潜入捜査の先で

 養護施設・グアンハオの森が、諜報員を育てるための養成所である事は、入所者からすれば周知の事実ではあるが、まさか十七歳にもなってハロウィン衣装に身を包んで練り歩く事になるとは思わなかった。

「フフ、今日は随分とめかし込んでおるのうメイドさん」
「……誰のせいよ、誰の」

 その日、風に靡く姿も美しいクラシカルドレスに身を包むアネッタは、揶揄いを含んだ言葉にカクを睨む。めかしこむも何も、このメイド服に決めたのはカクではないか。確かにメイド服は可愛いと言ったし、これも有りかもね~なんて言ったことはあったけど、これで練り歩く事になると知っていたら、もっと控えめなものを選んでいた。
 それに、仮装行列の先頭はよく目立つ。引率の保護者係にならなければ絶対に目立たない位置を確保していたのに、よりによって今日、貧乏くじを引くことになるなんて!

 せめて、カクが執事あたりの仮装をしてくれたら恥ずかしさも半減していたのに、彼は彼でチャイナ服と随分と派手な恰好をしている。そのせいで仮装感は増してしまうし、なのにカクは此方を見てニヤニヤと笑うし。くそう、この間コンビニでアイスを買った時に土曜日がどうこう言っていたのはこれの事だったのか。すれ違う人々の、物珍しそうな眼差しが恥ずかしくてたまらない。
 アネッタは先頭を歩きながら、後ろをちょこちょことついてくる小さなお化けや、魔女たちに白線から飛び出ないよう伝えると、ようやく見えてきた武家門の前に足を止めた。

「此処……だよね」
「おお。ぬかるなよ、アネッタ」
「勿論」

 重厚な木材で作られた武家門は、威厳を与えるほど堂々とした佇まいであった。門の上部には艶のある瓦が美しく並べられ、屋根は波のような緩やかな曲線を描いている。加えて門の両脇には、石造りの基礎がしっかりと支えており、その上には石灯籠が立っているが、石灯籠に彫られた白い鯨は家紋だろうか。武家門には特に札が無いため分かりづらいが、今日の目的地は此処で間違いはないはず。

 武家門の前には強面の男たちが、それらしい仮装で声を掛けてきた。

「おう、嬢ちゃんたちが施設の子かい?沢山きたなぁ!」

 仮装行列を見て、強面の一人が声を掛ける。その声は機嫌よく弾んでおり、アネッタは丁寧に頭を下げてみせたが、男は随分と優しかった。

「沢山押しかけてすみません」
「いいや、子供が多くて嬉しいぜ」

 その言葉は柔らかく、一人ずつ手渡される袋には、個包装の飴やおせんべいがいくつか入っている。

「よしっ持ち帰り用の袋は貰ったな?じゃあ中に入ってもらって構わないが、家の中には上がらないこと!それだけは注意してくれよ」

 思いのほか気さくな強面たちが、後ろのちびたちに向けて言う。それに続いてアネッタもいつものように「家の中には~?」「あがらな~い!」と仮想マイクを向けて復唱させるが、あまり外ではやらない方が良かったのかもしれない。はたと我に返った時には、あの強面おじさんたちが「可愛いなぁ」「あぁ、癒されるなぁ」とほっこりした顔で頬を緩ませていた。

「それじゃあ、アネッタ。そっちは頼むぞ」
「うん、カクもあとでお菓子交換しようね」
「いや、お前、………わかっとるよな?」
「流石に分かってますう」

 武家門を抜け、二手に分かれて、敷地内を歩く。敷地内は広大な上に、足元には白くて丸い砂利が敷き詰められており、一歩一歩踏みしめるたびにかすかな音を立てる。それが、まるで侵入者を知らせるために敷かれたもののように思えてならないが、これが違和感にならないよう敷地内にはそれらしい庭園が広がっている。……が、まさか敷地内に悠々と鯉が泳ぐ池まであるとは思わなかった。

「……家の庭に池があるって、本当にあるんだなぁ……」

 水面は穏やかで、風に揺られて優しく波打つそれは、見るからに大事に育てられている錦鯉だと分かる。たぶん、お高い品種なのではなかろうか。適当にそこらへんにいるドブ色の鯉たちとは比べ物にならないほど美しく、近くを歩くと鯉たちが寄ってきて、まるで訪問者を歓迎するかのようにパクパクと口を動かしていた。


