いい女(春日)

××ちゃん!

犯人を思しきターゲットを追いかけて暫く。裏通りに入ったところで「あっ」とか細い声に続き、耳をつんざくほどの銃声が駆け抜ける。裏通りという環境上、音が反響して分かりづらいがその聞きなれた音は明らかに此方を向いていた。であれば誰かが狙われても何らおかしくはない話だと春日一番が足を止めると、隣を歩いていた筈の××が躓いたように体を倒し、春日は驚き、目を見開いた。

「……誰が」

一瞬の沈黙のあと、目を皿にして辺り一帯を探す。何故彼女が狙われたのか、どうせ今の状況で考えたとて、掻き乱された思考回路は答えを弾きだせやしないのだ。であればせめて犯人だけでも見つけたいところだが、視線の先で暗闇に溶け込めずに足を覗かせた人物に気付いたところで足が動かない。春日は奥歯が軋むほど歯を食いしばり、路地裏の奥へと消えゆく陰を睨んだ後、だくだくと血を流す××を見て脇腹を押さえながら叫んだ。

「××ちゃん!」

しかし余程痛みが酷いのだろう。痛みに呻く彼女は身を起こすこともままならず、ならばと抱き寄せてみたが、彼女は額に汗を滲ませたまま腕を払うと、体を倒しながら声を荒げた。

「だめ、私の事はいいから……ッ、追いかけて……ッ折角の、…っぅ……手がかりが…ッ」

「馬鹿言うなよ!アンタが死にそうになってるのを見捨てろっていうのか?!」

「…ッ極、道の男が……ッ、…ッハァ、…っそんなことで、日和るなって、いって、んの!」

 真っ青な顔で一体何を言っているんだ。しかし皮肉にも的を得た発言だ。なんせ彼女の言うとおりで、拳銃を向けた男はようやく見つけた手がかりで、これを逃して後々見つけられるかどうか。ただ、目の前で真っ青な顔で血を流し続け、死にかけている彼女を放置するほど非道にもなれず、意味もなく吸い込んだ酸素がヒュウと乾いた音を響かせる。

「でもよ、……でも、俺はよ……」

 これまで生きてきて、恐怖を抱くような経験は何度もこの身で受けてきた。しかし、これほどまでに怖いと思ったことは、そうはない。

目の前で、初めて本気で好きだと思えた女が死ぬかもしれない。それも裏通りの此処は酷い腐敗臭が籠っており、辺り一帯にあるゴミには蠅がたかりブンブンと音を立てている。ともすれば、治安的にも彼女を此処に置いて安全であるとも言えず、決断できずにいると「春日くん、行きなよ。あとは俺が見てるからさ」と言う声が袖を引き、春日はようやく我に返ったように顔を上げた。

「趙……」

「踏ん張ってる彼女の頑張りを、春日くんが踏みにじっちゃあ駄目でしょ。……それに、おれが居れば、少なくとも同族からは守ってやれるよ」

「趙に同意見だ。……なぁ、一番。おれも此処に残って手当をしてやる。だからよ、一番。お前は行ってこい」

 これほどまでに怖いと思ったことはない。けれども、頼りになる仲間たちが彼女についていれば。春日は瞬き、その場で息を落とす。それからもう一度深呼吸を繰り返して、自分の頬を叩くと、真っ直ぐに難波と、それから趙を見て尋ねた。

「難波…、……、……××ちゃんを頼めるか」

 その返事に対する答えは勿論。春日は彼女の意志を汲み取って言葉を贈ることなく走り出す。そうして残された空間には見栄っ張りな女の呻く声が溢れ出て、趙は笑いながら「春日くんも面白いけど、××ちゃんもいい女だよねえ」と零したが、難波はそれどころじゃねぇと慌てながら、首にあるマフラーを解き、わき腹へと向けた。