親戚の子

「あは、こんなところでサボっていっけないんだー。」

 いつもと変わらず、畳張りの執務室に寝転んでサボりに勤しんでいると、海軍本部では聞きなれない鈴を転がすような声が耳に届く。目元を覆うアイマスクに親指を引っ掛けて額へと上げれば、寝転ぶおれを見つめる顔見知りの姿が目に入り、珍しい来客だと緩慢な動きで身を起こせば、そのまま長い足を曲げて胡坐をかいて、彼女へと視線を向けた。

「あららら……アネッタちゃんじゃないの。今日はどうしたのよ。」
「ふふ、こんにちはクザンさん。今日はサイファーポールと海軍でお話があるってことだったんで、ついてきたんです。」
「そうかい、いやぁ随分と久しぶりじゃねえの。」

 彼女と最後にあったのは数年前だったか。
 竜人族の生き残りである彼女が、保護を名目にサイファーポールに投入されて20年近く。いまやCP9で暗躍する彼女は少し大人びたように思う。竜人族特有ともいえる左目近くの生え際にある三つの角を避けて頭を撫でると、彼女は少しばかりこそばゆそうに目元を緩めて笑う。
 この笑みを見てサイファーポール在籍だなんて、誰が思えるのだろうか。

「クザンさんてば、私の事まだ子供だと思ってません?」
「そりゃあもう。小さい頃から面倒見てるからねェ…我が子…は言いすぎか、親戚の子みたいなもんよ」
「あはは、親戚のおじさんが大将なんて誇らしいですね」

 彼女との出会いは十五年前まで遡る。
 世界政府直々のお達しを受けて、次世代のCPを育てるための島グアンハオを訪れたおれは、中心部にある古い石造りの塔へと案内され、そこで”竜の暴走熱”と呼ばれる竜人族特有の病苦に苛まれる彼女と出会った。といっても幼い彼女はすでに意識もなく、通常の人間では耐えうることの出来ない熱を帯びていたのだが。
 熱が暴走することで自制も出来ない小さな体は、ううっと呻きを上げ、次第に硬いごつごつとした岩肌のような鱗に飲まれてゆく。その姿はあまりにも異常で、おぞましく、言葉に詰まっていると部屋から出ようとしない帽子をかぶった少年が「死んだらいかんぞ!」と叫ぶように声を上げ、おれは我に返った。

 そうしておれは彼女の生命が尽きぬよう、彼女の熱さまし役として尽力したのだが、これをきっかけに彼女とおれとの交流が始まった。まぁそれも大人になってある程度自制が出来るようになったのか、ここのところはめっきり呼ばれなくなってしまったが。
 そんなわけで久しぶりに会った彼女は、そりゃあもう親戚のおじさんみたいなおれに、にこにこと笑いかけてくれるのだが、そんな彼女がかわいくないはずもなく、頭を撫でる手のひらを頬に滑らせるとアネッタちゃんは小さく肩を揺らしてくすくすと笑った。うーん、可愛い。

「にしても此処にきても大丈夫なの?君んとこ、厳しいでしょうに。」

 おれと彼女は仲が良いものの、基本的にはサイファーポールと海軍の仲は悪いと言われている。
 恐らくサイファーポール的にも彼女をこちらに近付けたくはないはずだ。

「今日はちゃーんと許可を取ってきましたよ。」
「はぁ、よく許したもんだ。」
「あはは、ルッチからはバカヤロウ遊びじゃねぇんだぞって怒られちゃいましたけどね。でもこういう時じゃないとクザンさんに会えないですし。」
「あらやだ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。…あぁ、そういえば、最近の調子は?サイファーポールは楽しいの?」
「うん?最近ですか?ん~~~、色々任務はありましたが、でもそうですね…すっごく楽しいですよ!」

 この間も上手に暗殺出来たのでたくさん褒めてもらいました!そういって彼女は子供みたいに笑うから、思わず息を飲む。昔は殺したくなんかないとか怖いと泣きべそをかいていたというのに、あの頃の臆病だった彼女はどこへ行ってしまったのだろう。
 歪さを感じるその回答に少しばかり眉間に皺が寄ったが、彼女からしたら露骨に難色を示したように見えたのだろう。何かまずいことでも言ってしまっただろうか、と不安そうな色を滲ませながら「あ、あのう、何かまずいこと言いましたか?」と問いかける。

「うん?あぁ、いや、別に。ただ、……アネッタちゃんはさぁ、強くなったわけじゃない。…だから、暗殺も悪かないけど、その力で市民を守るってのはどうよ?……サイファーポールなんかやめてさ。」

 おれの言葉に彼女の金色の瞳が大きく揺れる。

「え、っとでも、私、サイファーポールにずっといるから……ほかのことなんて、…分からないですし。」

 そう言って少しばかり戸惑いながら、目を伏せる様子は、とてもじゃないが暗躍諜報機関の一つであるCP9に在籍しているようには見えない。彼女はただ、サイファーポールという環境での生き方しか知らないのだ。

 何か、彼女の背後で歪んだ方向へと手を引く影を見たような気がして、それを払うよう「その時はおれの部下になっちゃったらいいんじゃないの?おれの部下だったら、サカズキほど厳しくはないわけだし。」と一つの道を示してやると、彼女は一瞬ぱっと花咲くように表情を明るくして「あはは、クザンさんの部下なら緩くて楽しいかも―――」そう溢したのだが、それも早々に邪魔が入ったようで、ふっと自分たちを覆いつくすような影が出来たかと思えば、次の瞬間にはアネッタちゃんの「ぐえ」と少し間抜けな声が響く。
 視線を上げれば、帽子を被った青年がアネッタちゃんの首根っこを掴んでおり、おれを鋭く睨むや否や「妙な与太話をせんでほしいのう」と言ったのだが、その不愉快さを微塵も隠す気のない声といったら。思わず乾いた笑いがついて出た。

「あらららら、残念。」
「カクっ……首、首絞まってる………カク…お願いだから…うう…っ」
「アネッタもそろそろ戻るぞ。」

 そこでようやく首根っこから手を離した青年は、「え、今きたばっかりだよ。」と首を摩りながら不満を零す彼女を米俵のようにひょいと担いでは「それでもじゃ。妙なことを吹き込まれても困るからのう」と牽制をかけるよう此方を睨む。彼女に拒否権はないらしい。

 まぁ、アネッタちゃんだけは意図を理解できずになんだそりゃって表情を浮かべていたが、いまここで言ったところで帽子の青年がお願いを聞いてはくれないと分かっているのか、それ以上何か言う事も無く、どこか諦めたような表情でおれにむけて手をゆらゆらと振った。

「もうちょっとお話したかったなぁ…、またねぇクザンさん。」
「または無いわい。」
「余裕のない男は嫌われるぜ~?」
「ふん、余計なお世話じゃ。」

そういってまた露骨にこちらを睨む青年は、彼女を担いだまま部屋を出て行った。

さて、彼女のなかにサイファーポールとは異なる道という種を撒いてみたが、あの嫉妬深い帽子の青年のことだ。芽が出る前に摘まれてしまうだろう。何より青年を見る彼女の瞳を見て、あぁ、今更彼女を引き留めることは出来ないのだと悟り、おれは小さくため息を零すことしか出来なかった。