酔っ払いと巨大大橋

 海の都・ウォーターセブン。ガレーラカンパニーで働く従業員たちは仕事を終えると、今日も馴染みの酒場へ足を運んで、今日もよくやった!明日も頑張るぞと己を労うという名目で美味い酒と旨い飯を食べて飲んでは、どんちゃん騒ぎをしていた。
飲み始めて二時間ほど。そろそろ帰るには良い頃合いなのだが、わしの幼馴染といったら酒を片手に顔を真っ赤に染めて、

「だぁからぁ…………」

とむにゃむにゃ言いながら飲みかけのグラスをどんと置いている。
普段は飲め飲めなんて煽る男たちも、ぐでんぐでんに酔っているアネッタを見てはさすがに心配が上回ったようで、別席で酒を飲むわしの脇を小突いては、おい、あれ大丈夫なのか?とこそりと問いかけるのだ。

「……本気で酔っとるのう」
「………クルッポー、お前はもう帰れポッポー」
「ええ~~~、まだお酒残ってま~~す」

わしが言って、ハットリが呟くが、心地よい酔いに呑まれて夢心地のアネッタはぐわんぐわんと頭を揺らしながら不満を零している。まだ帰りたくないということだろう。
しかしこれ以上飲まれても困るため、へらへらふにゃふにゃと芯もなく笑う彼女を見ながら席を立ち、彼女が置いた飲みかけのビールジョッキを半ば奪うようにして手に取ると、アネッタに許諾を取ることなくそれを一気に煽って飲み干した。

「これでいいじゃろう、ほら、アネッタ帰るぞ」
「わあ、カクすごいねぇ…」

飲み終えた事を報告する代わりにごとん、とわざとらしく音を立ててビールジョッキを置けば、周りの男たちは少しばかり呆気にとられたような顔をしていて、わしが彼女を連れて帰ると改めて告げても「お、おう」「おつかれー…」なんて歯切れの悪い言葉が返すだけであった。

「なんじゃ、珍しく酔うとるようじゃな」
「へへ、みんなとわいわい楽しく飲むお酒って初めてだったから、うれしくて」

かくして連れ出しに成功したわしらは街頭が灯る夜道を歩く。
てっきりアネッタは歩けないほどに泥酔しているかと思ったが、意外にも足取りはしっかりとしており、先に歩みを進める足取りは軽い。声を弾ませる鈴を転がすような声は、顔を見ずとも上機嫌だと分かるもので、問いかけに帰ってきた言葉を聞けばサイファーポールの面々を思い浮かべて、乾いた笑いが出てしまった。

「ああ、まぁ、確かにのう。…あやつらが集まって飲むなんて事はそうはないからな」
「でしょー?だからなんか今日はお酒が進んじゃったなぁ…。ふふ、おかげでまだふわふわしてる。」

まるで余韻に浸るように足を止めたアネッタ。後ろを歩いていたというのに追いついてしまったわしは、酔っ払いを置いて先に歩いてくわけにもいかず彼女に視線を向ける。酔いにより頬は真っ赤に染まっていたが、本人は幸せそうにふにゃりと笑っていたので、なんとなく、なんとなく気になって手を伸ばして、真っ赤に染まったリンゴのような頬に触れてみる。自分の頬とは全く異なるふに、と柔らかい感触に思わず凝視してしまったが、アネッタは嫌がるどころかわしの手のひらを取って、そのまま頬に寄せてすりすりと猫のように頬を摺り寄せてくるではないか。

「んふ、カクの手は気持ちいいねぇ」
「本当…機嫌が良いのう」
「ふふふっ機嫌も良くなるわよ!だってだいすきなみんなと楽しくお仕事できるんだもん!」

街灯の光を受けた金色の光はきらりと煌めいて、彼女が笑うと金色に光る瞳が三日月のように細くなる。
それから頬を摺り寄せていた彼女は飽きてしまったのか猫と大差ない動きでするりと撫でる手のひらから逃れると、一番ドッグ前にある巨大大橋を半分ほど渡って、手すり部分にひょいと上がった。全く、酔っ払いの癖に随分と足場の悪いところに登ってくれる。

「ふふっ、ずうっとこうだったらしあわせなのになぁ」

彼女の零す願いは本来の仕事と、いまこの時はただの長期任務であることを理解していないようなもので、これが続くだなんてあり得ない事ではあったが、橋のど真ん中で大きな月を背景にくるくると回って踊る酔っ払いを見て、そんな野暮なことを突っ込むことなんてできずに、ため息を落とすことしか出来なかった。

「おいで」

代わりに、彼女が水路へと落ちる前に両手を広げながら呼びかけると、彼女は嫌な顔をするどころかそれはもう幸せそうに笑って抱き着いてくるので、そんな彼女を抱き留めてから腕で彼女のお尻を支えるようにして抱き上げると、彼女の蕩けた金色の瞳と目があった。
吸い込まれそうな美しい金色の瞳に、獣のような縦長の瞳孔。彼女を前に、誰が本音なんて言えようか。

「あのね、私はガレーラカンパニーのカクもだいすきよ」

一方でわしの想いなんてこれっぽっちも知らぬ酔っ払いは、唐突にも帽子を軽く押し上げて額にちゅう、と短く唇を押し付けるようにキスを落とせば、ふにゃふにゃと笑った後に電池が切れたようにそのままこてんと肩口に顔を埋めてすうすうと寝息を立て始めた。全くなんて女だ。

「な……っ……、…………はぁ、人の気も知らないで好き勝手にするのう」

彼女はじわじわと集まるこの熱も、煩いくらいに早くなる心臓の鼓動も知らないのだ。すうすうと寝息を立てる酔っ払いを見つめたあと、どうせ覚えちゃいないと額に口づけを贈ったわしは、眠る彼女を抱きかかえたまま自宅へと足を進めた。

はたして明日の朝、この酔っ払いは今日のことを覚えているだろうか。
気持ちよさそうに眠る彼女をみながら、暫く眠ることができなかった。