煌びやかなシャンデリアの麓で行われる舞踏会(デビュタントボール)では、社交界にデビューした若い男女が、華やかな装いで身を寄せ合って踊っていた。
その中で、爪弾きされるよう端に避けた一人の男。艶のある長い髪を上で結った男の顔には、痛々しい傷が線を引く。華やかさとはかけ離れたその勇ましい風貌に近付く者はおらず、男がひとりバルコニーへと出ると、後に続く若い女が細身のグラスを差し出した。
「フフ、誕生日なのに災難ね」
「全くだ、ここじゃ飯も酒もまともに食えやしねぇ」
細身のグラスの中で揺れる黄金色のシャンパン。細かな気泡に煽られて泳ぐ金箔は美しく見えるが……度数はせいぜい十一パーセントほど。普段飲んでいる酒よりもずっと度数が低く、何より量が少なすぎる。
周りに人が居ないことを良い事に、表情を崩して舌打ちをするジャブラは一口煽る。「少ないんだから、もっと味わえばいいのに」隣で言うアネッタの顔色は僅かにだが赤い。
ジャブラは、忠告を聞かずにクッと一杯飲み干すと空のグラスを渡し、代わりに彼女が持っていたシャンパンを取った。
「あっ」
「顔が赤えから飲んでやる」
少しだけ愛想を見せた意地悪な顔。アネッタがそれに肩を揺らして笑うのは、矢張り酔いが回ってきているのだろう。心地よい潮風を受けて彼女の柔らかい髪の毛がフワフワと波を打つと、表情がほんの少しだけ緩く見えた。
――意地悪な令嬢設定はどこにいったんだか。
呆れて息を吐き出すと、彼女はそうだそうだと思い出したように胸元に忍ばせた鍵を二つほど差し出した。
「はい、どうぞ」
「あぁ?なんだよ」
「今日の入手品。説明しなくてもなんの鍵か分かるでしょ」
「一本はな」
一本は、今回の目的とされているガンラッタ子爵宅にある隠し部屋の鍵だろう。確か、先に配布された機密資料でこれに似た図案を見た記憶がある。……しかし、もう一本はいくら記憶を掘り返しても記憶にはなかった。
装飾の多い隠し部屋の鍵と比べても、質素で飾り気のないもう一本。
子爵という爵位を持つ者にしては飾り気がなさすぎるような。それに、相手は派手好きのガンラッタ子爵だ。ソーセージのような肥った指にある指輪たちや、隠し部屋の鍵を見ればもう一本の鍵がいかに重要ではないものかよく分かる。
顔を上げ、フフンと何故だか誇らしげな顔を見せるアネッタを見ながら酒を飲む。
「なんの鍵だよ」
尋ねると、彼女はさらに胸を張って得意げな顔で言った。
「それはね、たくさんのお酒を保管している保管庫の鍵だよ」
「保管庫ォ?」
「そ!」
「……なんでまた保管庫の鍵なんか持ってきてんだ」
「ガンラッタ子爵の家門は今日で御終いだからさ。証拠品にもならない物の処分くらいは、付き合わないと。……どう、ジャブラ。いい誕生日プレゼントでしょ」
金色の瞳が半月を描いた悪戯に笑う。
その時はじめて彼女の企みを理解したのだが……カクやルッチが聞けば叱りだしそうな内容だ。しかし、確かにアネッタの言う通りかもしれない。子爵にある酒の保管庫ともなれば、銘酒やコレクションしている珍酒が揃っている筈。――酒の保管庫が誕生日プレゼントか。なかなか気の利いたことをしてくれる。
ジャブラは口端を吊り上げてニタリと笑いながらその鍵をポケットへとしまうと、「悪くねぇ」と笑った。