折角だから遊ぼうか

 かたや五十人。かたや八人。人数で言えば敵方が圧倒的だが、兵力としては言わずもがな。彼らが本気を出せば一瞬でかたがつくが、ようやく現れてくれた玩具だ。これを簡単に終わらせるのは、如何なものか。

 ゆえに、彼らは遊びがてらに縛りを入れる。例えば、六式は禁止だとか、悪魔の実の能力は使わないとか。あとは、そう。普段は使用しないものを使うとか。

「なんだよ、いいもんがねぇな。……じゃあおれは交換会と行くか」

 手始めにジャブラは、そのあたりに落ちていた角材を足の裏で引く。それから爪先で角材を上に弾いて手に取ると、彼はそれを如意棒のように扱い、頭上で回した末に構える。それを見た海賊たちは、たかだか角材一本で何が出来ると笑ったが、角材一本は彼らが持つカトラスよりも長い。よって彼らが腕を振り上げたタイミングでジャブラが狙ったのは銀光鋭い刃ではなく、カトラスの柄を握りしめた手だ。ジャブラはまずはじめにと手を弾き、さらには腰を捻ってもう一打。ついでに彼らの踵を弾いてやれば、文字通り足元を掬われて倒れていく。

 その際、手が滑ったのか上に放り投げられたカトラスを手にしたジャブラは「ありがとよ」なんて礼を述べたが、まさかそれが海賊にとって終わりの言葉になるとは、思いもしなかったはずだ。

「あら、私も外れのようね」

 次に、足元に転がったバケツを拾い上げたカリファが息を落とす。

 その言葉に「保険はだせぇぞ、カリファ!」とジャブラ。カリファはジャブラをじろりと睨んで「セクハラよ」と口にしたが、まぁバケツが使い物にならないというわけではない。彼女はカリファの大きく開いた胸元を見ながら「おお、この女の顔には傷をつけるなよ上物だ」「へへ…当たり前っすよ兄貴」「ああ、こいつを傷つけるなんてもったいねえ」と手を向ける海賊の手を外側へと弾き、目を開いて驚く海賊に向けて、中に残った少量の水をぶちまけた。

「ぶぇっ!」
「げええ、なんだこのくっせぇ水は!」
「く、くせえ!!」

 濡れ鼠の海賊たちが呻く。確かに、酷い匂いだ。まるで汚物を拭き上げたぞうきんを絞ったような。それを聞いて遠くから「おお、すまん!それはモップがけあとの汚水じゃ!」と返すのはカクだろう。カリファはそれに鼻で笑って「だそうよ」と言い、この瞬間、海賊たちは顔を真っ赤にしてわなわなと震えながら肩をあげた。

 ひときわ目立つ、麗しい見目をしたカリファ。だから顔には手を出さないでおこうと決めたが、こうも馬鹿にされては海賊の名折れだ。それに、冷静で入れるような器だって持ち合わせちゃいない。

 小さな器を体現するように汚い雫を落とす海賊は、手にしたダガーナイフをカリファに向ける。

 この際、女であることも、美人であることも構わない。ただ体が残れば、あとはよしなに出来る。海賊は頭に血が上ったまま、刃先を心臓へと向けて一突き、二突き、三突きと素早く突き、カリファもそれに対抗するように、木製のバケツに補強用として嵌められた金属部分だけで凌ぐ。しかし、彼女もまた当然凌ぐだけでは終わらない。カリファは最後に向けられた一突きを金属部にギイと滑らせるようにして受け流すと、それにより前のめりになる男の頭にバケツを被せて、それにより視界不良となった男の隆起した喉を掌底で押し上げた。

「お、ご……ッ?!」

 顎を仰け反らせて呻く海賊。それを見た周りの海賊も驚き、カリファに向けて手にした手斧を向けるが、動きはこちらが早い。カリファは真上に飛び上がって男の頭に被さったバケツの底に手を置くと、それを軸にポールダンスよろしく、長くしなやかな足を振るい、男たちの頭を弾く。

