岩山の穴を抜けると、一面の花畑が広がっていた。
足の踏み場もないほどに敷き詰められた花々に、見上げた先にある僅かに開けた空。辺りは壁で覆われているあたり此処は岩山の内部だと思うが、まさか岩山がただ被せただけの張りぼてだとは誰も思うまい。
「ここが、微睡の谷……」
正確には谷ではないが、山の合間という意味を考えるとあながち間違っていないのかもしれない。
ザアッと花々を揺らす風は、甘い匂いを空気に混ぜ込んで、散らした花弁と共にふたりの頬を撫でる。遠くにちらちらと蝶々が舞い踊る様子が見られたが、よく見るとそれは蝶々の羽をもった小さな妖精たちであった。
妖精たちは、差し込んだ光の下に鎮座した蛇型の白竜の周りに集まっており、人語とは異なる言葉で歌うように何かを語りかけている。
総じて、それを一言で言うならば神秘的な美しい情景。それこそ、まるで絵本の世界に迷い込んだような感覚に、二人は呼吸をも忘れて目を奪われていたが、白竜の濁った瞳が此方に向けば呆けた意識がいやでも引き締まる。妖精たちも此方に気付くと、不思議な輝きを持つ羽を揺らめかせて此方に近付いて、カクは舌を打って警戒を滲ませた。
「アネッタ、こいつらを相手に可哀そうなどとは思うなよ」
「うん…!」
しかし、長ドスをきつく握りしめるカクとは対照的に、妖精たちは好意的であった。敵意の色はなく、むしろアネッタだけを歓迎するように、ひらひらと揺れる体を摺り寄せる。
モテ期の到来というべきか、それともポケットに入れたままで体に飲み込まれてしまった飴玉の甘い匂いに吸い寄せられたと言うべきか。困惑するアネッタを他所に、妖精たちは聞き取れない言葉を語りかける。加えて、伸ばされた小さな手のひらはアネッタの頭や体を撫でるが、その意図や真意が分からないうちはどう反応して良いかが分からず、アネッタは後ろにずりずりと後退りながら狼狽えた。
「カク~…どうしよう……」
厳かな見た目から出た、情けない声。カクもまた、その敵意の見えない行動にどうしたものかと訝し気な様子を見せたが、まさか白竜が助け舟を出すとは思わなかった。
「……気にすることはない。彼女たちは我々竜の一族とは近しい存在。それを彼女たちは理解しているのだろう」
先ほど聞いた霧の者と同じく、暖かな陽射しに溶け込むような、穏やかで低い声が響く。カクはそれに一瞬身を強張らせて、一歩アネッタの前に出たが、白く濁った眼を向ける白竜は身体を起こすこともなく、「近しい存在ってなんですか?」と尋ねるアネッタに「縁戚と言えば分かるだろうか」と答えた。
「縁戚………」
その時、ぼんやりとだが、頭の中に顔見知りである妖精の姿浮かんだ。その妖精とはまだふたりが幼かった時に世界政府に護衛対象として監視を受けていた女である。彼女は大人を嫌い、子供を好むといった理由だけでサイファーポール候補である子供たちが監視を行っており、確かに彼女もまたアネッタには特別優しかったと記憶している。
まぁ、カクはそんな妖精の事を理想ばかりを語りアネッタを唆す者だと酷く嫌っていたので、肩に乗った妖精たちをコバエのように払っていたが。
しかし、兎にも角にも、無駄に敵が増えていないのであれば好ましい限りだ。
「……それじゃあ、お主も……古竜もアネッタの親戚ということになるわけか」
カクは、咲き誇る花々を構わずに踏みしめながら問いかける。
「あぁ、そういうことになるな……して、お前たちはどうして此処に?」
恐らくあの白竜は、あの霧の者で間違いなさそうだ。どうやってあの場を演出したのかは分からないし、どうやって今までのアネッタを見ていたのかも分からない。とくに白く濁った眼を見るに盲目の者のように思えるが、先のやりとりから察するに肉眼ではないものを視ることが出来る能力でも持っているのかもしれない。
