熱を出した竜人族の幼馴染に手を焼く

古くに滅びた竜人族は角を持ち、硬い鱗を持った竜となり飛び立つことが出来ると言われていた。しかしそれも文献史料に載っているほどの古い情報で、滅びた竜人族の詳細が今更追記されることなどはそうはない。というのは表向き上の話。
古くに滅びたといわれた竜人族の生き残りは世界政府の保護対象としてサイファーポールを育てるグアンハオに投入され、その数十年後に世界政府付属機関である諜報機関サイファーポールの1つCP9に配属されて暗躍しているが、その活躍を知る者は少ない。

「は…っ、はぁ…っ。」

ここに、額に汗を滲ませて熱にうなされる女性がいる。名前は○○。彼女は滅びたとされている竜人族であった。
左目付近の生え際にサイズ感の違う角を生やし、シャツから伸びる白い手足の先は岩肌を積み重ねたような硬い鱗で覆われて、尻からは同じ質感を持った太い尻尾がずるりと伸びている。世界政府付属機関に属している医者達が帰った後に入ってきた彼女の同僚たちは、彼女の様子を見て眉間に皺を寄せた。

「うお、鱗に尻尾まで出てきてンじゃねーか。」
「……医者はなんだって?」

ジャブラが言い、隣に立つルッチが静かに問いかける。それに対して医者が診察する間も部屋に残っていたカクがベッドの隣に置いた椅子へと移動をしながら言葉を返した。

「竜の熱暴走じゃと」
「ンなの見りゃわかるだろ!チッ、あの医者共も頼りになんねーなァ。」
「チャパパパー、これ以上暴走したら宿が壊れてしまうぞー」
「竜の熱暴走も何度目だ?」
「今回で23回目じゃな」
「…本当に一年に一度の暴走ね。」

共にグアンハオで育った彼らにとって、竜の熱暴走とは珍しい病気ではなかった。
一年に一度起こる出来事を目にしてきた彼らは、おそらく世界政府の医者たちよりもよっぽど慣れたもので、重症度合いを彼女の竜化を見て測ればいつもよりもは大丈夫そうだと胸を撫でおろした。

「どうせ熱が下がるまでは使いものにならないんだ、カク、あとは任せたぞ。」
「あぁ。」

そういってルッチはコートを翻して踵を返すと、他の面々も立ちあがると心配を言葉にしながら部屋を出て行き、カク一人が取り残されることになった。
蒸気を上がるほどの人間離れした尋常ではない熱暴走を起こした彼女は、意識も無くぐったりとしたままで、カクがふと視線を足元に向けると先ほどまでは鱗の無かった部分に鱗が浮かんでおり、竜化が進んでいることに小さくを息を飲んだ。

「いかん、もう少し冷やすべきじゃな」

言って立ちあがって駆け足で氷嚢などを取りに行こうと扉へと近付いた瞬間、カクが扉を開くよりも先に扉が開いて、その足が止まった。

「あん?なんだよアイツのこと見とくんじゃなかったのか」
「あ、あぁ、ジャブラか。…いや、竜化が進んでいるようで、氷を、…と…。」

言葉が途切れたのは目の前のジャブラが氷が入った氷嚢と氷水を張った桶とタオルを持っていたからで、視線に気づいたらしいジャブラは「なんだよ、ジャストタイミングじゃねぇか」と軽い調子で零すと、それらを全てカクに押し付けた。

「すまんな」

カクがそう言うと、ジャブラは珍しいとばかりに目を丸めていたがすぐに「おう。」とだけいって、また自室へと行ってしまった。カクは半ば押し付けられるように渡されたそれらを見たが、ベッドの傍へと戻り、氷嚢を下に敷くために彼女の首の後ろに手を入れると、燃えるように熱い体温に手が火傷したようにじくじくと痛む。その痛みを無視して少し頭を浮かせて、舌に氷嚢を置いてから支えていた手を離して寝かせると氷嚢がじゅうう、とあり得ない音を響かせる。

「……少しは効果があると良いんじゃが」

次いで、火傷したように熱く痛む手を氷水をはった桶に手を突っ込んで、手を冷やしながらタオルを沈んでいたタオルを掬い上げて緩く絞ると、額へと乗せてやる。多少は熱を落ち着けることに貢献をしているのか、浅かった呼吸は段々と落ち着きを取り戻し、進行していた竜化が少しばかり収まったように見えて、愁眉を開いた。
カクは濡れたタオルを自分の手のひらに軽く巻いては、眠る竜人族の子の手を取って見守り続けた――。

誰かが私に触れていたような。
そんな感覚を覚えるとともに目を覚ました私は、近くで聞こえる怪獣のような鼾をBGMに気怠い体を起こしてくあ、と大きく口を開いて欠伸を零す。うーん気怠い。頭を掻きながら鼾の音を辿れば、ベッドの隣に置いた椅子に座ってぐうぐうと眠るジャブラの姿があり、どういう状況なのだろうかと一瞬思考が止まる。しかし、隣に水を張った桶や私の枕元にある氷嚢を見て倒れていたのかと状況把握し、そろりと立ちあがり彼の方を叩くとぷうぷうと膨らませていた鼻提灯がぱちんと割れて、ジャブラの肩が大きく飛び跳ねる。

