ええか、男を騙すんには匂いも必要や。
カルカがアネッタに手渡したのは小さな匂い袋であった。ほんのりと香る程度の匂いは自然的な柑橘系の香りで、人よりも嗅覚の良いアネッタも、鼻に香り袋を近付けて良い匂いだと喜んでいたが、彼女が物を与えるとは珍しい。渡す際に言った言葉と、此方に向けた眼差しは多少余計な気もするが、日ごろより香水の類を好まない彼女に必要である事は間違いない。
現に匂い袋を持っている彼女の髪が靡くと、柑橘系の良い香りが立つ。それを長く持っていると、それが彼女の匂いだと思えてきて、香り袋を抱きしめて眠る小さな竜の頭を撫でると、クククク…と喉が鳴り、尻尾が揺らめいていた。
「別れの品になると分かっておったのなら、もっと自分に繋がるものを与えれば良かったろうに」
匂いにアネッタが結びついたとて、そこに結びつくカルカの姿は無い。この匂いを認識するほどに、カルカの痕跡が消えていく。カクは日が立つごとに朧気になりゆく一人の姉を想うと、指先で小さな竜の顎を撫でながら息を吐き出した。