かといって真っ向から心臓を寄越せとも言いづらい。ちらりと隣を見たアネッタの表情はどこか落ち着いており、それを良しとするかは正直この先の言葉次第ではあるが、カクが大きな体をぽんと叩けばアネッタは白い牙がよく目立つ口を開いた。
「あなたの心臓をもらい受けに参りました!」
その言葉に瞳を瞬かせる古竜とカク。
カクはいくら何でも直球すぎやしないかと思ったが、先の話を聞くに古竜は全て此方の考えやこれまでの事を把握している可能性が高い。ゆえに回りくどい話は好まないと考えたのかもしれない。それでももっと良い言葉があっただろうが、古竜は「まさか死んでくれと真っ向からお願いされることになるとはな」と蛇のようなその体をゆらゆらと揺らめかせて笑った。
「お前……」
隣でカクが呆れたような言葉を零す。アネッタはそれを受けて「だ、だってなんか変に隠さない方がいいかもと思って」と零したが、やはりどう考えたって言い方が悪すぎる。しかし、その一方で古竜は穏やかに笑ったままで、怒らない。その様子を見るに、竜という生き物はみな彼女と同じように呑気なのかもしれない、と思ったが古竜はそれを見透かしたように白く濁った瞳を細めた。
「彼女はまだ赤子だ、赤子相手に一々怒ってなぞいられないさ」
「赤……ッ?!赤子……?!」
「竜人族も、お前たち竜のように長命族なのか」
カクは呆然とするアネッタを他所に問いかける。竜人族という希少種族についてはいまだ謎ばかりで、寿命も含めて殆どのことが分かっていないからだ。
「あぁ、竜と竜人族や妖精は近しい存在。ゆえに全員が長命族であり、竜人族は寿命を全うしたものは少ないが……二千年は生きるだろうな」
「二千年……のうちの二十三年しか生きておらんのか」
「そうだ。だから我々からすればお前は赤子でしかない」
「なんか……いや…言ってる意味は理解できるんだけど複雑だなぁ……」
「……二千年、か」
複雑そうに尻尾を揺らすアネッタとは別に、問いかけたカクは小さく復唱しアネッタを見る。人間の寿命はせいぜい百年。そして彼女の寿命は二千年。どうやったって抗えない寿命差だ。普段は人間を模した姿をしているせいで、寿命差なんて感じないが。改めてこうして聞いて、彼女の本来の姿を見ると別種族であることがよく分かる。
古竜はその心の機微にまで気付いた様子で、「だからこそ、お前のような人間を庇った時には何故だと思ったが、そうか、そういうことか」と前置き「しかし、直ぐに心臓をやることは出来ない」と零した。
「あー……まぁ、はい、そうですよね……」
いくら赤子からとはいえ、心臓をくださいといって心臓を寄越すような奴はいない。だからこそ断られたところで特に疑問も抱かないのだが、そうなると困るのはカクとアネッタである。
彼らは、仲間たちを起こし、心臓をもらい受けなければならないのだから。
「じゃあ、無理にでも貰うしかないかのう」
カクはアネッタに倣い、歯に衣を着せず言う。握られた長ドスの鞘は落とされて、彼はいつでもお前なぞ殺せるのだと言うように構えたが、古竜はこの状況でも体を立てることもなく二人を見下ろして、「話は最後まで聞くものだ」と諭した。
「何か交渉をしてくれるとでも?」
「……お前たちがいま此処で殺さずとも、じきに私は死ぬ。しかし、このまま望むとおりに静かに逝くのは少し物足りぬ。だから、そうだな……最期の瞬間において、お前たちには一つの試練を課してみよう」
「試練?」
「あぁ、見てのとおり私はもう身を動かすことも出来ない老体。だが、別の体ならばどうにか動かせそうだ」
「試験など要らないと言ったら?」
「……お前たちが困ることになるだけだろうな」
一体何を出す気かは分からないが、心臓を貰いたくば自分を倒せということか。なんともよくある話だが、鱗もところどころ剥がれているような老体が戦えるほどの力を持っているようには思えない。
