パーティ会場に潜入して、情報を集めていた筈の〇〇の姿が見えない。
情報は十分に取れたから引き上げて良いと指示を受けたわしらは各自でパーティ会場を抜けたのだが、唯一〇〇の姿を見つけることが出来ず、不審に思ったわしは会場前の廊下に出て辺りを見回すと、廊下の端の方でカーテンが一か所だけ靡いているのに気付いて、其方へと足を進めた。一か所だけが靡いているということは、窓か、バルコニーに出るための扉が開いているということだろう。案の定、靡いている場所はバルコニーに続く扉の前で、靡くカーテンを避けてバルコニーを覗くと、背中が大きく開いたノースリーブ型のドレスに身を包んだ女が一人佇んでいた。
「〇〇」
彼女の名を呟くと、一人佇んでいた女が顔を上げて普段よりも幾分か緩慢な動きでこちらを見ると、「カク」とわしの名を同じように呟いた。しかしまぁ苦楽を共にしてきた幼馴染というのは特に察しが良くなるもので、わしの名を呼ぶ表情にも声色にも違和感を持ったわしは、彼女へと近付いて手を伸ばしたが、その手は寸前のところで彼女の手によって払われてしまった。
「あ、と、…ごめん、いまは…触られたくない。」
そういってどこか罰の悪そうな表情を浮かべる彼女は視線を伏せるので、払われて行き場のなくなった手を下ろすとわしは伏せられた瞳を見つめ「何かあったのか」と問うた。
「………配られたお酒に何か盛られてたっぽくて、」
「ああ、成程。薬の類か。」
「多分…催淫剤の類だと思うんだよねぇ……」
「だからわしに触られたくないと?」
「そ。これでも盛った人から触れられないように頑張ったんだよ?」
褒めてほしいくらいだよ、なんて呟く言葉は力なく、彼女は眉尻を下げながら困ったように笑むと、目の前にある白塗りの西洋風柵に凭れかかって体内に籠る熱を吐き出すように息を落とした。確かに、灯りもない暗いバルコニーで分かりづらかったが、月明かりを受けた彼女の頬は赤い。バルコニーを退避先として選んだのも室内よりもずっと涼しいからだろう。
しかし、いくら任務中といえど頼られないというのは幼馴染としても、恋人としても寂しいもので、同時に腹立たしくもある。わしは無遠慮に彼女との距離を詰めると、彼女は少しばかり緊張か警戒か、体を強張らせた。
「カク、だからいまは近付いてほしくな―――」
「座れ」
彼女の意志も言葉も無視をして、耳元でそう囁いた瞬間、〇〇はかくんと力が抜けたようにその場に座り込んだ。おそらく本人も何が起こったのか分からないのだろう、困惑の表情で疑問符を頭上にいくつも浮かべるので、その様子を見下ろしながら手を伸ばして、彼女の頬から項をするりと撫でて熱を測る。
触れた肌は催淫剤の効果か、熱く、汗ばんでしっとりとしており、乾いた指先が濡れるような感覚を覚えた。随分とたちの悪いものを飲まされたものだと息が落とすと、そんなことよりも困惑の色を見せた金色の瞳が此方を見上げるので、一度膝を折ってしゃがむと、座り込んだ彼女の瞳を見つめてにっこりと笑って見せた。
「〇〇は催淫剤を飲むのは初めてじゃろう。催淫剤の中には命令を聞かせるものがあるんじゃ」
「そう、なの…?」
「あぁ」
いいや、嘘だ。催淫剤なんてものは関係なく、これは単に過去数十年と彼女を躾てきた結果だ。少しずつ、少しずつ、彼女の素知らぬところで育ててきた”抗えぬ服従関係”がこんなところで花開くとは思わなかったが、それほど反抗する理性が無くなっているということだろう。彼女は一体何が起こったのかと相変わらず困惑していたが、催淫剤の効果だと説明を受けて少し安堵したような表情を浮かべたので、彼女の膝裏と背に腕を回して抱き上げると、彼女は薄く目を開いたのち、胸板にぽすんと頬を寄せた。
「………またカクに迷惑かけちゃったなぁ」
「ほかの男に手を出されるよりよっぽどマシじゃ。」
そう言ってバルコニーの端に寄せられた複数の遺体に視線を向けては、馬鹿な男たちだと乾いた笑いを落として、バルコニーを後にした。