この子は可愛い赤ん坊

山井
「赤ん坊なんてどうしろっつうんだ……」
なんやかんやで一日限りだからと預けられた赤ん坊。まだ自分で一人歩きもしないその赤ん坊はデチデチと床を歩き回るが、普段子供なんか寄り付きもしない室内は、物が多い。それを適当に回収してもらい、なんにもない空間を作り、サークルまで設置をしてもらう。その中でキャイキャイと楽しげに遊んでいた赤ん坊はサークルの中でゴロンと寝転がった山井へと近寄って、ジイと見つめた。「あ、う、うっ!」「なんだ……俺が怖くねぇってのか」「うー、あっ!」「はは……汚えツラだな」スタイに手を向けて、それで垂れる涎を拭う。
あとはもう全てお任せ、時任せ。赤ん坊が近くで遊びだしても、危ないことをしない限りは放置をして、赤ん坊が玩具を持ってやってくれば「犬じゃあるまいし」と遊んでやって、赤ん坊が眠たげに欠伸をして寝転ぶと、その細い髪の毛を撫でてやる。それも全て山井の気分任せな行動だが、窓から差し込む陽の光は、なんだかいつもよりも温かく感じた。

難波
「赤ん坊の世話なんて出来ないと思っただろ。残念だったな、何度か病院内で助っ人として小児科に呼ばれたことがあんだよ」
薄汚れた上着脱いで、首に巻いたタオルを外す。代わりに綺麗なバスタオルを垂らすようにして肩にかけ、それからようやく赤ん坊を受け取るものの……確かになれた手つきだ。「おー、よちよち。よく肥った子だ、こりゃあいい健康状態だ」そうやって軽く揺れながら背中を叩く様子に、赤ん坊はジイと見上げて、にこにこと笑う。――温かくて、甘ったるい良い匂いと、この世界のことなんてなーんも知らなさそうな無垢な顔。それを自分が抱いても良いのか。俺が抱っこをすることで何かよからぬ事になってしまわないかと一瞬罪悪感に似たものを感じるが、目の前の赤ん坊はすっかり懐いている。
「あう、うーっあ!」元気に両手両足を動かす赤ん坊。難波はふっと表情を和らげると「元気に育てよ」そう小さく呟いて笑みを見せた。

春日
「なぁ……難波……俺もう肩びっちゃびちゃなんだがよ……本当に、本当~~にこれでいいんだよな?!」
赤ん坊なんて抱えたことないからわからねぇよ!恰幅の良い大の男が泣き言を言っている。「赤ん坊ってのはな、涎をダラダラ垂らす生き物なんだよ」それに難波は笑い、紗栄子も「そうそう、可愛いもんじゃない」と笑って頭を撫でるが、完全に他人事だ。軽くて、柔らかくて、ちょっとの振動で死んでしまいそうな物体を、いや、赤ちゃんを俺が抱いていいのか?!……混乱は極まるばかりだが、その気持ちとは裏腹に、赤ん坊が一番の指をきゅっと握ると「た……大切にするからなぁ!!」と泣きそうな声で言ったとか

トミザワ
「……俺が慣れてるように見えるか?」
赤子を優しく抱き上げて尻を支え、首裏にも手を寄せる。「その子、もう首座ってるわよ」紗栄子からの指摘に「首が座ってても怖いんだよ」と言う彼はしっかりと抱きあげたまま、まだ背中を叩くほどの余裕はない。しかし、その一方で赤ん坊は呑気なもので顔を上げると「ぅ、ぅーあっ」と言葉にもなっちゃいない事をいって眼鏡へと手を伸ばす。
「こら、怖いもの知らずかよ」対等にしゃべるトミザワの声は優しく響き、彼はつられるようにして笑みを落とすと、「こっちにしとけ」とおしゃぶりを赤ん坊に持たせた。

