趙
「へぇ……××ちゃんからのお誘いなんて、珍しいんじゃない?」
サングラスの奥にある双眼が細くなり、半月を描く。特に酔っぱらった風も無く、誰かの指示でもないその様子。もちろん彼女にキスをする事は容易だが……この機会を容易の一つで済ませてしまうのは些か勿体ない気もする。――趙はニコリと笑い、彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。それはこの先恥ずかしがって冗談であると逃げないようにするための選択つぶしで、しっかりと密着すると「いいよ、キミのためならいくらでも」そう前置いて、言葉を続けた。「……ああ、でも、その代わり俺にもご褒美が欲しいんだけど……どうかな××ちゃん」柔らかい言葉に、わざとらしい甘え顔。彼女はこの甘え顔に弱いのだ。……そうして、赤ら顔が縦に頷くと嬉しそうに笑みを見せて、影は一つになった。
春日
「ちゅ……っちゅー?!ちゅーってアレだよな、その、キ……っキス……ってことだよな」
奥手同士、付き合いは中学生のようだった。手を繋ぐ事が精いっぱいで、触れ合う事なんて殆どない。それでも彼女が笑っていればこういう恋愛も悪かねえと――そう思っていたのに、甘えた声で言われたその言葉。あまりの唐突さにタチの悪い冗談かと一瞬思ってしまったが、視線を落とした先の彼女は今にも倒れるんじゃないかってくらい真っ赤だ。手なんか可哀そうに思えるほどブルブル震えていて、そんな姿を見ていたらとてもじゃないがこれを冗談で終わらせる事なんか出来なかった。
「××ちゃん、……しても、いいんだよな」
念のための確認。両肩に手を置いて、バクバクと心臓が鳴りやまぬなかそっと顔を近付けて――「よぉ、一番!」……難波たちが丁度よく声を掛けてきた。その後、当然“ちゅー”は無し。それどころか××ちゃんは暫く目を合わせてくれず、難波と足立さんの慰めばかりが虚しく続いた。
ハン
「……困りましたね、貴女からそのようなことを言われて断れるわけがありません」
そっと手を取って、揃えた指の根本に口付ける。その王子よろしくなキザったらしい行動も、彼がやると様にはなるが――求めていたものはそんな控えめなものではない。……ただ、思いのほかそれが顔に出ていたらしい。ハンはその顔を見てクスリと笑う。
「冗談ですよ。他でもない貴女のお願いを、こんなところで終わらせたくはありませんから」その声はどこか悪戯を含んでおり、××がウウッと言葉を詰まらせる。(こ、この人面白がってる……!)――真っ赤な顔に、揺れる瞳。ああ、なんて彼女は可愛いのだろう。「……フフ、耳まで赤いですよ××さん」ハンは機嫌のよいままに耳の縁をなぞり、そのまま短くキスをすると「今度は何をおねだりしてくれるのか、楽しみですねぇ」そう幸福を噛みしめるように、小さく囁いた。
ソンヒ
「構わないが……私でいいのか?」
彼女の事は恋人として接していたが、肉体関係は無い清い関係であった。なんせ彼女は自分とは違い清廉潔白な表に住まう者。それを感情一つで危険の伴うところまで手を引いても良いか、未だ考えあぐねていたのだ。――まぁ、彼女はそれをもどかしく思ったのかもしれないが、それにしたっておねだりの可愛い事。色々悩んでいたのに、たった一つのおねだりでこれまでの悩みは全て消し飛んでしまい、ズイと身を寄せて壁へと追い詰めたソンヒは「もう、離してはやれないな」そう言って顎を掬い、そっと口付けた。
トミザワ
「ちゅーってお前……っ、~~~~~っ、分かった、分かったからそんな目で見るなって」
数度の告白を経て付き合いだして、それらしいことはしてもキスだけは出来なかった。なんだか、“それ”をすることで過去を裏切るような。背中に重くのしかかる罪悪感は先へ進む事を拒んでいたが――今にも泣きだしそうな顔で言われた瞬間、咄嗟に彼女のことを抱きしめていた。「……泣くなよ……」情けなく震えるような声と、密着した事で分かる彼女の心臓の音。その時、はじめて罪悪感で埋まっていなかったピースがカチリとはまった気がして、目頭がジワリと熱くなってキスをすると、「ごめんな、待たせて」そう言って、もう一度唇を重ね合わせた。
難波
「やだね」
一瞬「ウッ」とした顔を見せた末の返答。その回答は素っ気ない一方で、顔を背けた事で見える耳はじんわりと赤い。「難波さん、どうしてですか」「私が嫌いですか」「私たちって恋人じゃないんですか」××が尋ねたのは不安でもあったし、――彼の気持ちを確かめたくもあった。しかし彼は顔を背けたままで、口をへの字に噤んだまま。袖を引いても、暫くはその状態であったが××が落ち込んだ姿を見せると「人前でしたくねぇってことだよ、その…………家まで我慢しろ」そう不器用に言って、額をトンと人差し指の先が突いた。