりもうんと幼さを残した女であった。
 まぁ、寿命が二千年もある生き物だ。百歳程度でも人間の年齢に換算すると三十代と言われる巨人族のように、精神や肉体の成長が人間とは異なるのだろう。ともすれば、いまだ精神が幼い状態でCP9に登りつめた彼女は、未知なる可能性を持っていることになるが、だからといって子守りさせられては敵わない。

 ロブ・ルッチは、露店の前を通るたびに足を止める様子に息を吐くと、露店に並ぶ装飾品からピアスを取り、鏡の前に立つ彼女の耳元へと寄せた。

「これにしろ」

 耳に寄せたのは、前にある鏡で見るためだろう。白真珠から下がる細身のゴールドバーが揺れて、洗練された輝きを放つ。繊細なディティールのそれは、普段の彼女が選ばないようなデザインで、何よりルッチが選ぶなんて珍しい。アネッタは寄せられたそれに驚きながらも、鏡を通しても抜群に似合うそれに表情を明るくして尋ねた。

「ねぇねぇ、どうしてこれを選んだの?」
「どうしてもこうしても、買わねぇと足を止めるだろうが。……いいから行くぞ」

 言って、緩い放物線を描いて弾き渡された金貨。アネッタは歩き出したルッチに慌て手早く会計を済ませたあと、隣に並んで歩いてみるが、手の内にある贈り物が嬉しくて仕方が無い。アネッタは比較的機嫌が良さそうな愛想の無い顔を見上げて礼を述べると、ビュウと駆け抜ける風が鼻先を擽ったことで足を止めた。

「……どうした」

 ルッチも足を止め、視線を向ける。彼は、ひときわ耳や鼻が利く彼女が何かを捉えたのだと気づいたのだ。

「何か薬の匂いがする」
「今回の依頼に関わるようなものか」
「多分。……裏通りかな」

 見ると、彼女の瞳がぎらぎらと野生の色を出している。金色の瞳にある瞳孔は普段よりも細くなり、その強い色味を隣から落ちる影が覆ったが、さてどうしたものか。先ほどまでは足を止めてばかりだったアネッタが、従順に視線を上げて指示を求めている。ルッチはざあっと駆け抜ける風に髪の毛を靡かせながら路通りを見ると「行くぞ」そう短く言って歩き出した。


 アンタ、旅行者かい?裏通りは柄の悪い輩が多いから行かない方が良いよ。
 この街へ訪れた際、まずは聞き込み調査を兼ねて腹ごしらえだと向かった大衆食堂で言われたが、確かに表通りと比べても治安が悪いようだ。裏通りにはそこかしこに吸い殻やゴミが散乱しており、風が広める匂いの中に、何か腐敗臭のようなものが混じっている。アネッタはその匂いの素を辿り目的地に続く道を見つけると、木箱に腰をかけたルッチに声を掛けた。

「ルッチ、研究所の入口を見つけたよ。表向きはバーで、このあたりを仕切る海賊たちの根城になってたみたい」
「随分と詳しいが、中に入ったのか」

 ルッチは静かに尋ねる。それに対してアネッタはニッコリという表現がよく似合う、非常に愛想の良い笑みを浮かべると「やだな、教えてもらっただけだよ。……ルッチも、色々教えてもらったんじゃないの」と彼の足元に倒れた男たちを見て、白々しく肩を竦めてみせた。

「さぁてと、このあとはどうしますか、指揮官殿」
「……勿論、研究所にある情報を頂く」
「あは、終わった頃には治安が良くなってそうだねぇ」
「さぁな」

 言って、僅かな時間での空遊散歩から戻ったハットリが、翼を打ち鳴らしルッチの肩へと降りる。ルッチはそれを合図に立ちあがると、アネッタも後を追いその先の道を示したが、二匹の化け物を見た者はおらず「任務完了だね」と機嫌よく笑う声と鳥の鳴き声が、静かな研究所に響いていた。