竜人族の特性

 きらきらきらめく、それはまるで。

「っ死ねぇぇぇぇ!!!!!」

 地を揺るがすほどの絶叫に混じり、此方を向いた鈍い銀光が音もなく距離を詰める。咄嗟に伸ばした手。しかし策も虚しく、指の隙間を縫った銀光は、陽の光を受けて煌めく金の瞳に到達し、慈悲も無く貫いた。――ように思えたのは、男の談。いいや、確かに銀光輝く刃は眼球に触れた。しかし、刃が眼球に到達した瞬間、ガキンっと刃を弾く高い金属音が響き「あ、ぇ?」と理解の追い付いてない男の間抜けな声が続いたのだった。

 その出来事からおよそ半日。扉を蹴破る勢いで部屋に訪れたのは、爪先から頭までを真っ白に固めた長躯の男であった。男は眼帯をした女に駆け寄ると両肩を掴んで「ッアネ!お前、大丈夫なのか!!」と半ば興奮気味に声を荒げるようにして問いかける。肩を掴む手には指が食い込むほどの力が籠り、顔面蒼白である様子を見るに彼女――アネッタの身に起きた事を耳にしたのだろう。
 確か、関係者が連絡をしたのは半日前だったと記憶しているが、まさかこんなにも早くに辿り着くとは。アネッタは彼の様子に瞼を瞬かせながら「カク、どうして此処に」と尋ねたが、彼の求める答えはそれではない。「っわしの事はどうでもええ!!」と言葉を被せると「……っ、……今はわしが聞いとるじゃろうが」と感情を抑え、冷静さを絞り出すように問いかけた。

「え、あぁ……うん」

 アネッタは驚き、呟く。
 そして瞳を伏せると、左目を覆う眼帯にそっと手を添えた末に呟いた。

「ごめんね、カク。怪我自体はなんともないの、これだって、ただの応急処置で」
「一体どういうことじゃ。目をナイフで刺されたと聞いたが……」
「ああ、うん、…そうね、確かに目でナイフを刺されたのは本当」

 訳が分からないと戸惑いを見せるカクに息を零す。

 普段は強引な癖に、自ら眼帯を取って確認しないのは、最悪を予期して怖いのか。アネッタは特に躊躇する様子も見せず親指を引っかけて眼帯を捲り、その奥に潜む瞼を開けばいつも通りの金色の瞳がカクを覗く。爬虫類のように縦長に伸びた瞳孔は普段よりも細い気もするが、その瞳を半月に細めると「私の新しい特性が分かりまして」と結論を返した。

「特性?」
「今回ナイフで眼球を刺されたんだけど、眼球が人間のものよりも……ううん、どの生き物よりも硬い事が分かったの。それもナイフで傷も一つつかないような硬度の高い……例えるならつよーいガラス玉だった感じ?」

 あの時、1mmでもずれて眼球以外に刺さってたら、まぁ間違いなく色々な意味で終わっていたが、かえって運が良かったようだ。眼球をナイフで刺されたと報告した際には酷い動揺を向けられて、それこそ研究所へすぐ行けと指示を受けたが、それにより分かった特性に、研究員たちの口角が上がっていたことをアネッタは忘れないだろう。

 説明を受けたカクは暫く信じられないという顔をしていたが、触っていいよと顔を寄せると困惑を滲ませた手が目元を撫でる。それから瞼の上から感触を確かめるよう触り、「その眼帯は?」と尋ねた。

「ナイフが眼球に触れて衝撃を受けているから休ませろって」

 まぁ、つまるところ無傷というわけだ。

 そしてそれをはっきり口にせずとも、利口な彼は理解したのだろう。身を寄せて肩に額を預けると「………っはぁ……驚かせおって」と頭に乗せていた帽子を私の後ろの落としたあとに力なく零した。

「いやぁ……まさか二十歳すぎてから新しい特性に気付くなんてね」

 彼の頭を撫で、笑い混じりに零す。
 なんだか彼の心配が心地よかったのだ。

「目なんて触れることはないしのう」
「そうそう、自分の目と、他人の目なんて比べないしね」

 見てみて、直接触っても平気なの。目にゴミが入ったことないなと思ったけど、単純にここに痛覚がないからだった。とつるつるとガラスコーティングされたような眼球を指先で触る。カクはそれに対してそれは流石にといったドン引きを向けていたが、彼が彼である限り、彼女に対して知らない事がある事は我慢ならないのだろう。

 多少指先が震えていたように思うが、直接眼球に触れたカクは無言で暫く触り続けた後、「まるでビー玉のようじゃな」と零した。

 つるつるとした表面。親指の腹が眼球をなぞると、細長い瞳孔がそれを追いかける。

「……まぁ、無事ならば良いが、この特性を知ったらコレクターが騒ぎそうじゃのう」

 アネッタが岩を纏う岩竜であることを考え、ナイフで強い衝撃を与えても傷一つ付けられないほど硬度であることを思慮するのであれば、この瞳は鉱物の一種の可能性が高い。――それこそ、高値で取引される宝石のような。
 これが研究所内に広まり、世界政府に報告が上がれば、またどこからか情報が抜け落ちてしまうかもしれない。そうなったら、彼女は。

「…そうねぇ、まぁ元々竜人族であることが知れ渡った後に、ファンが増えたことは知ってるけどさ。…あ、でも悪いことばかりじゃないんだよ?」
「今のところ悪いことしかないように思うが」
「あはは。まぁそんなわけでさ、今は前線を抜けて飛行できる特性を買われて配達や送迎関係を担当してるけど、流石に一人での行動はもう危ないってことになりまして」
「まぁ、そうじゃろうな」
「かといって一つの場所に閉じ込めると、そこが襲撃された時危ないし、対応する人員を配置し続けるのも大変でしょう?だから移動が多く強い者がいるようなところに配置すればいいんじゃね?と結論に至って」
「つまり」
「そう、来週からにでもカクやルッチと合流ってわけ」

 驚きに満ちた表情を向けるカクに、アネッタがにたりと子供のように笑う。
 なんせ、例の事件後は離れ離れになっていた。前線に居続けるカクと前線を退いたアネッタ。その二人が会えるのは疎らで、酷いときには数か月に一度の数日間しか会えないことも。そんな制限があった二人が、また以前と同じ距離に戻るのだ。こんなに嬉しいことはないだろう。

 カクはアネッタの腰に手を回すと、無言でぎゅうと抱きしめる。額をぐりぐりと肩に擦るのは嬉しいって感情の現れだろうか。アネッタはそんなカクが可愛くてたまらないといった様子で抱きしめ返すと「嬉しいねぇ」と目元を和らげたあと「はーあ、またブラックな環境に戻っちゃった」とおどけるようにして笑った。