バレンタインを君に!

今日はバレンタイン。
××は気になるあの人に渡したそうで

■阿久津①
バレンタイン当日に呼び出されて、白い紙袋を渡される。それを覗きもせずに「姉ちゃんに渡せばいいのか、××ちゃん」と尋ねるのは、毎年の恒例行事であるからだった。姉の親友、××。社会人になって中々時間を取って会えないからとバレンタインチョコの配達役を任されたのは、暇人扱いされたからなのだが……俺相手にパシる女は姉貴と彼女くらいだろう。俺は俺で断れば良いのに、惚れた弱みという奴は面倒なもので、好きな相手に少しでも会えるのならばと断る事が出来ない。……多分、もしかしたら今年こそは貰えるんじゃねえかとか、そんな期待もあったのだと思う。尋ねると、彼女は頭を揺らして尋ね返した。「それ、大夢の奴よ」「は?」「アンタのねーちゃんにはもう渡したしね」「じゃあなんで」その言葉に、「なんでって」と笑う××ちゃん。今日は大夢に渡したくて呼び出したんだけど?飄々とした口調が語る、衝撃的な事実に言葉を失った俺はズルズルとその場にヤンキー座りで座り込んで自分の口元を押さえながら「まじかよ……」と零すと、××は涼やかな顔で「童貞かよ」と笑った。

■海藤
「お、なんだよ悪いなぁ。けどよ、いいのか。××ちゃんから貰いたい~って男はごまんといるだろうに、俺に渡しちまってよ」
八神探偵事務所を訪ねて、出迎えてくれた海藤さんにラッピングした包みを渡す。中には前日に頑張って作った手作りのマフィンが入っており、包みを開いた彼は申し訳そうな口ぶりで言いながら、ぐあっと大口を開いてマフィンを頬張る。なんだかその様子がちぐはぐで「初めの遠慮するような口ぶりは一体……?」と尋ねると、海藤は暫く咀嚼を繰り返して飲み込んだ後、カスがついたまま白い歯を見せて笑った。「そりゃあ色々と思う事はあるけどよ、だからってコレを返すつもりはねえよ」

■東
「………バレン、タイン」
突然シャルルにやってきたと思ったら、手渡された小包。バレンタインチョコだと言われたそれは随分と可愛らしいラッピングで、なんとなくで裏を返すと折り目部分を隠すためのシールがハートになっている。……これは、間違いなくバレンタインチョコレートだ。しかも、好きな奴からの。「だから、そうだってば。もしかして嫌だった?結構頑張って作ったんだけど」「作……?買ったんじゃなくてか?」「作ったよ、東へは自分で作りたかったから」あ、でもみんなには内緒だよ。みんなには適当にコンビニで買ったやつだから。そういって笑う彼女が、なんだか普段より眩しく見える。でも、そんなことよりもなんだか急に心臓が苦しくなって、押し出すように礼を述べると××はまた眩しく笑った。

■鉄爪
「…………俺に?あの人じゃなくて、俺に?」
何度も確認されてしまい、もしかして迷惑だったかと心臓が震える。彼に渡したのは義理でも無く、本命のつもりであった。なのに、鉄爪はそれを手にしたまま困惑一色の顔で、たまらず「ご、ごめんね、もしかして迷惑だった?」と口に出したのは、嫌われたくないとか、気持ち悪いと思われたかもしれないとか、そういう負の感情が溢れたのだと思う。けれど伸ばした手から逃れる鉄爪は、手にした其れを上にあげる。それから「なんでそうなるんだよ、……あー…いや、悪い、俺こういうの貰った事なくってよ」と言葉を濁らせて言うと、彼の瞳が真っ直ぐと見つめて目尻に皺を作りながら笑った。「ありがとな。……すげぇ大事に食べるわ」

■羽村
「バレンタイン……へぇ、そうかい、まさかこの年になって貰うとは思いもしなかったな」
意外にも穏やかな声色で感想を述べる羽村に、「甘いもの大丈夫でしたか」と尋ねると、羽村は口角を僅かに吊って乾いた笑いを落とす。「甘いモンなんて好きじゃねえよ」その手は手渡した箱に。包みを開いて箱を開く。その先に並ぶチョコレートは店に並んでいるような出来栄えで、一つ手に取った羽村は迷いなく口へと運び、「甘えな」と独り言ちるように呟いた。