 最後は離せと置いた手の下で喚く海賊だが、彼には少しばかり待遇を良くしてやろうか。彼女は海賊の首に二本の足を絡めて肩車の体勢になると、よたよたと体勢を維持出来ずによろめく海賊をよそに、頭を足で抱えたままのカリファは後ろにふっと倒れ込んだ。

 その瞬間、下にかかる強い反動で浮き上がる海賊の体。海賊は体を弓なりに逸らしたが、頭にバケツを被っている以上は抵抗が出来るわけもない。その結果、海賊はあっさりと抵抗も出来ず、バケツを被った頭のまま甲板に叩きつけられる羽目になったわけだが、ピクリとも動かなくなってしまったあたり、打ちどころは悪かったのかもしれない。

「おお!カリファのフランケンシュタイナー初めてみた!」
「あら、そう?」

 大樽の上で、アネッタが足をぱたぱたと揺らして笑う。それを耳にカリファは「案外難しいのね」と言って立ち上がり、肩を払っていたが、どうみたって涼しい顔をしている。アネッタはそれに謙虚だとけらけらと笑いながら、手にした釣り竿の先に釣り針をつけると、呑気な様子で釣り針のついた糸を海賊に放り投げた。

 しかし、釣りとは難しいもので、何度なげても上手くかかりやしない。投げては戻し、投げては戻し。そんなことをしていれば、危機迫る海賊たちは一体あの女はなんなのだとお遊びに気付いたようだったが、良いタイミングで釣り針が引っかかってくれたものだ。

 男は服に刺さった釣り針を見て眉間に皺を寄せるが、「クマドリ釣れたよー!」とアネッタの声が弾んだ次の瞬間、男の視界が大きく揺れる。

 それが非力そうに見えたアネッタによって高く釣り上げられたと理解したのは、広大に広がる空を見た時のこと。

「あ、青空だ」

 そう思った瞬間、目の前に雲がかかるように茶色い何かが覆って、海賊は強い痛みと衝撃を受けて海へと飛ばされることになった。

「わあ~……すっごい飛んで行った、ナイススイング!クマドリッ!」
「よよォい!正義のォ名のもとォ~にィ~成敗いたしたぁ~恨むンなら自分を恨むんだァ~なァ~」

 クマドリは巨大なオールを前に涙を滲ませて、ぼちゃんと海賊が落ちた海へと白掌を向ける。
 いやはや、いまは必要ないと外されて放置されていた巨大オールがバッド代わりになるとは思わなかった。おそらくオール自身もこんな使い方をされるとは思っていなかったはずだ。ただ、その一方で一仕事終えたと隙の出来たクマドリを狙う者がいた。それは、敵船の中でも位の高い狙撃手で、男は隠れて銃を構える。ひとり遠くで銃を構えて狙うとは、小物感満載な姑息行為ではあるが、これしか方法がないのだから仕方がない。

 狙撃手はぶるぶると手を震わせながら引き金を引く。しかし、そんなことを考える暇があったらさっさと打ち抜けば良かったのかもしれない。目の前に線を引くように何かが横切った。そう思った次の瞬間、右肩に強い痛みが走り体が後ろへと倒れる。見れば右肩には矢が刺さっており、だくだくと溢れる血が、いまこの場で出来たことは夢ではないと報せていた。

「ン、脳天を狙ったつもりじゃが、風で押されてしもうたか」

 難しいのう。というのはカクの談。

 弓矢を放ったのは、シュラウドと呼ばれる帆を支えるために張った太いロープに足をかけるカクであった。彼はそのまま矢筒から数本の矢を抜き、高い位置からいまだ残っている海賊たちに向けて矢を放つ。当然海賊たちも上から降り注ぐ矢を避けるために見上げるが、太陽を背負う彼はあまりに眩しすぎた。

