報告、殲滅完了

 深夜に差し掛かる時間帯。微かな呻きが響いた直後に、地面を擦る硬く乾いた靴音が響く。デビルズネスト地下2階に続く水路にて、地下水路特有の汚水と生ゴミの混合物から発せられる腐敗臭と、それに入り交じる真新しい血の匂いに心臓が激しく鳴り響く。

 淡く灯りを灯すカンテラが示す通路には三つの遺体があった。横一列に並んだそれは遺体袋が被せられているため、足元しか見えなかったが、見覚えのある足元に息が詰まり、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。だって。だって、この足元は。

「ああ……っマーテル……ロア…ドルチェット……!!」

 膝から崩れ落ちた私は力なく言葉を落とす。頭の中では何度も最悪のシナリオを描き、事実それ通りであった筈なのに、動揺は広がり目の前が途端にじわりと歪む。躊躇いながらドルチェットの遺体袋を捲ると、顔こそ安らかではあったが下半身と上半身が別れており、口端には赤い吐血跡が残っている。傍らに置かれた彼の愛刀は根本から折れ、今際の際を語る惨状に胃がうくうくと震える。体が現状を理解できずに拒絶を示しているのだ。

「なんで……どうして……だって、きのう私に煙管を買って来いっていったじゃない……」

 死人に口なし。いくら語り掛けたところで現状を返す者はいない。

 もう誰もいないのだ。

 遠くから複数の足音が聞こえる。大方、デビルズネスト入り口に立たされた見張り番が倒れている事に気付いた、ほか軍人のものだろう。ああ、怖いな。怖いよ。私はみんなと違ってただの人間だもん。息を詰め、身を縮める。逃げる選択肢はもうなかった。けれど、怖かった。指先が震える。ドルチェットの大きな手のひらを触ってみたけれど、彼の手はひやりとしていて固く強張っていて、怖いと震える私の手を握り返してくれることはなかった。

 いつだったか、ドルチェットが言っていたことを思いだす。

「お前はおれたちと違って弱いんだから、危ねぇと思ったらすぐ逃げろよ。負け犬と罵られようが、合成獣になろーがなんだろーが、生き残った者の勝ちなんだからよ」

 この言葉を聞いた時には、何故そんな事を言うのか理解できなかった。ただ、今となってはこれを呟いた時の彼の穏やかな笑みが答えだったのかと思う。

 なんで、こんな時に気付くかなぁ。

「………ちゃんと口に出しなさいよね……」

 死んだ者は語らない。もう、二度と。

「……」
「…、……ドルチェット」
「……一人にしないでよ」
「……ねぇ、」

 ねぇ、ドルチェット。

「だいす」

 残り一音を残し、乾いた音が響く。
 そうして火薬の匂いが薄まり、共に山彦のように駆けていく音が止んだ時、辺り一帯はまた静寂に包まれて「報告、殲滅完了」という厳かな声が静かに響いていた。