誉め言葉

「流石ですねぇ」「知らなかった~」「すご~い」「センスいい~」「そうなんですか?」

 ハニートラップに宛がわれたアネッタは、才色兼備のカリファとは異なるタイプだったが、なんとも庇護欲のそそる女であった。
 男の自尊心を満たす誉め言葉に、あざとく媚びた甘ったるい声。コロコロと表情を変えるその姿は、“女が嫌い男が好む若い女”そのものであったが……連れまわされた先の宿で睨まれる事になろうとは。

「そ、そうやって誉めて!ど…っどうせっサクラなんだろうっ!」

 吃音に混じる疑いと、否定を望む眼差し。
 はて、うまくやっていたと思うのだが、何か不自然に見える部分があったのだろうか。……ああ、いいや、違う。彼は自身の事を”金を持っているだけで何の才も魅力も持たない者”だと思っているのだ。揺れる瞳は動揺で、嫌悪感や悪意というよりも怯えに近い気がする。

 その自己分析力には頭が下がる思いだが、疑いを持つ傍らでただのサクラとしか思わないのだから、能天気と言うか阿呆と言うか。

 アネッタは否定するわけでもなく、極上の柔らかいベッドに倒されたまま尋ねた。

「どうしてそう思うの?」
「ど、ど、どうして、って」
「なんでそう思ったのかなぁって。だって、伯爵は私みたいな馬鹿にも優しく色々教えてくれるし、時々難しくてよくわかってなくても分かるまで教えてくれるし、伯爵は当たり前だと思うかもしれないけど、食べ方だって凄く綺麗」

 彼女の言う事に、嘘は混じらない。不細工な顔を誉める事は無いし、きつい体臭を隠す悪趣味な香水を誉める事もない。だからこそ男たちは、本心から誉めてくれる彼女に溺れやすかく、彼女もそれを得意としていた。

 こうしている間も指折り数える誉めは、眉間に酔った皺を解き、興奮と怒りで上がった肩を下げる。「こんなに良いところも、素敵なところもあるのにね」そうやって寂しく笑う頃には、すっかり絆された男がネクタイを緩めながら尋ねた。

「じゃ、じゃ、じゃあ、お、おれでいいってことだよね」

 頬を赤く染めながらの言葉。それに対して、「いいよ」なんてことは言わない。アネッタは上に覆いかぶさる男を見上げたまま、蜂蜜色の瞳をとろりと蕩けさせるよう柔らかく笑んで、男に向けて手を開いて尋ねた。

「……ふふ、伯爵はこんなに素敵なのにね、……伯爵のお父様もどうして家督を継承しないんだろう」
「さあ……でもあの屋敷がおれのものになったら、ア、ア、アニーも招待をしてやるよ」
「本当?でも私みたいなのが行って迷惑じゃない?」
「そんなことないさ!う、うちには代々受け継がれる宝があって、それを見せてあげるよ。隠し部屋にあって、おれと親父だけが知ってるんだ」
「隠し部屋?」
「ああ、おれと親父が持っているこの指輪で開く扉で――」

 そこで言葉が途切れ、とつぜん男の身体が倒れてのしかかる。「ぐえ」と蛙が潰れたような声は、今まさにハニートラップをしていたアネッタのもので、彼女は上にのしかかってきた男を横に転がすと、跳ね返るように身を起こしてその背後に立つ男を睨んだ。

「もお!もっと私に気遣って殺してよ!」

 視線の先には、爪先から頭の先まで黒塗りの男がひとり。彼の日に焼けた指の先はべっとりと血がついており、それを伯爵の胸にあったハンカチーフで拭う彼は機嫌の悪い顔で言った。

「随分と楽しんどったな」
「?、?なに、どういうこと?」

 アネッタは状況を理解できないながらも思う。
 確かに、ご飯は美味しかったし、伯爵の話もなんか宇宙学とか、力動学とか難しい話ばかりで良く分からなかったけれど、知らないことを楽しそうに話してくれる姿を見る事は楽しかった。でも、それをカクが問いかける理由も分からない。

 そのすべてが駄々洩れな顔を見て、カクは強張った顔を和らげて笑い思う。
 彼女にこの心の機微を読み取らせることはまだ、難しいか。

「いいや?ただ、お前があの男を誉めとるのが少し羨ましかっただけじゃ」

 ……正直よく分からない。けれど、なにか彼女が羨ましい感情を向けることも珍しく思えてならない。華美なドレスを着たまま、隣に寝転ぶカクをみたアネッタは細い指で短く切り揃えた髪の毛を撫でながら双眼を細めた。

「カクのいいところはもっと言えるよ」
「ほう?」
「ふふふ、なんといっても幼馴染ですから」

 くりくりおめめは可愛いし、声もとっても素敵だし、頭もいいし、私が分かるまで教えてくれるし、いつだって助けてくれるし。誉める場所を探さずに出る言葉は柔らかく、頭を撫でる手のひらがやけに心地良い。カクは隣で真っ直ぐに見つめたままに褒めを連ねる彼女を見ながら双眼を細めると、距離を詰めるよう身を寄せて華奢な腰に腕を回した。

「うん?」
「………ちと眠い」
「ええ~?じゃあ誉めるのやめていい?」
「それは継続で」
「ええ?」

 甘えたいんだか、眠いんだか、誉められたいんだか。時々ちいさな子供のように甘えるカクを見て、アネッタはあきれていたように思う。けれど、その一方で普段は外に出さないその行動が可愛くて仕方が無い。彼女は頬を緩めて笑い身を寄せると、遺体が血を流す隣で二十年分の誉めや感謝を紡いで少しの休憩を楽しんだ。

「じゃあ次は私を誉めてね!」
「おやすみ」
「え?!」