素朴な疑問(侑)

 それは何気ない一言から始まった。

「ねぇ、試合中って私のことを考えたりする?」

 ムスビイブラックジャッカルで活躍中の宮侑に寄りかかりながら訊ねたのは、彼の恋人である〇〇であった。膝の上にはこんもりと盛られたポップコーン。それから向かいにあるやたらとでかい大型テレビには、多忙ゆえに撮りためていたドラマが流れており、ポップコーンを一つ口にした侑は眉間に皺を寄せて「なんや急に」と素っ気なく言葉を返した。

 私と、仕事どっちが大事なの。TVから響いた言葉がやけに今の状況とリンクするようで、侑は「こういうことか」と尋ねたが、その言葉は存外静かだ。なんせ、普段は練習詰めで遠征も多いこの業種。日頃寂しいだなんて一言も言わずに送り出してくれる彼女が楽で良いと思っていたが、何か思うところがあるのかもしれないと多少なりとも罪悪感を抱いたのは事実。
 だが、そんな侑の思いとは裏腹に、問いを受けた〇〇は白けた顔で何言ってんだこいつという顔を向けている。

「は?どういうことよ」

 そんな言葉を付け足して。

「な…っ!せやから、お前と仕事がどっちが大事やーっていう……」
「いや、侑が大事なのはバレーでしょ」
「いやそうやけども!」
「んはは、最低~」
「いてこますぞこのブス…!」

 心配して損した。そうだ、そうだった。この女はそもそも、日頃一言も寂しいとか可愛らしい事を言わないではないか。遠征によって家を空けるといっても「お、そうなんだ。じゃあ今日は友達とご飯食べにいこうかな~」なんて言うし、寂しかろうと電話をしたって「いまドラマがいいところだから」と切られる始末。ああ、そうだった。この女はそういう女だった。

 なんだか無性に腹が立ってきて、侑は隣でぽりぽりとポップコーンを食べる女を睨む。だが睨んだところで肝の据わったこの女に効く筈もなく、侑を見つめ返した〇〇はポップコーンを一つ手に取ると、彼の唇に寄せながら呟いた。

「……ほらスポーツ漫画とかでよくあるでしょ。好きな子や付き合ってる子の応援が頭に過ぎったり、耳に入っていつも以上の力が出て活躍するって展開」
「なんや急に…あぁ…まぁ…定番といえば定番やな」
「それで、私のこと考えてたりするのかな~って思っての質問だったんだけど」

 〇〇が侑を見る。それが返答を寄越せという意味であると侑は理解しているようで、ひとまずは目の前に寄せられたポップコーンを食んでから頭を掻くと、「まぁ……正直なこと言うと、……まっっっっったく考えてないわ」と気まずそうにするでもなく、堂々と言い放つ。だが、彼が彼なら、彼女も彼女だ。〇〇は特に気にした素振りも見せずに「あ、そうなの」と、ただ意外そうな反応を返してはまたポップコーンをぽりぽりと食べていた。

「そりゃあ此処で、当たり前やんか!お前のことは四六時中考えとるで!って言った方がウケはええんやろうけど、バレーをやっとる最中は余計なことは考えられん。サーブをする時に雑音が入るのが嫌やってのも知っとるやろ」
「そうね」
「コートに入った瞬間、よそ見しとる暇はないし、それどころか気ぃ抜けん事が殆どや。せやから、お前のことは全く頭にないわ」
「じゃあ、私は応援に行かないほうがいい?」

 答えを受け、ぽつりと〇〇が尋ねる。その瞳は僅かに揺らいでおり、「いや、それは……」と言葉に詰まらせた侑を見上げた〇〇は、答えを求めるように瞬きを繰り返す。

「それは?」
「まぁ、なんや、……そら来てもらった方が嬉しいわ」
「私のこと考えないし、雑音も嫌なのに?」
「お前何気に根に持ってないか?……いや、まぁ、確かにそうなんやけど、試合前にお前がおるって分かるとアガるやろ。治のおにぎりと一緒や」
「……何それ」
「……それで、お前に勝つとこを見せたろうって思うんや」
 確かに試合中に彼女のことを考える事は無い。なんせ侑はバレーに挑むものだ。だがそれは試合上の話で、試合前には当然彼女のことを考えるし、彼女が来ていると分かれば浮足立つ気持ちだってある。試合中はそれが見えないから、彼女はそれが分からなかったのかもしれないが、彼女の存在は侑の背を押すのだ。

「そ、そう」

 対して、〇〇の反応はなんとも素っ気ないものであった。ただそれが照れ隠しであると侑は知っている。侑は身体を前のめりに倒して顔を覗き込むと、彼女の瞳が大きく揺らいで他所を向く。

 ああ、分かりやすい奴め。と思うのは侑の談。侑はちょっとした悪戯心から口角を吊り上げて「なんや、自分で言っといて照れたんか。分かりやすいやっちゃの~」と揶揄うと、〇〇は膝の上に置いていたポップコーン入りのカップをテーブルに置いて勢いよく立ち上がるとギッと鋭く侑を睨みつけた。

「う、るさいわね……もう寝る!」
「なんでや!まだドラマ見とる最中やろ」
「一人で見たらいいじゃない!」
「一人は寂しいやろ!」
「っ………、あ、……」
「あ?」
「………っ明日の試合、……寝不足で行くわけにはいかないでしょ」

 顔を背ける彼女の耳が赤い。

 それを見てときめかない男は居ない筈で、途端に胸が鷲掴みにされるような感覚を覚えた侑は、息を詰まらせる。細い手首を掴んだ時に落ちた「あっ」と言う細い声は彼女のもので、膝の上に招かれた彼女はすっぽりと収まって、侑のしなやかな腕が腹に回ると華奢な腰がびくりと震えたように思う。

 先ほどまでの威勢は一体どこにいったというのか。彼女は露骨に動揺したままで「ちょっと、侑」と言ったが彼女の肩に額を寄せた侑は「お前ほんまにタチ悪い女やな……、…くそ、絶対離さへんからな」と小さく零した。それから続くはタチの悪い女への仕返しで、――愛情で。そのまま真っ赤に染まった耳元に唇を寄せた侑は「……明日に向けて、もうちょい充電させてや」と囁いた。