 逆光は軽い目潰しとなり、雨のように的確に降り注ぐ矢が、隠れている者を炙り出す。

 カクはそれを見て動く人影を目で追ったが、不意に雨雲でもやってきたかのように頭上から影が覆えばカクは空を見上げて、見張り台から此方に矢を向ける弓兵に笑った。

「おお、的当て対決でもするか?」

 直後、放たれた弓矢が頬を掠めて地に落ちて、折角登ってきていた身内の頭に刺さる。弓を持った男はその光景に「あっ」と一音落とし、露骨に動揺を見せるが、弓矢を持ったものがこれしきのことで動揺をして一体どうするのだと呆れが浮かぶ。カクは、じゃあ交代だと言うように矢を一本放つと、矢は男の被っていた帽子のツバを貫き、驚き後ろの見張り台上に体勢を崩したらしい音を聞きながらロープを駆け上がった。

「来るな!くるんじゃねぇ!」
「おっと、……なんじゃ、随分と姑息なことをするのう」

 見張り台に上ると、弓を構えた男が悲鳴を上げながら最後の矢を放つ。しかし、それは想定済みの事だ。誰だって追い詰められたら、最後の一撃を加えたくなるのだから。

 カクは予想は外れないものだなと渇いた笑いを落とすと、男の前に立ち股を開くようにしてしゃがみこむ。

「弓兵とは距離を詰められたら困るんじゃろ?まぁ、矢も十分凶器じゃから、こうやって使うことは出来るが」

 そう言って、後ろに背負った矢筒から一本の矢を抜いたカクは笑い、器用にバトンでも扱うように矢をくるくると回すと最後に向いた方向に振り下ろした。

「くそっ、くそくそくそォォ!!なんだよ、なんなんだよお前ら!!こんなの…ッこんなの聞いてねえよ…!!!」

 海賊は、恐怖と悔しさが入り交じったような声を上げる。だが、喚いたところでどちらかが倒れるか、慈悲を乞わなければこの場が収まらないことは、彼らもよく知っている。海賊は怒りか恐怖かも分からないまま、刃先がぶれてしまうほどに手を震わせて、強く、手が白くなるまでカトラスの柄を握る。そしていまだ闘いもせず、ぬぼーっと突っ立っているシルエットの大きな――フクロウを狙って声を荒げた。

「しねえええええええっ!!」

 海賊からすれば、あれだけ大きければ動きも鈍いとでも思ったのだろう。一人や二人が駄目ならば数人がかりはどうだ。カトラスを持った海賊たちは、浅はかな考えから四方向に別れて切りつけたが、不思議なことにことごとく躱される。それこそ、まるで紙のように。いや、文字通りあれだけシルエットが大きいと思っていた男が薄っぺらくなっている。

 何故だ。どうして常識がここまで通じないのだ。海賊は能力者かと目を見開いたが、煽るようにフクロウは体をひらひらとはためかせたままチャパチャパと笑う。それを見て、見張り台のへりに座ったカクが「フクロウ、六式は使わん約束じゃぞ」と野次を投げると、驚いたフクロウは「チャパッ?!おれとしたことが、うっかりしていたぞー」と言い早速体型を戻したフクロウに、海賊たちはもう一度とカトラスを振るうが、それが振るわれる事は無く、背後から酒瓶を持ったルッチが慈悲もなくそれを頭に打ち込んだ。

「あ、が……ッ?!」

 驚きながらも前に倒れ込む一人。ほかの海賊も驚き、つい動きを止めたが、彼らからすれば好機でしかない。ルッチは割れた酒瓶を振るい、僅かに残っていた酒を一人の目にかけて視野を奪う。それから目が痛いとカトラスを握りしめたまま目元を覆い、後退る男の首を割れて鋭利に尖った瓶先で裂き、ついでにその時に落ちて弾んだカトラスの柄を拾い上げて、隣に立つ男に向けて切り上げた。