 白ひげ一家とは極道の中でも傘下を多く持つ極道だ。ある意味、古きよき極道で、一般人には手を出さず見守る立場にいる彼らがハロウィン会を開いたのは随分と前のことらしいが、実際に参加するのは初めての経験だ。ハロウィン会というからてっきりお菓子を貰うだけかと思っていたのに、白ひげ一家の大人たちは随分と友好的だ。招き入れた広い庭には、ハロウィンなんだか、夏祭りなんだか分からない小さなスイーツ屋台がいくつか立っていたし、大人たちが積極的にお菓子を配っている。アネッタも一応は参加者と言うことでお菓子を貰いはしたが、参加者のほとんどは小学生ばかりだ。ともすれば、大人気なくお菓子を貰っている高校生というのはなんとなく恥ずかしいのではなかろうか。

 アネッタは邪魔にならないところに立って、子供たちを見ながらそっと辺りを見回して、小さく呟いた。

「……さーて、どうやって情報を集めようかな」

 今日この日、わざわざ恥ずかしい思いまでして此処にやってきたのは、スパンダムに任務を命じられたからであった。任務の内容は、ハロウィン会を利用して白ひげ一家の敷地含め内部の構造の情報を得ることだが、外で普通に楽しむだけでは到底こなせそうにはない。
 幸いなことに子供たちは大人たちの傍についてうまく注意を引いている。アネッタはそっと玄関へと近付くと、新しく出てきた男に声を掛けた。

「あ、あのっ」
「あぁ?」

 玄関から出てきたのは、額にバンダナのようなものを巻いたドレッドヘアーの男だった。なんだか思っていた極道と違うような。カイゼル髭とはまた異なる鋭いひげを蓄えた男は、怪訝そうにアネッタを見た。

「オイ、此処は入れねぇぞ」
「あ、その、分かってるんですけど」
「……けど、なんだよ」
「あの、……その」

 言いながら、スカートをぎゅっと握り締めて零す。
 アネッタは、しおらしい態度で小さく呟いた。

「お、お手洗いを、貸して頂きたくて……」
「手洗い?」

 男は言って、見下ろす。まさか嘘をついているんじゃとは思うが、まぁ相手は子供で、それに、何よりも女だ。これが男であればそこらへんですりゃいいだろと言って一蹴できたかもしれないが、どうにも女相手だと雑な対応は憚られる。男はドレッドヘアーの束を揺らして頭を掻くと小さく息を吐いて「お前、名前は」と尋ねた。

「え?」
「名前だよ、名前」
「あ、はい、えっと、アネ……アネッタです」
「アネッタな。おれはラクヨウ。ひとまず便所は中入って突き当たりにあるから行ってこい。何かあったらおれの名前を使ってくれてかまわねぇ」
「あ、ありがとうございま」
「――そのかわり、他の部屋には行くんじゃねぇぞ」
「は、は、はいっ!勿論です!」

 良かった。思ったよりも簡単に上がることが出来た。
 靴を脱いで、端の方で揃える。極道たちは殆ど外にいるのか、玄関に並んだ靴は殆どなく、しんと静まり返っていた。

「……」

 極道の拠点と言うから、てっきり血の跡があったり、いけないお薬のパッケージなんかが落ちているかもしれないと思ったのに、室内は綺麗に手入れをされていた。ワックスでも塗っているのか、深い色合いの廊下はぴかぴかと艶があり、長い廊下が続いている。加えて廊下側に面した部屋は全て障子が閉まっているため中を覗き見ることはできないが、綺麗に張られた和紙には穴が無い。子供の多い養護施設では考えられないような光景だ。
 子供がいない場だとこんなに綺麗に保てるものなのか。アネッタは美しい障子を眺めたあと廊下の突き当りを進み、トイレを確認。しかし、当初の目的にもある通り、奥が気になる。

 なんせ白ひげ一家の敷地は随分と広い。建物を見ても、奥はまだまだある筈で、ある程度把握はしておきたいが、さて、どうしたものか。

「……、……少しだけなら」

 一応、後ろを見る。ただ、先のとおり極道の殆どは外に出払っているようで現状監視の目はない。状況的にも、いまならば間違えたと話せば許される気がする。アネッタはそんな少しの欲から突き当りを右に進んだ瞬間、少し離れたところから袖を引くように声がかかって、アネッタは足を止めた。

