珍しくも私とジャブラが任命された任務内容はある拠点に隠された薬の回収で、難易度はそう高くはなかった筈なのに、さてどうしてこうなったのか。
先の戦いで毒を塗った刀で切られたアネッタは、じくじくと痛む肩口を抑えながら、残った片手で意識のないジャブラを引きずり歩く。満身創痍ってのは多分こういう状況を指すのだと思う。もはや走る力もなく足を引きずり、段々と目が霞む中、どうにか追手を撒いて拠点へと戻ると、待機していた数名ががたんと音を立てて立ち上がり、此方へと駆けてくる様子がぼんやりと視界に入った。
「アネッタッ!!」
彼等が此方へと辿り着くよりも先に、膝が崩れ落ちて体が床へと叩きつけられる。ああ、くそ、体に力が入らない。
一番に血相を変えて駆け寄ってきたのは、他でもないカクだった。意識のある私を優先して抱き起こしたが、床に残る血の跡を見るに血を流しすぎたし、毒も回り始めたのだろう。上手く腕を持ち上げることもままならず、カクに身を預けた私は彼に視線を向けた。ばちりと視線が絡み一層険しくなった表情が目に写る。
「…左、ポケットにある、瓶、出して。」
私が言い、カクはすぐに意を察して隠し持っていた小さな小瓶を左ポケットから取り出すと、カリファへと差し出した。カリファの持つ小瓶の中で揺れるとろりとした蛍光色の液体が怪しく光るが、それももうぼんやりとしているだけで輪郭すら分からなくてなってきた。
「は…、…ごめん、………なんとか薬の回収はできた、んだけ、ど………毒、が……っは……、…っっ、ジャブラも毒を浴びて気を失っ、て。」
あまりにも情けなかった。声も上擦っていたし、きっと無様な姿だったと思う。
「毒……待て、じゃあこの傷は…。」
カクが呟く。流石は幼馴染だ。
「察しがよく、て、助かる、な、あ。」
私は無理にへらりと笑って見せる。もう霞がかって彼の顔は見えないけれど、きっと怒っているんだろうなぁと、なんとなくそう思った。
ーーその瞬間、肩口に激痛が走り、私は呻きをあげる。
「いッ……っう、う〜〜ッッ!!」
あまりの激痛で一瞬、何をされたか分からなかった。
焼けるような激しい痛みに目はチカチカと点滅して、もう力が入らないと思っていたのに無意識に掴んだ彼の腕には爪が食い込み、嫌な冷や汗が滲む。暫く焼けるような激痛が続き、やがてそれが遠のくと、激痛によってか視界の霞も消えて視線を上げると、見上げた彼が口周りを赤くして床に液体を吐き捨てる姿が目に映った。恐らくは毒を吸い出したのだろう。全くどんな毒かもわからないのに無茶をする。
痺れの残る手を向けて袖口で口を濡らす私の血を拭うと、カクは少しばかり安堵したような表情を見せてから私の視界を遮るように帽子を乗せて、少しばかり私の体を支える腕に力を込めた。
「これで毒は回らんと思うのじゃが、ジャブラの事もある。早く戻った方がいいじゃろうな。」
「ええ、そうね。ジャブラはクマドリに頼むわ。」
「ああ。医者まではおれの能力で行って、その後のルッチへの報告はおれが引き継ぐ。」
「よよォい!ジャブラはぁ、あっしにお任せェ、あれェ!」
「チャパパパー、おれも付き合うぞー。だから、アネッタはゆっくり休むとよいぞー。」
視界は暗いけれど、耳に入る仲間たちの声があまりにも頼りがいがあって、
「そう、させてもらお、うかな、あ…」
私は力なく、呟いてゆっくりと瞼を閉じた。
窓から差し込む柔らかい日差しを受けて目を覚ました私は、見慣れぬ天井を見上げ、それから緩慢な動きで視線を変えると、備え付けの椅子に腰を下ろすカクとばちりと目が合った。カクは、目が合うや否や酷く安堵したような表情を浮かべながら、丸椅子に手をかけてずず、と引きずりながらベッドへと椅子ごと近付いた。