■渡辺
「バレンタインねぇ……そういや社会人になってから面と向かって渡される事なんて、とんと無くなったな」
バレンタインと丸わかりのラッピングバックを受け取る渡辺は、義理だと思っているらしい。それを話題として話を続ける彼は、次の事件を追う前に自動販売機へと小銭を入れる。「ありがとな」バレンタインなんて事務のおばさんからしか貰わないから、なんか新鮮だわ。笑い混じりに話す様子に、あ、やっぱり勘違いしているなと××。少しの間を置くこともなく「勘違いしてそうなので言っておきますけど、それを渡したのはナベさんだけですよ」と訂正すると、ほんの一瞬ときが止まる。いや、一瞬でもなかったかもしれない。小銭を入れたはずの自販機からは小銭たちが返ってきて、此方を見ずにしゃがみこんだ渡辺は、「……急にぶっこむなって」そう言って受け取り口から回収した小銭たちをもう一度投入すると、幾ばくか赤くなった顔を向けて「ほらよ、お礼になんか奢ってやる」とぶっきらぼうに呟いた。

■相馬
「へぇ、上手いもんだな」
ひとり椅子に腰かけたまま、砂糖でコーティングしてパリッと硬くなったオランジェット取って陽にかざす。陽射しを受けたそれはきらきらと光って、一つ口にした彼は特に味の感想を口に出す事はなかったが、二口目に入った事が答えであろう。珈琲を啜り、もう一度口へと運ぶ。口の中でふんわりと香る飾りつけのナッツはピスタチオだろうか。舌鼓を打つ相馬は「これ、阿久津にも食わせたのか」と尋ねる。××が「試食をお願いしたときに、一枚だけ」と答えると、相馬は「勿体ねえ」と小馬鹿にするよう嘲笑し、この穏やかな時間を楽しむよう、もう一口珈琲を啜った。

■桑名
「それで?これは義理と本命、どっちなんだ?」
わざわざ遠回しに探るような真似はしない。これが本命である事を理解した上で尋ねる桑名は喜色を滲ませている。震える手に、熱を集めて真っ赤になった顔。震えているくせに手は汗ばんでおり、彼女の手を王子宜しく掬い、親指の腹で揃えた指を撫でると彼女の瞳が大きく揺らいで言葉を詰まらせる。「あ、の、それは」「それは?」「……っわ、かって、言ってます、よね?」「はは、だってこういう機会が無いと君は言ってくれないだろう」最後くらい、良い思い出を残したい。だから彼女が此処で望む言葉を言ったところで同じ答えを返す事は出来ないが、それでもいま内に孕む欲望を堪えることは出来ない。「教えてくれないか、君の気持ちを」そう尋ねると、続く言葉に桑名は笑み彼女の手を握り返した。

■星野
「これっ……本当に貰っていいんですか…?!」
だって、どうみてもそこらへんで買った奴じゃないですよね?!手作りですよね、これ!なにやら興奮冷めやらぬ様子で若干デリカシーの無い事を言う星野は、震える両手で箱を持つ。箱を見て、××を見て、もう一度箱を見て。それからカレンダーを見て今日が間違いなくバレンタインデーであることを確認した彼は、名前通りに星の煌めきのような笑みを見せる。「嬉しいです、××さんから貰えるなんて」本当に、すごく、すごく嬉しいです。どうやったって語彙力が無くなってしまう。それぐらい青天の霹靂で、衝撃で、嬉しい事だった。星野はその喜びを噛みしめたあと、もう一度笑みを向けると「ホワイトデー、楽しみにしていてくださいね。絶対に僕も驚かせますから」そう言って、悪戯に笑って楽しみだなぁとカレンダーを眺めた。

■城崎
「これ、本当に××さんが作ったんですか?」
さおりさんが甘党だと聞いて腕によりをかけて作った、スイーツセット。いつもの薄い表情のまま尋ねる声色は少し驚いているようで「そうですよ、実はお菓子作りが得意なんです」と得意げに胸を叩くと、さおりさんは折角用意したスイーツセットの蓋を閉じて「……大事に食べるので、また作ってきてもらえませんか」と尋ねた。