カクとアネッタは特に話すわけでもなかったが、ただお互いに意見を合わせるように顔を見合わせるとカクは再度長ドスを構え、アネッタは一度大きく身体を振るい背負う岩にとまった妖精たちを放つと、次の瞬間、試験の開始を知らせるようにゴトゴトと、鍋の中で水が煮えるように地面が隆起して揺れ始めた。
タイミング的にも単なる地震のようには思えず、ふたりは上空に飛び上がり、アネッタは翼を打ち鳴らすと、胸騒ぎの予期通りに地面から現れた大型の岩竜が、此方に向けて吼えた。
「グオオオオオオオオ!!」
咆哮に続いて、ビリビリと肌を焼きつけるような強い衝撃波が走る。アネッタは目の前に現れた岩竜の存在に怯み、一瞬体勢を崩すが、精神の手綱を握っているのはカクでもある。
「アネッタ怯むんじゃない!これはお前に託された試練じゃろうが!」
カクはそういって、狼狽えるアネッタに向けて多少声を荒げたが、十分に手綱を引くことは出来たようだ。アネッタはもう一度大きく翼を打ち鳴らすと、現れた同族と同じように咆哮を上げて見下ろすと、揺れる尻尾を右から左にしならせた。
鞭のように、しなやかに。
何よりも、早く。
そうしてしならせた尻尾は、大きな衝撃波を描いて飛ばす。その衝撃波は真上から真っ直ぐに落ちたこともあり、簡単に避けられてしまうが狙いはそれではない。
衝撃破は花々を潰しながら地面を抉る。それにより足場は更に不安定になり、崩れた足場により後ろ脚から体勢を崩した岩竜へと向けて、アネッタは身体を前屈みに、尻尾を追いかけるようにしてその場でぐるんと前転しながら尻尾を岩竜の上へと叩きつける。
名づけるならばアイアンテイルが相応しいか。固い岩と勢いを組み合わせたそれは強い一撃となったが、一方でいまだ竜本来の姿になった彼女はこの体に慣れちゃいない。尻尾を叩きつけた後に呻く岩竜が大きく身体を振るうと、アネッタの体はごろんごろんと転がって地面に落ち、お返しとばかりに振るわれた尻尾が側面を打ち、アネッタは黒い爪を地面に立てたまま吹き飛ばされることになった。
「ギャウ、ウ!!」
獣じみた叫び声。まるで鞭で叩かれた時の焼けるような鋭い痛みが走る。痛みはジンジンと長く続き、それにより体を起こせず、遠くで聞こえるカクの声を頼りによろめきながら立ち上がるが、慈悲もなく岩竜の影が迫り足を狙って爪を立てた。
「グゥ……ッ?!」
固い鱗に覆われた足に爪が通ることはないが、それでも勢いを持って向けられた衝撃が強い。再度転がされた体は地面を抉り、転がりながらももう一度体勢を整えて顔を上げると、間髪入れずに迫った岩竜が目の前で鋭く尖った腕を振り下ろし、アネッタは目の前が影で覆われながら次の手が間に合わないとそう思い、咄嗟に瞼を閉じた。
しかし、いつまでたっても痛みが来ない。一秒、二秒、三秒。それでもやってこない痛みに不思議に思い恐る恐る目を開くと、目の前には黒光りする爪たちを二本の長ドスで受け止めるカクの姿があった。
「…ッぅ……敵を前に目を瞑るなとは…ッ…ッはぁ…ッ毎回言っとるのにのォ…!」
「カク…!!」
しかし、力の部分では相手が優位か。
重みでぶるぶると手を震わせる彼は岩竜を睨みつけて、刀では爪を受け止めたまま、その体をより巨体で、力のあるキリンの獣人型に変えると爪を横に流すように払い、それによりがら空きとなった腕の根本に向けて、後ろに引いた長い首を突き出して「鼻銃!」という言葉と共に四角い鼻で押し返した。
「ほう…」
遠くで愉悦を滲ませる古竜の声が聞こえる。
人間を助ける竜もおかしなものだが、竜を助ける人間も中々おかしなものだ。古竜は身体を伏せたままその光景を楽しんでいたようだがそれは構っていられないとカク。一瞬よろけるような素振りを見せたが、体を翻して再度迫りくる岩竜の猛追は弱まることをしらず、仕返しにと咆哮を上げる岩竜は衝撃波と共にカクに迫り、衝撃波を受けることで両手が塞がったカクのわき腹を固い尻尾が鞭を打った。
「あ、が……ッ」