「そこはトイレじゃないぜ、お嬢さん」

 ぎくりとして前を見ると、恰幅の良い男が立っていた。前の方で緩くウェーブがかった髪に、少しだけ外に跳ねた襟足。加えて黒縁の色眼鏡をかけた男はスーツ姿で、なんともインテリジェンスな風貌だ。しかし、その声の雰囲気はあきらかに警戒を示しており、アネッタは冷静に思案を巡らせたあと、さもいま気付いたような、そんな表情を浮かべてみたが、相手はそれを見抜いているのかもしれない。彼は双眼を細めて言葉を続けた。

「……こんにちは、アネッタちゃん」
「へ……?」
「あれ、わかんないか?……あぁ、この髪型だもんな」

 目の前の人が、自分の事を知っている。訳が分からず演技も忘れて間抜けな声が落ちる。対して男はその反応に乾いた笑いを落とすとサングラスを外して胸ポケットへと突っ込んでみせるが、そんなサングラスを外した程度で――「サッチさん?」びっくりした。なんとなく雰囲気が真逆で分からなかったが、彼のことはよく知っているじゃないか。アネッタはようやく思い出したように目の前まで駆け寄って、そして足を止めた。

「……あれ、サッチさんがどうして此処に」
「……そりゃあなんでって、分かるだろ?」
「あ……」
「……まさか、此処で会うことになるなんてな」

 複雑そうな色を見せるサッチ。その様子はパン屋で出会った時の気さくさは無く、どことなく他人行儀にも見える。それがどうにも違和感に思えて、アネッタは少しの勇気をもって「……あの、その、今度またパン屋さんに……ホワイトホエールに行ってもいいですか?」と尋ねると、サッチはえらく驚いたような顔で聞き返し、口元に手を寄せた。

「……君じゃなかったのか?」
「え?」

 驚き瞬く瞳。なんだか、驚きだけではないような。要領を得ないそのやりとりに、アネッタはただ不思議がることしか出来なかったが、サッチは少し考えるような顔を見せた後アネッタを見下ろして呟いた。

「…ホワイトホエールは、潰れたよ」
「え」
「通報が入ったんだ。ヤクザが運営している店舗だって。……だからてっきりおれは……」

きみがやったんじゃないかと。
そう言いたげな目が向けられて、アネッタは思わず声を遮って主張した。

「わ、私じゃないです!」

 心当たりがなさすぎる。だって彼がヤクザだとしったのは今だ。決して事前情報を入手していたわけではないし、入手していたとしても推しているパン屋を潰すようなメリットは無い。だが、それを証明するだけのものが手元に無く、もどかしくて仕方が無い。それでも、あのお店のことが好きだった客の一人なのに疑われるのだけは御免だ。
 アネッタはただ取り乱して顔を真っ赤にして自分ではないと主張をすると、サッチは少しばかり驚いたような顔をしたあと腕を掴み、そして真っ直ぐに視線を絡めた。

「……うん、悪い。悪かったよ。アネッタちゃんの反応で違うって分かった」
「ほ、本当……?」
「本当。……ごめんなぁ疑って。おれもそう余裕はなくてな」

 申し訳なさそうに頭を下げるサッチに、アネッタもようやく落ち着いたように息を吐く。思えば、自分もあんなに必死にならなくてよかったのではと思えたが、まぁ、あとの祭りだ。アネッタは必死さによって赤くなった顔を逸らす事で誤魔化すと、残る違和感を呟いた。

「通報で潰れちゃったんですもんね。というかそういうことって本当にあるんだ……」
「まぁ、これが初めてってわけじゃないんだけどな。それでもようやく軌道に乗ったところでこれはなぁ……中々クるものがあるよな」
「そう、ですよね」
「……ま、それはいいとして、……、そうだな、アネッタちゃん時間あったりする?」
「え?」
「ちょっとおいで」
「え、あ、い、いいんですか?」
「いやぁ、あんまりよくはねぇな」

