嵐の夜に君を攫って

 その日は、前が白くなるほど酷い嵐の夜で、自宅には帰れないだろうとサバイバーの二階に泊まらせて貰う事になった。お洒落な一階とは違って寝るために用意されたような部屋は、畳特有のイ草の香りが強い。「悪いな、最低限のものしかないが我慢してくれ」マスターはどこか申し訳なさそうに言った。

「いえ、泊めて下さって良かったです。……あの嵐じゃ帰るにも帰れませんから」
「……まぁ、突然降ってきたにしちゃ酷いもんだな」

 ガタガタと、忙しなく揺れる窓の外が白い。遠くで聞こえる軽い衝突音は、風で何かが飛ばされたのだろう。嵐が過ぎれば先ずはゴミ拾いからだと息を落とすマスターは、留め具を外してカーテンを引く。それから襖を開いて綺麗に畳まれた布団まで下ろしてくれたが、その間も嵐は続いている。
 その時、カーテンを貫通するほどの白い光が室内を照らして、それに続いて外をバリバリと切り裂くようなけたたましい雷鳴が轟いた。同時に全身が強く震えあがってしまい、前に立つマスターの胸にしがみついたのは、もはや無意識だったように思う。突然の行動にマスターも驚いていたが、轟音が収まると肩を軽く叩いて静かに言った。

「……帰さなくて正解だったな」
「……ふ、ふ、……マスター、その言い方はちょ、っと別の意味に聞こえますよ」
「…………さぁ、どうだろうな」

 耳元で聞こえる息を漏らすような笑いがこそばゆい。彼の胸板に身を預けたまま、ひとり深呼吸を繰り返して揺らいだ心を整える。それから顔を上げると、今までにない程の距離感でのマスターと目が合って、落ち着きを取り戻した筈の心がもう一度揺らぎだす。それを煽るようにもう一度白光りと雷鳴が響き、咄嗟に服を掴むと腰に回った腕が身体を引いて胸へと隠した。

「××、嵐が過ぎるまで隣にいてもいいか」
「……ご迷惑でなければ」

 腰に添えられた手は大きくて、温かい。僅かに香る重たいムスクが服に染みついて、耳元で聞こえる笑いが妙に頭に響く。手慣れた彼も、こうやって誰か特定の相手に寄り添うのだろうか。……そんなことを考えていると彼が支えている腰のあたりがぞくっとして、それを誤魔化すようにマスターの胸板に頭を預けた。