拝啓、いつかの君へ

 摩訶不思議な事が起こるのは、この世界の定め。人には無い能力を付与する悪魔の実が存在する限り、ありえない事はないのだ。そうして今日も、この世界の片隅で不思議な事が起きた。気付けば、見慣れない部屋にいたのだ。

 この部屋は暖かく、明るい雰囲気があった。温かみのある木製の家具は綺麗に配置され、壁には可愛らしいペンキ色の絵が描かれている。近くにある窓からは青空が見えて、家具こそ年季が入っているようにも見えるが、そのぶん大事に扱われているのだろう。傷やすり減った部分はあれど塵は一つも積もっていなかった。

 この部屋を一言で評するならば、安らぎを与える温かい空間だった。だが、いかんせん前後の記憶がない。だから、なにかこの空間に不思議な謎が隠されているように思えて、私は思わず息を飲んだ。

「カク…?」

 代わりに落とした言葉は酷く情けないものだったと思う。
 それも、CPとあろう者が情けない事を言うなと怒られるほどに。

 私は辺りを見回して、ドアへと手を伸ばす。此処がなんにせよ、まずは外に出なければいけないと思ったからだ。ひとまずここが何処かは分からないが、大事に扱われてきた家具たちを見るに、家主は粗暴者ではない筈だ。

 大丈夫。落ち着け。落ち着け、私。

 一人自問自答を繰り返すように言葉を落とした後、意を決してドアノブを握り右へと捻る。すると此処で予期せぬことが起きた。突然、扉がこちら側に開いたのだ。それによりガァンと顔面で扉を受け止めることになり、一瞬頭が大きく揺れる。「んあ”っ」と零れ落ちた音は随分と間抜けな音だったかもしれないが、CP9でも痛いものは痛いし、予期せぬことには対応できないのだ。

「うん?ああ、すまん起きたのか」

 誰かが言った。発言の内容的にも十中八九、ここの家主だと思う。

 心優しい家主か、それともとんでもない悪い家主か。どちらか分からないけれど、かけられた言葉が妙に聞き馴染みのある訛り言葉だったものだから、痛みも忘れて顔を上げると、私は言葉を失った。視線の先にはカクによく似た白髪のお爺さんが立っていたのだ。

 いや、似ているなんてものじゃない。竜宮城で貰った玉手箱を開けてお爺さんになってしまったとか、まるで同じ人物であるというレベルだ。それくらい目の前のお爺さんは、長四角い鼻やまん丸の目といった、幼なじみを思い起こさせる要素がたくさん残っていたのだ。

 そんな瓜二つのお爺さんが、木板と道具箱を小脇に抱えて、穏やかな足取りで此方へと近付く。彼の肩は、過ごした歳月の感触が刻まれていたが、歩く姿勢はまだまだ堅い。そんな幼馴染と瓜二つのお爺さんを見て、思わず動揺から後退ってしまったが、お爺さんはそれを見ても遠慮する姿勢は見せなかった。
 距離を縮めたお爺さんは「どうした、具合が悪いか」と穏やかな声色で尋ねてくる。

「…いえ……」
「?」
「あ、あの」
「どうした」
「……もしかして、カクのお爺さんですか?」

 もしかしたら、私の問いかけは突飛めいたものだったかもしれない。

 それに、問いかけに問いかけを返すのなんてご法度だってわかってる。でもこの目の前のお爺さんはそれぐらい幼馴染に似ていた。カクは身の上話なんてしたがらないけれど、もしかしたらカクも会ったことのないようなお爺さんかもしれない。カクに伝えたら喜ぶかもしれない。なんて、そう思ったのだ。

 しかし、私の予想が外れてしまったようで、質問を受けたお爺さんは不思議そうな顔をしていた。彼は目を瞬かせながら私を見つめていたが、ふっと息を吐き出して笑い、そのあとは、「そうか、そう来たか」と呟きながら、肩をゆらゆらと揺らして暫く笑い続けていた。

「そうじゃのう、まぁ、そうかもしれんのう。」
「あ、曖昧……」
「まぁ間違ってはおらんとだけ。それよりも痛いところはないか」
「え?」
「お前さん急にわしの家に落ちてきたんじゃが、…記憶にないか?」