「おお?!…おー…なんだ、アネッタじゃねーか。」
「ごめんねぇ、起こしちゃって。」
「いや別にいいけどよ、もういいのか」

ジャブラは眠そうに、くああと大きく口を開いて欠伸を零すと、がしがしと頭を掻きながら私を見つめた。

「うん、おかげ様で。ジャブラもありがとうね」
「おれぁ、交代したばっかだ」
「それでもだよ、毎年ジャブラも見てくれてるでしょ?」
「お、おう」
「だから、ありがとう」
「……チッ、あんまり素直に言われんのも調子狂うな。おれぁ寝るぞ!」
「え、あ、うん」
「分かってると思うが、カクや他の連中にも礼言っとけよ」

分かっていたことだが、ジャブラは素直じゃなかった。
毎年、竜の熱暴走が起きたときには、カクや他の仲間たちと同じように交代で様子を見てくれているのに、毎年ああやって交代したばかりだとかなんとか言い訳をするのだ。それでもお礼を続けると彼は言われ慣れていないのか妙にこそばゆそうに頭を掻いて、なぜか声を荒げながら出ていってしまった。
あんなんだから彼のことを嫌うことなんてできないのだ。

わたしはベッド近くに置いた私の私物鞄から軟膏薬が入った小さな壺を手にすると、少しばかり急ぎ足で部屋を出た。しかし廊下に出ると、建物の作りも廊下も見知った場所ではない初めて泊まった宿屋であったため、目的地の部屋番号を忘れた私はその場でうろうろと行き来するハメになってしまった。

ええい、どうせみんな隣り合わせで泊ってるんだ。適当に開けるか。

そんな浅はかな考えて適当にがちゃりと開けると一つとなりは開かず、二つとなりは開いたがどうやらフクロウの部屋だったようで、ぐうぐうとベッドの方で眠っている様子が見えた。

「フクロウ、ありがとねー…おやすみー…」

起こさないようにひっそりと声の音量を下げて呟いたわたしはそっと扉を閉める。さぁ次の部屋だ。三番目の扉を開くとルッチの部屋だったようで、窓際で珈琲を飲んでいたルッチと書類を手にしたブルーノが此方に視線を送った。

「起きたか。」
「体の調子はどうだ。」
ルッチが言って、ブルーノが言った。
「あ、うん。お陰様でばっちりです。二人も色々ありがとうね。」
「おれは特に何もしちゃいねえよ。…ま、仕事で返すんだな。」
「はーい……あ、そうだ、ねぇカクの部屋ってどこか分かる?」
「カクの部屋だったらこの隣だ。なんだカクの部屋を探して此処に来たのか?」
「分からなかったから全部開いてんの」
「怖い物なしだな…」

若干ブルーノが引いていたのが気になったが、目的はカクなのでそれは見てないふりをして私は二人にひらひらと手を振ってから扉を閉めると、さらにもう隣の扉へと進んで、二回のノックを経て扉を開いた。開いた先は他の部屋と同じく、ベッドと窓際に机と椅子があるだけの質素な作りだったが、中に入ってもカクの姿はなく、窓際にある机の上にカクの黒い帽子が置かれていた。

「あれー……どこかへ行ったのかな。」

しんと静まり返った静寂が何となく不安で、心細くて、私は独り言葉を零しながらベッドの方へと歩いて、布団の上に腰を下ろすと、なんとなしにそのままぽすんと体を倒してみる。僅かに残った彼の匂いが酷く落ち着くのは何故だろう。やがて、ふと気づいたら私はどうやら眠っていたらしい。体を起こすと隣にはカクが座っていて、寝ぼけ眼の私を見て小さく笑った。

「おお、起きたか。部屋に戻ったらわしの部屋におったから驚いたぞ」
「ひー……いつの間にか寝ておりました…。」
「それで?体はもう大丈夫なのか?」
「おかげ様でばっちりです」

カクの言葉が止まり、ジトリとした目で見られる。

「……なんじゃ急に敬語なんて使って」
「ご迷惑おかけしたなぁと…」

いやぁ本当に。ご迷惑をおかけし続けて20年近く、彼には頭が上がりません。
しかしカクはその言葉にからからと軽い調子で笑って「はは、今更じゃな」と言うだけで、むしろ私の頭をぐしぐしと少し乱暴に撫でると、「おぬしが元気ならいいんじゃ。変に気にせんでいい。」と零した。どうして彼はこんなに私に良くしてくれるのだろう。彼の励ましも、撫でる手もなんだかこそばゆくて、前まではこそばゆいなんて思わなかったのに、そう思いながら話題を切り替えるべく持ってきた小瓶を取り出せば、やはりカクは小さく笑った。

「いつものじゃな」
「そう、いつもの」

これも昔からの習慣だ。私が熱暴走を起こした後は、彼の火傷痕を治療する。
これが私と彼の中での約束で、実にこの習慣が始まって二十年近くが経つ。いつもの習慣とあって嫌がる素振りを見せず、どこか穏やかな彼は手のひらを差し出した。

「あれ、なんかやっぱり年々火傷が軽くなってない?」
「毎年耐えておるから強くなっとるんじゃろう。」
「うっ、すみません…」
「わはは、嘘じゃ!」
「嘘かなぁ~?」

言いながら壺の封を取って軟膏を指先で掬うと彼の手のひらへと優しく、優しく塗り広げて馴染ませてゆく。この習慣はいつまで続けられるのだろう。彼に怪我をさせたくないと思う反面、この優しい時間が無くなるのは少しばかり寂しく感じて、私はいつもよりも丁寧に、優しく治療を続けるのだ。