ソンヒ
「……いいか、子供の成長は早い。だから将来、あの時にこうすればよかったなと後悔しないよう―――我々は全力を尽くしてやるべきだ」「……にしてもソンヒ、流石にこれは買いすぎじゃない?」真剣な顔が言い、可愛らしくイチゴの着ぐるみ服と、ヘタ部分をイメージした帽子で着飾った赤ん坊に向けてシャッター音を響かせる。その音はもはや連射で、彼女の隣にはたんまりと買い込んだベビー服や玩具があり……ハン・ジュンギはそれを丁寧に仕分けながら「ソンヒ、次の洋服はこちらなんていかがでしょう」と次の服を示す始末。これには紗栄子も呆れるしかない様子で溜息を履いていたが、彼女は写真よりも自分にハイハイで寄ってきた赤ん坊が可愛くて仕方が無い。
「××、今度は何を着たい」四つん這いでこっちへやってきた赤ん坊が、膝に手を置いて立ちあがろうと試みる。それを見てふっと目元を緩めたソンヒは、赤ん坊が彼女の首飾りを握っても叱ることはなく「……フフ、良い選択だ。今度はベビー系のアクセサリーだな」そう呟いて、嬉しそうに赤ん坊の頭を撫でた。


「……おちびちゃんはよく食べるねぇ」
離乳食なら任せてほしいと料理本をいくつか買って用意した離乳食たち。フードプロセッサーで滑らかにした野菜のスープに、ドロドロになるまで煮込んだお粥飯。薄味で味付けたかぼちゃの煮物は特に好評で「んまっ、ま!」と両手でバンバン机をたたいて喜ぶ様子に、色眼鏡の奥にある瞳が細くなる。……こういう頃の食事って、その子供を形成する要素の一つなんだろうな。勿論、食事の大前提は“生きるために必要なモノ“だ。しかし、自分の手間暇かけたものが彼女の何かに繋がったら――これほど嬉しいことはない。
もっともっととせがむ赤ん坊を見て、口端に垂れるかぼちゃのペーストを先っぽが丸いスプーンで拭う。それから、綺麗な濡れハンカチで拭ってから口元にお粥を向けると、急いでそれを口にする××の姿に「うーん……おちびちゃんのおやつ係も立候補しちゃおうかなぁ……流石にまだあのおせんべいしか駄目かな」と首を緩く傾げた。

荒川真澄
「……おお、よしよし。なんだ、もう自分の手を見つける事が出来たのか」「……はは、赤ん坊なんて久し振りだが、案外体が覚えてるもんだな」胸に抱き抱えた赤ん坊。むっちりとした赤ん坊に向けた声は普段以上に穏やかで、赤ん坊を抱き抱えた身体はゆりかご替わりに左右に揺れる。「……何も親父が面倒を見なくとも」沢城の呆れとは異なる声色に荒川は笑うだけ。「丈、少し目を瞑ってくれ……なあに、この子はまた元の親元へ帰るさ」背中を叩きながらあやす彼の目は暖かい。沢城は眉間に皺を寄せ、人知れず舌を打った。

足立
「おお~、よちよちむさ苦しいオッサンどもに囲まれて怖いでちゅね~」
大柄な男が一人、なんとも口の悪い事を言いながら抱き上げた赤ん坊をあやしていた。隣で「足立さん、それブーメランすぎるわよ」と冷めた突っ込みを入れるのは紗栄子であり、「そりゃねえぜ、サッちゃん!」と返した声はいつも通りでも、赤ん坊にとっては煩かったのかもしれない。赤ん坊がビク!と体を強張らせて梅干しみたいな顔になって泣き始めた。ギャアギャアという泣き声は甲高く、なんというかちょっとした怪獣のような力強さがある。大きな声で両手をばたばた動かして泣き始める様子に、足立は大いに焦り、体を揺らしたり、高い高いをしてみせるがまるで効果なし。「いいか、見てろよ…ベロベロ…バァ~!……アアッ、サッちゃん助けてくれ!」得意の変顔も赤ん坊には効果はなく、情けない声はサッちゃんに向いて赤ん坊を託すと、「赤ん坊に俺の魅力は早すぎるんだな」という疲れた声が虚しく響いた。

