頻繁に会えない彼女

 彼女が携わる業務を変えた後、荷物や書類の受け渡し、それから送迎含んだ移動などで今までよりもずっと人に関わる機会が多くなったからなのか、それとも世界政府の被害者と噂されているからなのか、彼女に向けられる視線は随分と多くなったように思う。もちろん、その視線に含むモノがただの尊敬なり、興味であれば構わないのだが、その中には鬱陶しいことこの上ない好意も入り交じっているのだから、その視線を全て弾きたいと思うこの気持ちは至って正常なものだと思う。

 視線の先で、〇〇が男から書類を受け取っている。〇〇は受け取った書類に書かれた宛先や受け渡し場所などの詳細分を見て、受理を告げるよう「それじゃあ、こちらは明後日までに届けますね。」と男に柔らかく笑んで伝えると、男は少しばかり頬を赤らめて頭を下げたが、会話はそこで終わらずに「あ、あの!」と声を上擦らせると「今夜食事なんて…」と誘いを向けた。
 〇〇もさっさと断れば良いものの、それが好意を含んだものだと理解が出来なかったのか「食事ですか?いいですね」なんて笑むものだから、たまらず「申し訳ないが、〇〇はわしと予定があるので」とわしが割り込むと、よほど怖い顔でもしておったのか男はわしの顔を見るや否やひゅっと小さく息を飲んで「い、いえ、失礼しました!」と尻尾を巻いて逃げて行ってしまった。その数秒後、「んっふ」と横で笑いを漏らす音が聞こえる。
 さてはこの女、わしが居ると知ってわざとかまをかけたな。

「良ーい趣味しとるのォ、〇〇」

 わしがにこりと笑むと〇〇は、わしの機嫌が悪くなったことを悟った様子で、唇を尖らせながら目を反らしては「ね、熱烈な視線を感じたので」と言い訳を零したが、感じたなら感じたで普通に結構ですと断れば良いだろうに。なんだか腹が立って仕方がないので、彼女の頬でもつねってやるかと手を伸ばすと、ふと違和感に気付いて頬まで伸びた手を止めて、彼女の顔を見つめる。彼女は相変わらずわしに怯えたように視線を逸らしていたが、その顔色がなんだか悪いように思えて、「〇〇、顔色が悪いようじゃが」と問いかけると、彼女はわしをちらりと見たかと思うと、へらりと笑む。

 これは大丈夫だよ。でもなければ、そうかな?でもなく、誤魔化しの笑みだ。ああ全く、手が焼ける。
 頬に伸ばしていた手を下ろし、代わりに彼女を米俵だとか木材を担ぐように抱えると、彼女は「あー、捕まっちゃった」と満更でもなさそうな、笑いを滲ませた言葉を落とす。周りいた海兵や法番隊はこの光景に目を丸くしていたが、牽制をかけるには丁度良いだろう。そうして彼女を担いで、いまだ残されている部屋へと足を進めたが、担いだ彼女は前に会ったよりも軽いように感じて、わしは彼女の見えぬところで少しばかり表情を歪めた。

「…カクは心配性だなぁ。」

ベッドに〇〇を寝かせて隣に腰を下ろした後、顔色の悪い〇〇は枕を胸元に引き寄せながら、まるでわしが過保護だと言うようなニュアンスで零したが、いつの間にか伸ばされた竜の尾はわしの腹に巻きつく。それが甘えである事が分かっているわしは、特にそれを拒絶するわけでもなく、久しぶりの感触を確かめるよう、手のひらで腹に絡みついた尾を撫でてみたが、相変わらず岩を張り付けたような尾は固く、彼女が尾に力を込めると肌に食い込む感触がツキリと響く。

「心配するのはお前くらいじゃと、知ってるじゃろう。」
「ふふ、知ってる。……だから嬉しいんじゃない。」

 枕に顔を埋めた〇〇がちらりと視線を此方に向けて、頬を緩めながら金色の瞳を細める。
 幸色というものがあるのであれば、きっと彼女のような瞳の色のことを言うのだろう。わしは彼女の顔横に手をついて、腕立てでもするように前かがみに体を屈めて彼女の額にキスをしてやれば、金色の瞳が大きく揺らいで「……なんでこんな時に来ちゃうかなぁ、…一人にしないで欲しいって、行ってほしくないって引き留めたくなっちゃうじゃない。」と小さく、甘えと寂しさを滲ませた声がわしの心を捕えた。
 彼女は比較的自由人で、我儘なところはあるものの、仕事に対して嫌がってごねる事は少ない。といってもまぁ、それはそのように小さい頃から躾けたことが理由なのだが、それでも、そう躾けられた筈の彼女が今こうして我儘を零すので、数度の瞬きを繰り返した後「………お前から、〇〇からそんなことを言うのは珍しいのう。」と言葉を返すと、彼女はわしに巻き付けた尾に力を込めながら、「……体調不良って、いつもより心細くなるみたい。」と言い訳を零す。

 それがまた愛らしくて、愛おしくて。顔色まで悪くした体調不良者の彼女に無理をさせるわけにはいかないと思いはしたが、いつのまにかわしは彼女の顎を掬ってキスをしていて、彼女もまたそれを拒むことなく首後ろに腕を回すと、「何時までいれるの」と問いかけた。
 いつまでも。そう言いたいけれど、残念ながら大人のわしらにはタイムリミットというものがあるので、「〇〇が眠るまでかのう」と零せば、〇〇は眉尻を下げながらも「それじゃあ暫く眠れないね」と小さく笑った。