■阿久津②
バレンタインに用意した手作りのお菓子。何度も何度も試作を重ねて作ったブラウニーは、ひび割れも無く綺麗に出来たと思う。しかし、これを渡す相手は半グレ集団RKのツートップである阿久津大夢だ。いくら試作を重ねたものとはいえ、果たして受け取ってくれるかどうか。そうやって万が一断られた時のことを何度も何度もシュミレーションしていたのに、恰幅の良い大男は「食わせろよ」と言う。想定外の言葉に呆けていると、阿久津は腰を抱いて片膝の上へと招いた。「え、あ、えっと」驚き、動揺に揺れる声。それをクツクツと喉で笑う阿久津は「本命なんだろ?なら、少しはサービスしろよ」そう言って、強請るように口を開いた。

■黒岩
「ねぇ、一応聞くけどバレンタインに何か欲しかったりする?」
グラスの中で氷がカランと音を立てる。テンダーで隣り合ったのは単なる偶然であったが、運よく会った者に渡そうかと適当にお菓子を詰め合わせて作ったギフトの存在をを思い出して訊ねると、黒岩は此方を一瞥することもなく「いらねぇ」と返した。その愛想の無さと言ったら!「うーん、想像通りの回答」沈黙。分かっていた事ではあるが、黒岩との会話は弾まない。試しに「黒岩さ、チョコ何個貰った?」と聞いても「なんでお前に言う必要があるんだ?」と言うし、そもそもこの男は会話をしようとすら思っていないのかもしれない。××は大人しくグラスにある残りを飲み干すと、グラスを置いたタイミングで黒岩が店主に向けて言った。
「マスター、同じものをもう一杯。代金はこいつで」
「へ?ちょっと、なによ勝手に」
「いいや?ただ、バレンタインに何かをくれると言ったからな」
そう言って、ようやく此方を向いた瞳が笑う。なんて男だ。そもそも何かと言うのは詰め合わせのギフトセットの事で、驕りの一杯ではない。当然ここで取り消しだと言う事も出来たし、何より一つでも言い返してやりたかった。けれど、なんだかそのあとが怖いような気がして、誤魔化すように「マスター、私もバレンタインにぴったりのお酒を頂戴!」と声を掛けて座り直すと、隣でフッと息を漏らすような笑いが聞こえたような気がした。

■九十九&杉浦
「フヒヒッ……まさか××さんからバレンタインチョコを頂けるとは。嬉しいですなぁ、杉浦氏」
「そうだね、九十九くん。僕たちのお客さんってバレンタインに縁が無さそうな男の人ばっかりだから……やっぱり××さんがいると華になるというか」
あ、座ってて。お茶とか用意するから。そう言って機嫌よく笑む杉浦と、ソファに座らせたあとには冷えてはいけないとブランケットを持ってきた九十九。商談スペースとして使用している机に置かれた白い箱を見た九十九は、ロゴの入っていない真っ白な箱を見て「もしや、手作りですかな?」と訊ねるが、そのそわつきようったら。手作りであると分かった彼は杉浦に「ややっ、杉浦氏!これは手作りだそうですぞ!」と伝えると「わあ、楽しみだね!食べる前に写真でも撮って、海藤さんたちに自慢でもする?」と笑い、××はプレッシャーにウウと呻くことしかできなかった。

■綾部
「バレンタインチョコ……を、俺に?……はは、バレンタインチョコレートなんて初めて、あぁ、いやいや、子どものころ以来だな」
差し出した箱を前に、目を瞬かせる綾部。彼の話が本当ならば、これが初めてと言う事になるが反応を見るに彼は受け取ってくれるらしい。そのあとに続く「お前も可愛いところがあるじゃねぇか」だの「お前が俺にねぇ、何か企んでるんじゃねぇのか」という言葉は色々と余計だが、そこに続く彼の笑みを見ると可愛いイキリでしかない。「まぁ既製品でも嬉しいもんだな」「へ?」「なんだよ、どっかで買った奴だろ?なぁ、これ高い奴か?」機嫌よく尋ねる綾部。しかしそれは世界中どこを探したって見つからない手作りの品だ。「……いや、それ手作りよ。結構気合入れた奴」呆れ気味に伝えると、綾部は露骨に硬直したあと今更渡された意図を理解したように顔の中心に熱を集めた。「お、おう…そりゃあ、……どうも」普段よりもぎこちなく溢す様子に、本当に初めてだったんだ……と思った事は、内緒にしておこうと思う。