「うーん……どっちも可愛い気がする……」
一般流通品から流行品までを幅広く取り扱うブティックにて、元の世界では見られない服ばかりだと喜ぶアネッタを見る。貿易が盛んな港街に到着して暫く。鉢合わせたホワイティベイから「マルコ!女の子の服が一枚しかないたぁどういうことだい!」と詰め寄られた時には驚いたものだが、商品のブラウスを胸元に寄せながら悩む末っ子を見ていると、良いきっかけだったのかもしれないと思えてきた。
それに、悔しいがホワイティベイの言うとおりで、アネッタの健康に気を遣っても彼女の服装までは考えることが出来ていなかった。彼女に渡した衣類はわずか二着だけで、彼女はそれを今まで文句も言わずに着まわしていた事になる。確かに、改めて彼女が着たディアンドルと呼ばれるエプロンワンピース見てみると、初めて袖を通した時よりも黄ばみ、少しだけくたびれているようにも見える。
「そりゃあ二着を着まわせば、消耗も早いか……」
そういえば、随分と前にシャツを貸して欲しいと言ってきたことを思い出す。あの時は、随分と可愛らしいおねだりをしてくるもんだと思っていたが、あれもまた、彼女なりのSOSサインだったのだろう。
勿論、此処で「言わないと気付かないだろうよい」と一蹴することは出来る。しかし彼女がうまく弱音を吐き出せない事を知っているだけに、いくら正しい指摘であろうとも優しくはないようにも思うし、何より自分の配慮不足を彼女に押し付けているように思えてならない。
そう考えていくうちに、なんだかどうしようもなく配慮が無かったのではないかと嫌気がさしてしまう。もっと、気をかける項目は身体や精神以外あったというのに。ただ、良くも悪くもここは出先で、買い物は続いている。マルコは丁度そのタイミングで尋ねられ、顔を上げて笑みを返した。
「マルコ」
「うん?どうしたよい」
「あのね、これ似合うと思う……?」
ブラウスを手に取って、胸元に寄せるアネッタ。彼女の手には胸元を大きく開くことで綺麗にデコルテを見せるブラウスと、胸元をしっかりと隠すブラウスがある。正直ブラウスに似合う・似合わないがあるのかと思ったが、交互に宛がう彼女を見ていると適当なことは言えそうにはない。
「そうだなァ……」
言いながらブラウスを一つ拝借して、彼女に宛がいながら悩む素振りを見せると、いつの間にか距離を縮めたホワイティベイが溜息を吐きながら、呆れたように零した。
「そういう時はどっちも買ってやるって言うんだよ、気がきかないね」
「ぐ……ッわ、分かってるよい……」
これだから古株は。しかし、彼女が間違っていないだけに反論が出来ず言葉が詰まる。ただ、自分たちにとっては普通の会話であっても、ホワイティベイの語気が強いせいか、ちょっとした小競り合いに見えるらしい。アネッタはその様子にただオロオロとしていたが、彼女はなにもマルコにだけ強気なわけじゃないし、いたって通常運行だ。よってホワイティベイはアネッタを見ると普段と変わらぬ様子で「アンタも、必要なものはちゃんといいな」と言い、背を叩いた。「分かったね」という、念押し付きで。
「う、うん」
「それじゃあ、マルコに言うことは?」
叩いた後の背中を、ホワイティベイがゆっくりと押す。アネッタにとっては、それがなんだか太鼓判を押されたようにも思えて、彼女はホワイティベイを見た後、マルコを見上げて言った。
「あ、あのマルコ……ブラウス欲しくて…でも、どっちも可愛くて…選びきれなくて……その、良かったらどっちも買っても、いい?」
気恥ずかしそうな瞳に、不安の色を重ねてマルコを見る。兄貴分のマルコからすれば、末っ子のおねだりが微笑ましくて仕方ないが、恐縮しっぱなしの彼女は、きっと分かりやしないのだろう。マルコは頬を緩ませて頭を少し乱暴に撫でたあと、彼女が持つブラウスを二つとも受け取って、腕に重ねて持ってみせた。