ミシミシと軋む骨。体は力に押し負けたことで吹き飛ばされ、それを見てアネッタが身を挺して止めたが己の体も岩である、さして良いクッション材になったとは言えずに彼の呻きが近くで響く。ただ、これ以上は彼を巻き込むわけにもいかない。アネッタは地面に尻をついたカクの前に立つと岩竜を睨んだ。
「……ごめんね、カク。もう私は大丈夫だから、休んでて」
珍しく、あのアネッタが怒っている。
普段は能天気で、ピーチクパーチクと煩いアネッタが明確に怒っている。怒りを滲ませた金の瞳にある瞳孔は一層細くなり、白い牙を見せて唸るアネッタが背負う岩が一枚一枚逆立ち、地を揺るがすほどの咆哮が辺り一帯によく響いた。
しかし、咆哮が一つ上手く出来たとしても彼らからすれば赤子でしかない。竜の姿に成りたての、体の使い方すらろくすっぽうに知らぬ彼女が咆哮一つで勝てる筈もなく、彼女が一手捻ったところで軽く交わされてしまい、払いのけられてしまう。
アネッタはそのたびに立ち上がって地を蹴り、時には翼を打ち鳴らして向かうが結果は同じで、規則性もなく立ち向かうたびに変わる攻防のバリエーションに翻弄されるがままになっていた。――しかし、その中で違和感に気付いたのは地面に叩きつけられて六度目のことであった。
「……はぁ…ッ……はぁ……ッ」
ぼーん…と耳が遠くなる感覚。早くなる鼓動によって痛む心臓。荒れる呼吸。
何故だ、何故こんなにも相手の動きが読めないのだろうか。アネッタは痛みを堪えながら思考を巡らせる。あぁ、いや、理由は分かっている。理由は相手の攻撃と防御のバリエーションが豊富であるからだ。しかし、それならば何故相手はこうも出し惜しみせずに毎攻撃・毎防御の動きを変えるのか。普通ならば相手にこれからの攻撃が悟られぬよう小出しにする筈なのに何故全ての手を出してしまうのか。加えて、地面に叩きつけられて、痛みに呻いても、トドメとなる攻撃が向かってこないことも些か違和感がある。
予期通りにならないでほしいものだが、この後も次の一手を打ち込めば難もなく瀕死になるほどの重大なダメージを負わせることが出来る筈。それをしないのは一体何故なのか。翼を打ち直しながら此方を見下ろす岩竜は戦いを楽しんでいるようにも思えないが、遠くで人の姿に戻って見つめるカクも同じことを気付いていたようだ。
「はぁ……、…はぁ………ッ、………はぁ……」
彼はアネッタと目が合うと静かに頷き、アネッタはそれを確かめるために傷だらけの体を起こすと、ゆっくりと息を吐き出して呼吸を整える。そうして、やがて降り立った岩竜へとゆっくりと近付いて、此方を睨むだけでいまだ攻撃を仕掛けない岩竜の頬あたりへと頭を摺り寄せた。
「……、……」
その瞬間、推測が確信に変わる。
ああ、そうだ、この岩竜は殺す気などはなく、戦い方を教えているのだと。
「……、……ナァン」
小さく呟かれたアネッタの声。それはまるで母に甘えるような声色で、岩竜もそれを暫く大人しく受けていたが、一度だけ頭を擦り返して瞼を閉じた岩竜は、試練の終わりを告げるように体を崩してしまった。
「………、……最期の試練ではなく、最期の交わりだったのですね」
交わりとは、感情や情報、絆が共有される状況を指す。崩れたことで何の変哲もないただの岩となったものを見つめるアネッタは、ゆっくりと古竜へと近付くと、多くの妖精たちを体にのせた古竜の前で訊ねた。
「どうしてこんな回りくどいことを?」
「……竜人族が希少種となったように、我ら竜もまた随分と数を減らしてしまった………だが赤子同然のお前にはまだ未来があるだろう……」
つまりは技術の継承と言う事であろう。最期だなんだと言っていたのに、やり残したことが交わりとは何と美しいことか。カクはその反吐が出そうなほどの美しい光景に帽子の鍔を下げたが、古竜が「ああ……竜よ、我らが可愛い竜よ、……最後に、これを……」と語りかけながら妖精伝いに何かを差し出すと彼の瞳はもう一度アネッタの方へと向けられることになった。