 さて、これで三人か。

「なんだよ……ッ、なんなんだよお前ら……ッ!」

 残された一人が、痛みに呻く仲間たちを見て後ずさる。

 何故だ、何故こうなった。海賊は理解できぬ恐怖感に苛まれる。頭の中では今すぐ逃げろと警鐘が響いたが、目の前にいたフクロウはどこまでもマイペースであった。

「チャパパパー!おれたちは世界政府の最高権威者である五老星から依頼を受けた、世界政府諜報機関CP9だー。そしておれは噂が大好き、”音無しのフクロウ”今日は、竜の心臓を探しに来たチャパー」

 言わなければいいのに、彼はそりゃあもうあっさりとバラす。全く名乗り口上通りすぎるもので、すかさずアネッタが「あ、先生~、フクロウが全部喋ってま~す」と手を上げる。それに反応を寄越したのは、遠くで海賊たち数名を相手にしていたジャブラだ。

 ジャブラは「あァ?!」と機嫌悪く言いながら海賊たちを軽く伸して、どういうことだと怒鳴る。こういう時に一番に叱りつけるというか、激怒するのはジャブラだ。ルッチもそれを知っているからか、特に何かを言うわけでもなく息を落とすだけで、カクもいつものことだと此方を見下ろすだけで止めやしない。

 そうしてカトラスの逆刃を肩にあてた状態で近寄ったジャブラは、ついでに残って腰を抜かしていた海賊を邪魔だと蹴り飛ばすと、フクロウの口端にあるチャックをぐいぐいと引っ張りながら訴えた。

「おォいフクロウ!喋ったたァどういう事だ!!」
「チャパパ、全て言ってしまったぞー」
「てめェー!!」

 まぁしかし、彼のお喋り癖はいまに始まったことではない。相変わらずジャブラはキレ散らかしながらジッパーを閉めにかかって、そのたびにフクロウは機密情報をべらべらと零したが、零した情報が拾えぬのならやることはただ一つだ。

「……面倒だが、全員始末に変更だ」

 ルッチがそう言うと、皆の視線は頭上の船べりに立って怯えた顔を見せる船長に。彼からすれば、この甲板上は飢えた獣の集いに見えたに違いない。船長は冷や汗を垂らし次は自分の番だと息も絶え絶えな部下たちを目に狼狽え、後退ったが、そんな彼の体が押し返されるように獣たちが唸る甲板へと放り出されたのは、ブルーノの功績であった。

 一体いつの間に移動していたのだろう。彼は背後に開いた異空間を残したまま、手にした海図を掲げると「海図は既に入手した、あとは好きにやってくれ」と言ったが、「あ!ブルーノ、能力や六式は禁止なんだよ!」というアネッタからの指摘には顔を顰めて、お前も参加をしてこいと餌の方へと顎をくいと示した。

「フクロウが喋らなければ、命くらいはあったかもしれんのにのう」
「ひ…ッく、っく、来るな!!」
「あはは、フクロウに黙ってろって言う方が難しいよねぇ!」
「あ、が……ッ」
「チャパパ、おれは噂好きだからなー」
「おれには、っおれには嫁と子供が…ッ」
「なら、妻と子供に恥じない生き方をするべきだったわね」
「いやだ!!おれはまだ死にたくない!!」
「ギャハハハハハ!無様だなァオイ!」
「船長!助けてくれ!」
「ア・正義のォ名の下~~にィ~~」
「やめろおおおおお!!」
「……、……」

 獣たちによって食いものにされている海賊たちを視界の端に、ブルーノは手にした最新の海図と古い海図に目を通す。そこには、絵本に描かれた通りに古い海図には存在しなかった、ある日急に現れた島が、最新の海図の端に浮かび上がっていた。ブルーノはそれを見て、あれが微睡の谷かと瞳を細めたが、獣たちのお遊びは暫く続いてしまい、なかなか船を出すことが出来なかった。