「……おお、目覚めたか。」
「…あれ、……カク……?」
なんだかよく寝たような気がする。
私の目にかかった前髪を指先で掬う彼に視線を送ったが、ちゃんと起き上がろうとベッドに手をつくと、次の瞬間には肩口にとんでもない激痛が走り「おああ…ぁ、あ……いた、ァ…い」と何とも無様な悲鳴を上げてしまった。
「ああ、まだ起きんほうがいいぞ。傷が塞がっておらん筈だ。」
「も、う少し早く言っていただけると……!」
「わはは、すまんな」
一過性ではなく、じくじくと続く痛みに起き上がる事も出来ずに涙目でカクを睨むと、彼はからからと軽い調子で笑う。私はそんな彼を暫く見つめていたが、ふと彼の目元に出来たクマに気付いて随分と眠ってしまっていたようだと悟り、本題へと入ることに決めた。
「…ねえ、いまあれから何日経った?」
「……二日じゃな」
「ジャブラは?生きてるよね」
「あぁ、安心せい。アネッタのお陰で毒が回る前に解毒剤が打てたようじゃ、…まァ意識はまだ戻っておらんが直に目覚めるじゃろう。」
「そ、…っかぁぁ…良かった…。」
ジャブラが生きていた。カクの絶妙な間にやたらとドキドキとしてしまったが、生きていた事を聞いた直後にはなにか、重たいものを一気に下ろしたような、たくさん歩いたあとのようなどっとした疲れが出てしまって私はベッドに体を倒して深い吐息を落とすのだ。
「ああ、そうだ。ルッチが褒めておったぞ、よくやったと」
「ルッチが?」
「覚えとらんか?あの時見つかった薬のお陰で今回のターゲットを叩くことが出来る。…大手柄じゃな。」
死ぬ気で、まさに命からがら遂行した任務なので勿論覚えているのだが、ルッチが褒めていたというのがなんだか意外で瞬きを繰り返していると、カクは大きな手のひらで私の頭をぐしゃぐしゃと撫でるので、私はつい頬をだらしなく緩めてしまう。
「えへへ…」
しかし、次の言葉にその緩み切った頬も硬直することになるのだが。
「と、いうのは組織的な話で」
「へ?」
「此処からは組織を抜いたわしの個人論じゃが、全く無理をしすぎじゃ!おぬしもあと少しで毒が回りきって死ぬところだったんじゃぞ!」
「だ、だって」
「だってじゃないわい!」
露骨に声のトーンが下がり、怒りを腹ませて言葉を畳みかける彼に私はろくな言い訳もできずに、彼の説教にコンコンと詰められるしか出来ずに、ううっと唸り声を上げた。
「…あの時、おぬしが追手を払えていなかったら、解毒が間に合わなかったらどうなってたと思う。」
「………ごめん」
珍しく彼は本気で怒っている。私相手に。反論の余地もなく、私は素直に謝るとカクは暫く私を見つめたかと思うと、帽子のつばを手に少し下げてからぽつりと「あまり心配させんでくれ。」とまるで懇願するように零すのだ。
「……心配してくれたの?」
「当たり前じゃろう。どれだけ心配したと思っているんじゃ。」
「そう、ですか…………えへ、…へへへ」
「……なにを笑っとるんじゃ」
「いや、なんか、カクが心配してくれたのが嬉しくて」
いやはやしかし、この発言が悪かった。呟いた瞬間、何故だか背筋がひんやりと冷たくなった気がして、隣に座る彼に視線を移すと、カクの表情を見て私はヒュっと息を飲むはめになった。
「……また噛まれたいようじゃのォ」
ああ、頭にお怒りマークが浮かんでいるのが見える。カクはぎしりとベッドを軋ませながら身を寄せてから怪我を負った肩口を指先でなぞると、それはもう怪しく笑うのだ。
あれ、ちょっと、どうして上着のファスナーを下ろすんですかね。ねぇ、ちょっと。
迫りゆく影に包まれた私は口端を引きつらせて、抵抗も出来ずひっそりと影に飲みこまれていった。