 ほれ、とお爺さんが天井を指す。お爺さんの言うとおり、天井はぽっかりと穴が開いたような跡があり、青空が見える。あ、いい天気。なんて思ったが、つまりはあの穴を開けたのも、青空が見えるようリノベーションしたのも私なわけで。それを認識した途端、サアっと血の気が引いて私は膝から崩れ落ちるようにして、クマドリから教わった最上級の謝罪一歩手前の土下座を見せる。ちなみに最上級の謝罪は切腹らしい。本当かは知らないけれど。

「も、も、、…申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!!!」

 そうして、これから穴の修理をするのだというお爺さんのお手伝いをすることにした私は、屋根に上って大きく開いた屋根に木板を乗せて押さえる。
 お爺さんは日曜大工が得意なようで、手慣れた様子で釘を打つ。トンテンカン、トンテンカン。心地よいその音にガレーラカンパニーで働いた事を思い出しながらも、お爺さんが唇で食んだ釘が無くなるタイミングで次の釘を渡すと、お爺さんはにこりと機嫌よく笑って「気が利くのう」と言った。その笑みがまたカクによく似ているのなんの。だからなのか、私は変にどぎまぎしてしまって、視線をすいと外すと、今度はお爺さんが私の顔を覗き込む。

「~~~っや、…っへ、ぇ?!」

 驚きから此処が三角屋根の上であることを忘れて大きくのけ反った私は、その体がそのまま下にと吸い込まれるように傾く。あ、やばい、落ちる。急いで屋根についた足に力を込めて体を持ち上げようとすると、釘を打っていたお爺さんが足元に釘と金槌を落して私の手を掴んだ。 「大丈夫か」 お爺さんの親切な声に気がついた私は、別の意味で恥ずかしくなって 「ごめんなさい…。」というと お爺さんはにっこりと笑ってゆっくりと体を引き上げてくれた。

 ともすればその体はお爺さんの胸元に。すっぽりと収まる感覚はお爺さんがカクに似ているせいか、それとも単に背格好が似ているせいなのか、どうにもカクに似ていて、やっぱりどぎまぎする感覚を切り離せない私は「す、すみません」と動揺も隠せずに体を離した。

「いいや別に構わんが…、此方こそすまんのう、驚かすつもりはなかったんじゃが」
「あぁ、いえ、私が勝手に驚いただけで……」
「……わしの顔を見たと思えば顔を反らして驚くとは、何か考え事か?」
「あ、いや、あの………」
「……なんじゃ?」

 思わず言い淀む。まさかあなたのお孫さんを思い出して、そうしたら急に恥ずかしくなってしまったんです。なんて言える筈がないじゃないか。なのにこのお爺さんときたら、よりにもよってカクと瓜二つの顔で私の顔を覗き込む。そうやって、此方が言いたくないことを引き出そうとするところまでそっくりだとそう思った。
 それから、私は少し躊躇ったが、これ以上黙っていても、彼は私が話し出すまで待つのではないかと思い、小声で話し始めた。

「えっと、当たり前だけど…その、カクと似てるなぁって」

その言葉にお爺さんは少しばかり困ったような、そんな表情を浮かべる。

「……爺さんの姿にがっかりしたか?」
「ううん、そうじゃなくて、その………カ、……カクもお爺さんになったら、お爺さんみたいに……か…っ…恰好いいお爺さんになるのかなぁって」

 お爺さんは大笑いした。

「ははは!爺さんの姿にときめいたのか!」

そういってからからと機嫌よく笑うお爺さんに、私はカッと顔が熱くなるのを感じながら「んんん…!ち、ちがくはないけど…!」と返したけれど、お爺さんはやけにご機嫌で、「そうかそうか、そりゃあよかった」そう言いながら釘を木板に宛がうと、トンテンカンと釘を打つ。

 その時、わたしはやっぱりカクを思い出した。カクも私の言葉を受けてよくカラカラと笑っていて、ごにょごにょを言い訳を重ねる私に向けてそうかそうか、とか聞いているような、聞いていないような事を言いながら何か手を動かしていたっけ。

「お爺さん…やっぱりカクに似てる」
「恰好いいところがか?」
「ちがくて!」
「わはは」
「そうやって意地悪して笑うとことか、……あ、でもカクはお爺さんほど真っ白じゃないかなぁ。触ってもいいですか」
「あぁ、どうぞ」

