人間と竜人族

 注意散漫でミスばかり。ここ最近、アネッタの様子がおかしいことには気付いていた。

 しかし、良いことも悪いことも、ろくでもないことだって、ピーチクパーチクと喋るアネッタのことだ。どうせすぐにわしの元へやって来るだろう。と、呑気にもそう踏んでいたのだが、二日立っても三日経っても、二週間たっても進展は無く、ついには周りの者たちが「アイツどうしたんだ?」と口にしはじめた。

 「…くッ!!」

 そして、今日。訪れた任務先での戦闘で、運悪く爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた体が壁に叩きつけられ、一瞬息が詰まった。叩きつけられた衝撃で崩れや石壁のブロックが頭上から降り注ぎ、咄嗟に腕で庇ったものの、石壁で使われていたブロックの量は多く、呆気なくわしの体はブロックたちに飲み込まれてしまった。飲み込まれた際、細かい砂が混じる砂埃が口の中に混じったが、幸か不幸か、埋もれることはあってもその重みで潰されることはなく、被害状況としては体に鈍い痛みが走る程度に留まっていた。

「……っカク!!」

 話しかけようにも、剃をフル活用して逃げ回っていたアネッタの声がする。恐らくは石壁を取り除いてくれているのだろう。やがて、わしの姿を見つけたアネッタは、自分だって爆発に巻き込まれたせいで出血をしているというのに、今にも泣きそうな顔で崩れた石壁を退かして・払って、あとは生まれた隙間に伸ばした手を両手でつかむと、ご自慢の力業で引き上げたのだが、アネッタの手はぶるぶると震えていたし、引き上げたあとも言葉なく体を抱きしめてくれた。
 ただ、これが感動の場だとしても、まだ任務の真っ最中だ。そうこうしている間にも爆発に巻き込まれながらも首皮一枚で生き残ったらしい男が、鼬の最後屁とばかりに此方に拳銃を向けて「死ね…!悪魔め…!!」「お前たちを殺して道ずれだ…!」と喚く。

咄嗟に彼女の腰を抱いてぐいと引くと、予感した通りに乾いた銃声と共に放たれた鉛玉がわしの眉尻をすうっと撫でて通り過ぎていったが、喚いた男からしたらこれが命を懸けた一撃だったのだろう。それがあっさりと外れてしまったと理解した男は、絶望と怨念を滲ませながら体を地面に倒して、やがて動かなくなってしまった。

 念のため、暫く男の様子を見つめた後、「………アネ、大丈夫か」と問いかける。

「…なんで…カクの方が大丈夫じゃないでしょ」

 しかし、アネッタは酷く動揺したままだった。黒い袖口をわしの眉尻にやって、血を拭いながら「なんで、なんで庇うのよ……」と下唇を噛むので親指で「こら、切れるぞ」と唇をなぞり、その先の口端を軽くむにりと引くと、彼女の瞳がわしを見て、それから今にも泣きそうな顔で、「…、………カクが死んじゃったかと思った」と言葉を震わせながら零した。

「うん?…あぁ、さっきの爆発か。」

 彼女が露骨に動揺していたのは、それが理由だろう。アネッタの頭は、まるで花が萎れていくように段々と下を向いて、わしの肩口にぼすんと埋まる。それが彼女なりの甘えだと知っているわしは、CP9とあろうものが、と叱ることも出来ずに、彼女の腰に回したままだった腕に力を込めて、まるで赤子をあやすように背中を摩る。

 しかし、分からない。このような状況は初めてでもないのに、今日はいつもよりも動揺しているような。その瞬間、自分の中にあった違和感や疑問といった点に向けて線を引けたような気がして、「…………最近悩んでおる事と関係しとるのか」と問いかけると、アネッタの肩がびくりと跳ねる。全く、分かりやすい女だ。

 しかし中々言葉が返って来ず、「アネ、言わんと分からんぞ」と答えを促すように声を掛けてみたがまるで無視だ。「こら、アネ」「アーネ」「アネッタ」そう何度か声を掛けると、耳元で「聞こえてるもん…」と小さな反論が返ってくる。