「好きなだけ買っていいよい。下着や肌着なんかも、必要だろうし…ひとまず十着ずつは買っておくかねい」
「っそ、んなにたくさんいいの?!」
「勿論。港を発ったらまた暫くは船上生活だしねい……。それに、天候不良が続けば洗濯がままならないだろうし、着替えはいくつかあった方がいいだろうよい」
隣で、ホワイティベイが「あとは靴も買ってやりな」と耳を打つ。
ああ、そうか。身長差もあって、靴なんて目に入らなかったから気付かなかった。見れば彼女の足元は、この世界にやってきた頃
のままの革靴で、手入れはされているようだが、随分と痛んでいるように思う。
「……あとで靴も買いに行くか」
「靴まで…?!わあ…今日凄い、…凄い日になっちゃった…」
「ははっ、確かになぁ。今日は生活で必要な洋服や、日用品を揃える日だねい」
そう告げると、アネッタはまるで花を咲かせるように笑みを零して「ありがとう!」と声を弾ませる。嬉しい、嬉しい。ホワイティベイさん、マルコが沢山買ってくれるって――。ポニーテールを弾ませながらそう話す彼女は混じりっけなしの喜び一色だ。そんな様子を見ていれば腹がむず痒くなってしまうのも至極当然の話で、それを誤魔化すよう「ほら、もう少し服を選んでこい」そう言って背を押すと、またアネッタが嬉しそうに笑って服を見に戻る。
しかし、隣に立つホワイティベイが動かない。不思議に思い視線を向けると、彼女はアネッタを見つめながら静かに尋ねた。
「……それにしても、どうしてディアンドルなんだい。ズボンの一つや二つも買ってやりなよ」
「どうしてって……」
アネッタが選ぶ服装がディアンドルと限定していることにすぐ気付いた。そのことから彼女はアネッタに合うパンススタイルを提案したが、申し訳なさそうに首を振るばかり。曰く、服装はディアンドルか、ワンピースじゃないと駄目だと指定があったようだが、一体、どういうことなのか。どういうつもりなのか。
「せめて、もう少し動きやすいや戦いやすいものがあってもいいと思うんだけどね」
ホワイティベイは、異世界からきたアネッタについてまずは環境に慣れるためだといって、ろくに仕事も与えずに環境を整えるところから始めている現状を理解している。だから、いまディアンドルを着せているのも、おおかた戦闘員とみなされないようにするための対策なのだろうがこのまま続けるつもりなのか。
氷の魔女と名高いホワイティベイからすれば、女海賊としての生きる術を身につけさせるべきではないかと思っているのだ。
「マルコ!あっち見てくるねっ」
だが、マルコは違う。マルコは此方に向けて手を振るアネッタに向けて、にこやかに手を振り返した後、同じような声色で返した。
「いや……アネッタは戦闘員にはさせねぇ」
「……ナースにするって?」
「いいや」
「それじゃあアネッタは何も身につかないじゃないか」
「…、……おれたちがずっと囲えばいいだけの話だよい」
違うか、と尋ねる瞳にホワイティベイは黙り込む。
決して怯えたわけではない。寧ろ、これは呆れだ。彼は囲えば良いと簡単に話すが、それを永年続けるつもりなのか。そもそも、それを他の船員たちはこの贔屓を認めるのか。それらもひっくるめて「アネッタがそれを望むかは、別の問題だね」と返したものの、はたしてどこまでこの分からず屋に届くか。
そうして、小気味よいヒール音を響かせるホワイティベイは服選びを楽しむアネッタへと近付いて、近くにあった服を手に取り胸元へと寄せたが、意外にも彼女はパンツスタイルのものを提案するわけでもなく、「こっちのワンピースなんてどう?」といってデコルテが綺麗に見えるようなワンピースを向けると「アンタの我儘が全て通っちゃうくらい、マルコのハートを射抜いてやんな」と小さく囁いた。