「これは……?」
アネッタの前に置かれたのは、つるりとした表面を持つ赤い鉱石であった。
透明度の高いそれは陽の光を受けて煌めきを放っており、遅れて歩いてきたカクが片手で持ち上げると、古竜は「これは、岩竜の心臓だ」と語り、こちらが疑問を語る前に続けて呟いた。
「お前たち岩竜の心臓は我らのものとは異なる。岩を生し、岩を背負い、自然と生きるお前たちの心臓はやがて鉱石となり、岩竜はその心臓を食らい己をより強固にするのだ」
「……、……のう古竜、聞いても良いか。もしもそれを食わせないと何か支障をきたすことはあるのか」
「いいや、あくまでこれは岩竜たちの伝統を兼ね備えた強化品。食わねば死ぬということはない……まぁ、それを食らうかどうかは…お前たちの好きにすればよいが……、……ああ、……力を使いすぎたようだ……」
古竜は小さく、名残惜しさを僅かに滲ませながら瞼を閉じる。
「……さらばだ、若き竜よ………」
まるで眠るように、静かに零した別れは地面に落ちて、それを見ていた妖精たちが美しい羽を揺らめかせながら集まって、古竜に身を寄せる。
先の戦いで多少荒れてはしまったが花に囲まれ、美しい妖精が集まる姿は何とも幻想的で、差し込んだ光が彼らを祝福するように照らしていたが、あくまでこれは単なる見た目上の演出だったらしい。アネッタとカクはそこから続く光景に言葉を失い、そして目を見開いた。
妖精たちが、古竜の肉を食らい始めたのだ。
妖精たちは笑うように、そして歌うように甲高い声を上げ、まるで蠅やピラニアのように群がったまま動かなくなった古竜の肉を食らう。数千年という長い寿命の末、数分と立たずに食われていくその姿は何と言い現わしたものか。
そうして、全ての肉が無くなったことで残った骨が、やけに白く映る。骨についた血液までを丁寧に舐めとった彼女たちは、食べ終えるや否やその場を離れて別れの挨拶にきたが、此処に来た時に身を摺り寄せてきたのは品定めだったということか。アネッタは多少の不快さを覚えながらも古竜の骨の合間に残された古竜の心臓を見ると、古竜の隣に体を伏せて太い骨の上に顎を置いて呟いた。
「……、……ねえ、カク。…古竜、死んじゃったね」
「そうじゃな」
「……でも、心臓は手に入れられたね」
「あぁ」
「……もしかして、あの岩竜は」
「……アネッタ」
「……うん、……そうだね」
想うことは色々あれど、全てを明らかにして解決する事が良い事ではない。
カクは身体を伏せるアネッタの岩に覆われた体を撫でると、浜辺へと繋がるトンネルを見て、手にある赤い鉱石を見つめた。
じきに浜辺で眠る彼らも目覚めることであろう。そうなればこの赤い鉱石は貴重な品として世界政府に提出する事になる。しかし裏を返せば、この赤い鉱石は今はまだ誰にも知られていないもの。そして恐らくこの心臓の持ち主は。
カクはそこまで考えた後、差し込む光に掲げて見つめる。アネッタはそれを不思議そうに見ていたが、鉱石を見つめたままのカクが「食べたいか」と珍しくも選択肢を与えると、いまは世界政府も、誰もが知らぬ心臓を、空に放り投げ翼を打ち鳴らした彼女が駆け出す姿を見つめ続けた。
揺らぐ船が世界政府の元へと帰るなか、船べりに凭れて眠るアネッタとカクを大人たちが囲んでいた。
アネッタが眠るならば兎も角、二人揃って眠っているのは珍しい。あの微睡の谷では聞くも涙、語るも涙の物語があったのだとアネッタは大げさに言っていたが、どうにも嘘臭くて敵わない。彼ら大人たちはアネッタの話を話半分で聞いて、後の事はカクに聞いていたが、まぁしかし、それなりに大変だったことは本当だったようだ。
ジャブラは寝息を立てる二人を見て鼻で笑い「ガキだな」と言い、ルッチやブルーノは無表情に息を落としたが、カリファは「でも、良い夢でも見ているんじゃないかしら」そう穏やかに言うと、僅かに口元を緩めて眠る二人に一枚のブランケットをかけた。