 お爺さんの頭は、時間の流れが刻まれたような、真っ白な髪が輝いていた。昔は鮮やかだったであろう色を残すこともなく、白銀となったそれは年月が過ぎ去った証とも言えるのかもしれない。触れた髪は驚くほど繊細で、それでいて触れるとじんわりと暖かなそれは柔らかく、やさしさを感じさせるものだった。

「………お爺さんも昔は小麦色だった?」

 私は問いかける。お爺さんは少しばかり不思議そうにしていたが、懐かしむように眼元を和らげると、私のサイドに下ろした髪を指先で掬って、長い指に絡めて「うん?あぁ、そうじゃのう……お前さんと同じような色じゃったかな」と呟いた。

「へー……じゃあきっと昔はもっともっと瓜二つだったんだろうなぁ……」
「……アネッタ」
「なんですか?」
「お前さんはいまいくつになった」
「え?あぁ、いまは二十三です。カクと一緒」

 そうして年齢を聞いたお爺さんは目元を和らげる。それからの言葉は現状の環境や心境を問いかけるようなものばかりで、何故孫の事は聞かないのかと思ったが、私を気に掛けるような言葉がどうにも心地よかったからその問いかけを止める事も出来ずに会話は続き、暫くの会話を経て、お爺さんが「今は幸せか」と短く尋ねた。

 その問いかけは今までに投げかけられた質問とは少し違ったように思えた。
 私は少し躊躇ったが、お爺さんが聞きたいように感じたので、率直に答える。

「ん~~うん、今は幸せだと思います。カクとそれからみんなと過ごす時間があって、仕事も大変だけど楽しいこともあるし」

その言葉に、お爺さんはにこりと笑顔を浮かべた。

「それは良かった。」

 言って、お爺さんはしわくちゃな手で私の頬を包み込む。なぜこのようなことをしてきたのかは分からなかったけれど、お爺さんの目はとても暖かな目をしていた。それから、もちゃもちゃとパン生地でも捏ねるように動き出した手を止めることは出来ずに「やめてくださいよぉ」と言ったつもりだったのだが、実際に出てきた言葉は「やめへふらはいよぉ」という間抜けな音で、お爺さんはまた目元を和らげると「わはは、ぶっさいくな顔じゃのう!」と笑った。


「あら、どうしたの?……って、何この穴?!」

 暫くして、気付けばいなくなっていたいつかの彼女の痕跡を辿るよう屋根を見ていると、帰宅したらしい人物が、天井を見て驚きを隠せない表情を浮かべた。

「おお…おかえり。なあに、ちと珍しい来客があってのう」
「天井から?」
「天井から」
「ええ……だって穴…おっき……」

 確かにすでに穴を塞いでいるとはいえど、修復跡は明らかに犬猫の大きさではない。だからこそ信じられない気持ちも、折角の家に穴が開いて残念に思う気持ちも理解できる。ただ、二度目の来訪はないだろういつかの彼女が残した痕跡を、このまま綺麗に失くしてしまうのも勿体ないような気がして、全く面倒なものを残していってしまったと息を落とすと、相変わらず呆然としているその人の手を取った。

「それよりも」
「うん?なあに?」
「……」
「……?」
「……ん、いや、長命族とはいえ、多少老けたと思ってのう」
「お?喧嘩します?いいわよ、久しぶりに受けてたとうじゃないの」
「わはは、こんな爺さん相手に怖いのう!」
「手合わせ無敗の男がよく言うわよ……」

 老いた手のひらはいつかの彼女を撫でる。頬を撫で、目元を撫でると、昔から変わらない金色の瞳がとろりと蕩けて、幸色を滲ませる。

「ふふ、……今日は何をしようね、カク」

 鈴を転がすような穏やかな言葉が笑う。彼女は今日という一日を、誰よりも楽しむつもりだ。わしもつられるように笑って「まずは天井修理のために買い出しじゃな。手伝ってくれるか、アネッタ」と言うと、いつかの彼女は嫌な顔一つ見せずに笑って「勿論、今日も素敵な日になりそうだね」とわしの手を優しく握り返した。