彼女を飾って見せつけて

 熱烈なラブコールを受けている。

 指令長官室の隅に、長方形の箱が置かれていた。数は五つほど。深みのある箱の中には美しいドレスがしまわれており、箱の角から、細かな刺繍が施されたスカートの裾がちらりと覗いている。

「スパンダム長官…っだから、あの、断ってくださいよぉ!これもう五つ目なんですよ?!」

 ドレスの上に置かれたメッセージカードを手に、私は訴える。メッセージカードに書かれた”愛するアネッタへ”という馴染みのない文字が私にとっては酷く恐ろしかったのだ。

「なんでこの俺が、わざわざ相手の機嫌を損ねるようなことをしなきゃならねぇんだ馬鹿が」
「ううっ…」
「あら。別にいいじゃない、どれも上質なものよ」

 しかし、この場に参加しているスパンダム司令長官も、カリファもどこか他人事であった。足を揃えて綺麗にしゃがむカリファは、箱の中身を見て余裕のある口調で言うし、スパンダム司令長官なんか「お前自分のドレスが無えだとか言ってただろうが、儲けたとでも思えばいい」と鼻で笑う始末。

 そりゃあ、こういった華美なドレスは持っていなかったし、いつかは自分用に購入したいなと思ったが、これを贈ってきたのは一度話しただけの男だ。いつぞやの社交パーティで出会った男は、明日行われる社交パーティに私が参加すると何処かで情報を得るなり、こうして熱いメッセージと共にドレスや、煌びやかな宝石類を贈ってくれているのだが、なんせ量が多い。

 それに別に私は一言も欲しいとは言ってはいないし、ましてや参加するだなんて一言も言っていない筈だ。なのに一方的に愛のメッセージを添えて送られてくるのだから、嬉しいという感情よりも何か不気味なものに思えてしまう。
 だから、出来れば私を紹介した長官からそれとなく断って貰いたいのだが、例の男はターゲットと繋がっている。その状況で下手な事をしたくはないようで、長官は面倒臭そうな顔で断るだけ。ついでに馬鹿ときたもんだ。

「で、でもさぁ…着たら……その、……私がおじさんの好意を受け止めたってことにならない?」

 なんせこのドレスは、カリファの言うように上質なものだ。細かな刺繍が施された其れは、触れずとも上質なものと分かる仕上がりで、極めつけに、蓋の中央には資産家御用達の有名ブランドのロゴが印刷されている。

「まぁ、なるでしょうね」
「なるだろうな」
「じゃあ着たくなぁい……」
「別によぉ、着たからといって全て結婚だのなんだのに繋がるわけじゃねえだろ」
「そうなんですか?」
「ええ、好みの女性に好みの服を着せたい…という層は一定数いるわね。私もよく趣味の良い服を頂いているわよ」
「ひえ……」
「ま、着たくなけりゃあ明日までに自分のドレスを用意するんだな」
「くう……こんな夜中まで働かせておいて、今からドレスが用意できるわけないじゃないですか…!」

 そんな訴えも虚しく、司令長官室から回収してきた箱を手に部屋に戻った私は、似たような箱がベッドの下に積まれていることに気付く。これらは給仕係が運んできてくれたものだろうか。どれも有名ブランドのロゴが印刷されており、丸い形状や小さな箱から察するに今度はアクセサリー類のプレゼントだろう。

 此方からすれば、一刻も早くアプローチを遠慮願いたいところなのに、受け慣れていない熱烈なラブコールが重い。なぜ彼は返答も待たずに贈り続けるのか。重い。重すぎる。あまりの重いラブコールに若干の胸やけを覚えながら、私はそっと見ないふりをして持ち帰った箱を隣に置くと、そのままベッドに倒れこんだ。

「あれ……」

 そのとき、ベッドの上にも同じような箱が置かれていたことに気付く。形状は深みのある長方形。ただし、あの有名ブランドのロゴは印刷されておらず、色もほかの箱とは異なりシックなオリーブグリーンだ。となると送り主は別人と考えるのが妥当だが、それにしたって何故パーソナルスペースであるベッドに置いたのだろう。先ほどまであれだけ胸やけを感じていたのに、なんだか興味が湧いてしまった私は、匍匐前進でにじにじと箱の前へと近付いて、そして身を起こす。

 そして、箱の上に置かれたメッセージカード、と言うには少しばかりシンプルすぎる、ノートの切れ端を見つけて、其処に並ぶ硬い角ばった文字を指でなぞった。

”まだ着るものが決まっていなければ。”

 蓋を開くと、窓から差し込む、不夜城らしい眩い日差しがドレスを照らす。きらきらと、きらきらと。細かく優雅に煌めくそれに目を奪われた私は、小さく感嘆の息を吐き出すのであった。

 縹色を基調とした重たい生地に、細かな刺繍が施された美しいドレスが肢体を包み込む。その上からは、露出を控えめに抑えるためか透け感のあるレース生地が重ねられており、重たい生地と、肌をやわらかく包み込むようなレース生地がバランスよく調和している。女性らしさを際立たせつつ、色っぽさよりも可愛らしさを演出するそれは、歩くたびにふわふわと揺れて、細かな刺繍が粒となってきらきらと光っていた。

「あら、いいじゃない」

 なんだか普段よりも声を掛けられる頻度が高いような。それとなく断りを入れながら逃げた先で、細身のワイングラスを手にしたカリファが目元を和らげるようにして呟く。
 彼女の着たドレスは私とは真逆の傾向だ。美しいボディラインを強調するようなマーメイドドレスには深めのスリットが入っており、其処から覗くしなやかな足は、まるで芸術品のように流線的に伸びており、静かな美しさを放っていた。まさに美の化身だ。

 思わず女の私でさえも目を奪われるような隙の無い美しさに、先に返答することも忘れて「はえ……綺麗…」と零すと、カリファは驚いたように目を瞬かせた後、ふっと吐息を零すように「有難う」と笑った。

「……それで、そのドレスは礼の贈り物?長官室で見せてくれた物のなかには無かった気がするのだけれど」
「え?あぁ、そうそう、よく覚えてるねぇ。これは礼の贈り物じゃないやつだよ」
「よく用意出来たわね。今日も事前打ち合わせがあって、買いに行く時間なんて無かったでしょうに」
「……ふふ、どうにも私にはパトロンがもう一人ついてるみたい」

 其処まで言うと、カリファは色々と察したらしい。「あら……」と零した彼女の顔は穏やかで、私の頭の上で揺れる鈴蘭の髪留めを見ると「そのパトロンは随分と嫉妬深いようね」と零した。

「え、どうして?」

 鈴蘭の花言葉は、再び幸せが訪れるとか幸せの再来とか、あとは純粋といった兎角綺麗な言葉ばかりであった。だから、彼女の言う嫉妬深いがどうにも結びつかずに尋ねると、カリファは「鈴蘭は少量でも死に至るほどの毒を持った植物なの。それをわざわざ用意するだなんて嫉妬深いと思わない?」と言いながら、手首を回すようにしてワイングラスをスワールすると、ふわりと香り立つ白ワインを口に含んだ。


 その時、少し離れたところから「んぐっ」と、何か飲み物を吹きだすような声が聞こえた気がしたけれど、まぁきっと、気のせいだろう。