マスター
「オムツが濡れてねえのなら、ミルクじゃねえのか」
勇者一行が連れ帰ってきた赤ん坊が、泣き喚いている。春日や足立といった大柄な面々が揃ってワタワタとしているのは見ていて愉快でしかないが、泣き始めてもう数十分が経つ。泣き疲れさせるのも一つの手だが、なにか欲が満たされずに泣いているとするのなら、このまま泣かせるのも可哀そうなものがある。……かといってそこで声を掛けたのは、マスターというポジションを考えると、出すぎた真似だったのかもしれない。しかし「そうよ、マスター!それよ!きっとお腹がすいたんだわ!」「流石はマスター!」という反応を聞くに、それなりに良い提言だったらしい。
いちおう断りを入れて、哺乳瓶とミルク缶を受け取り手早くミルクを作る。もちろん火傷をしないよう頬へと寄せて温度チェックして、念のため頬が触れた部分は布巾でよく磨いてから赤ん坊を抱えて哺乳瓶で飲ませてやると、赤ん坊は嬉しそうにそれを飲み始めた。「ああ、やっぱり腹が減ってたのか」ぢゅうぢゅうと吸い上げるその様子。ふんわりと香るミルクの匂いは一体どちらのものだろう。赤ん坊を抱いたままでいると「マスターの、ミルクカクテル……鮮やかだったな」というわけのわからない言葉が聞こえて、ついつい「訳の分からねえことを」と突っ込んでしまった。

真斗
「赤ん坊の世話?……犬猫じゃねえんだ、テメェの面倒も見れない奴が出来ると思うのか」
眉間に深い皺を刻み、揺り籠の中に居る赤ん坊を見る。赤ん坊は未だ目がよく見えていないのか、それとも単に人見知りをしない性格なのか此方をニコニコを見ており、指しゃぶりをしてべちょべちょになった小さな手が袖を掴んだ。「あ、っぶ、……だっ!」「……オイ、離せ」一体何を言っているのやら。
喃語すら離せない赤ん坊相手に、手荒な真似は出来ない。いまだこの世の事なんて一つも知らなさそうなその眼差しは不快感極まりなく、真斗は袖を掴まれたまま、下膨れのもっちりとした頬を持ち上げるように指先で撫でた。
「……人を見る目がねえな、少なくとも頼るべきは俺じゃねえ。」「おい、イチ。さっさとコイツをどうにかしろ」袖を引き、きょとんとする赤ん坊を見ながら冷めた声色が言う。それを受けて世話役の一番は慌てた様子で駆け寄って「すいません若……すぐに連れていくんで」と赤ん坊を抱えるが、真斗はそれを出ていくまで横目で見て、退室したことで途端に静まり返った事務所の中で、深い息を吐き出した。

沢城
「……俺が分かるように思うのか」
おしめの変え方なんて分からねえッスよ!と揺り籠の中にあったオムツを手に、ギャアギャア慌てふためく一番は助けを求めていた。それを助ける気なんか微塵も無いと意見を示したが――事実、オムツ替えなんてやり方は分からない。買ったこともない。やろうと思ったこともない。
あの時は都合の悪いところは見えないところにやって、世の中が悪い、教えてくれない大人たちが悪いと全てを誰かのせいにしていたが……どうやらその気質はあまり変わってもいなかったようだ。ピクリとも食指は動かない。……それでも、親父が「丈、お前も手伝ってやれ」と言えばその命に従うしかない。息を吐き出した沢城は立ち上がり、一番を退かして取り上げたオムツをつけてやるが……存外、簡単な作業だった。それも驚くほどに。
「……、……オイ、イチ。やり方は分かっただろ、あとはお前がやれ」
到底出来やしないと思っていた、都合の悪いこと。それが根底から崩れるような感覚が腹の中で混じり、「あ、ぶぶ…っぅ、う!」と此方を見上げる純粋な眼差しから目を逸らすと、背を向けて唇を噛んだ。