「じゃあ無視をするんじゃない」
「………」
「……アネッタ。」
「…け」
「け?」
「研究所にあった資料、で、……竜人族と、……人間では寿命が違う、って」 

 アネッタが、少しばかり言いづらそうに零す。

 ただ、正確には、竜人族と人間では寿命が違う可能性が高いというニュアンスが正しい筈だ。
 なんせ竜人族は文献にも殆ど残っておらず、まだまだ政府総出で研究を行っているような謎多き種族だ。文献に乗っている死因も、殆どが他殺や衰弱死などと寿命を全うしたデータは一つもなく、寿命については今だ未解明。故、観察対象者アネッタの死が重要な手がかりとなる――というのがわしが過去に研究資料を漁った中で見た答えだ。

 だから人間と竜人族で寿命がどう違うかなんてわからないし、もしかしたら人間よりもずっと早い可能性だってある。ただ、長命族の妖精族や巨人族など、人間とは異なる種族であることを考えると他種族と同じように長命族である可能性は高いと思うが。

「……あぁ、なるほど。……わしが死んだあとのことでも考えたのか」

 つまるところ、死に対して恐怖を覚えたのだろう。いやはや全く、こちらは彼女を死なせてたまるかと長生きできるよう働きかけているのに、彼女は長生きを拒んでいるだなんて。それがまた可笑しいやら悲しいやら。それに、仮にわしがいなくなったら、ある意味本当の意味で逃げ出すことが出来るだろうに、外の世界と常識を殆ど教えられず、言われるがままに生きてきた指示待ち人間の彼女はそれすら分からないのだ。

 まぁ、それを望んできたのだから、今の状況は望ましいのだが。

 それなのに、その事実を知らない彼女はめそめそと「カクがいなくなったら一人ぼっちになっちゃう」「どうすればいいか分からない…」と零すのだから、笑えてしまう。ああ、なんて愚かで愛おしいのだろうか。

 こうしていま、彼女を抱きしめながらもわしが笑っていることだって、彼女は気付いていないのだ。

「……まぁ、確かにわしは人間で、お前は竜人族じゃからのう……全く同じ寿命、というわけではないじゃろうな。」
「……ん……」
「しかしのう、アネッタ。考えてもみろ、この世界じゃ寿命まで全うできる者の方が少ない。竜人族が長命族だろうが、人間がそれと比べて短命族であろうが、その前に死ぬ可能性の方がずっと高いんじゃぞ?」

 そう、例えば――周りにある焼け焦げた骸たちのように。

「じゃから、遠い未来を心配するよりも、明日が分からないからと毎日を懸命に生きたほうがよっぽど建設的じゃろう」
「……それじゃあ、明日死んじゃうかもしれないってこと?」

 顔を上げたアネッタが、”当たり前のこと”を問いかける。

 この世界に生を受けた以上、そしてCPに在籍する以上、明日が分からない事なんて当たり前の事なのに、この質問を寄越すあたり、本当に死が身近なもので、その対象にわしが入っているとは思っていなかったのだろう。呆れるべきか、それとも、思いもしないほど信用度が高いのだと喜ぶべきか。

「わははっ、なんじゃ随分と今更なことを言うのう」
「………私たちに明日が無いなんて、分かってた筈、なのに、………なんか、……カクがいなくなった後のことを考え始めたら、急に怖くなって。」

そうアネッタが呟くと共に、わしの腰に彼女の腕が回される。ぎゅっと力が込められたのはその恐怖の現れだろうか。

「わしが明日死ぬか、……のう。……まぁ無きにしも非ず…じゃがそもそもわしは死ぬ気はないぞ。」
「…でもそんなの分からないじゃない。……今日みたいに、カクですら予期できないことが起こるかもしれない」
「かもしれないなんて言い出したらキリがないじゃろ。いいか、アネッタ。わしは死なん。今日だって大丈夫じゃったろ」
「…そう、だけど……その自信はどこからくるのよ…」
「うん?はは、そうじゃのう……。……馬鹿で弱くて泣き虫な……そんな女を置いて死ねると思うか?死んでも死にきれんわい。」

 全く、泣き虫なのは昔から変わらんな。
 言いながら親指の腹で彼女の目尻に溜まっていた涙を拭うと、乾いた指先にじわりと溶ける。それでもアネッタの涙は止まらなかったので、目尻に向けて慰めがてらのキスを落としたが、滲んだ涙のせいでやたらとしょっぱかったので、そのままぬるりと舌を這わせたが、まぁ、そのくらいは許して欲しいものだ。