 言葉とは反対に、掴まれた腕が離されてサッチが歩く。
 先に進んでも良いのだろうか。当然、躊躇する気持ちはあったが任務を考えればこの手を無駄にするわけにはいかない。彼女は見えぬ位置で小さく深呼吸をしてから歩数で距離を測り、頭の中に地図を描きながら後ろをついていくと、一室で足を止めたサッチが襖を開いて奥へと招いた。

「さ、どうぞ」
「此処……もしかしてサッチさんの部屋ですか?」

 そこは随分と片付いた部屋であった。
 畳の枚数的におよそ部屋は十六畳程度。部屋の隅には本棚がいくつも並んでおり、中身は栄養学だとか、レシピだとか、とにかく料理に関するものが多い。アネッタは辺りをきょろきょろと見渡しながら言うと、サッチは「ご名答、よくわかったな」といったが、彼はそのまま近い距離で尋ねた。

「……なぁ、そんなに気になるか?」
「え?」
「おれの部屋も含めて、この、建物の中身が」
「え、と」

 あ、この人は、何かを勘づいている。なんとなく感じる、第六感的な何か。であればこの場で馬鹿な子供を演じて当たり前じゃないですか!と声を弾ませるか、それとも、あえて意味深な様子を見せるか。言葉を濁らせながら思案を巡らせていると、サッチはじいと見つめた後、耳元で囁くように言った。

「………えっち」
「な、え?!」

 思いがけない言葉だった。露骨に狼狽えると、サッチは肩を揺らして笑う。たぶん、面白がっているのだと思う。アネッタは顔の中心に熱を集めてハクハクと口を開閉させたあと、口を尖らせて拗ねた素振りを見せる。

「そ、それを言うなサッチさんもえっちじゃないですか」
「え?」
「だって、可愛い女子高生メイドを部屋に連れ込んでるんですもん」

 その言葉に、瞬く瞳。
 しかし、サッチは瞬いた瞳を細めて小さく笑うと独り言ちるように呟いて、腰を抱き寄せた。

「……はは、こりゃ参ったな。じゃあ、そうだよっていったらどうする?」

 その低い囁きといったら。アネッタは一瞬またぎくりとした表情で身を強張らせるが、何も怯えさせたいわけではない。彼はその反応を目に焼き付けた後、いまの行動が冗談であるを示すように、あるものを取り出すと、それを彼女の手の上に差し出した。

「な~んて、おれっちはコレをやりたかっただけ」
「え、あ、これ……」
「ホワイトホエールのマスコットキャラクター、ホ・エールくんのキーホルダー。結構可愛いだろ?本当は記念品で出そうと思ってたんだけど、つぶれちまったからなぁ」
「え、で、でもつまり非売品ですよね。そんな貴重なものいいんですか?」
「まぁ、おれの謝罪もかねてるから貰ってくれた方がおれっちとしては嬉しいよ」
「……、……」
「あ、やっぱこんなんじゃ許してくれねえ?」
「…あ、いえ、そんなことないです!……、……えへ、ありがとうございます」

 白いホ・エールくんが揺れて、チリンチリンと可愛らしい鈴の音が響く。
 そうか、縁ってこうやってつながるものなのか。アネッタは、今までに経験したことのない感覚に瞳を和らげて、笑みを落とす。サッチもそれを見て笑い、頭でも撫でてやろうかと手を伸ばしたが、遠くから聞こえるラクヨウな声がそれを遮って、サッチは手を止めた。

「おおい、サッチ!トイレにいった子供知らねえか!」
「悪い、ちょっと知り合いでおれが捕まえてたわ!」
「なんだよ、お前の仕業か!あんまり中を歩かせるなよ!」
「分かってる!」

 少し大きめに話す声。アネッタはそれに我に返ったように慌て「そうだ、私トイレにいきたかったんだ」と言うとサッチに向かって丁寧に頭を下げて出ていくが、もう少し捕まえてやればよかっただろうか。
 彼はゆっくりを息を吐き出すと、双眼を細めて小さく呟いた。

「グアンハオの森が怪しい組織だっていうのは知ってるが……まさかアネッタちゃんがその一人とはなぁ……」

 疑いを滲ませた言葉。しかしその言葉はついぞ誰にも拾われることなく、チリンチリンと弾む微かな鈴の音が、少しずつ遠ざかって聞こえなくなった。