雪が降りしきるホワイトクリスマスは、普段よりも音の通りを悪くして、外に響く音までもかき消してしまう。ゆえに廊下を走る男が奥の部屋へと入り、神に祈り慈悲を乞おうとも、誰かの耳に届く事は無く「HO―HO―HO」とふざけた笑いと共に伸びた影が、男の首を捉えたが、誰も気付くことはなかった。
「モールとか、リースを使うとすーっごくクリスマスを感じるなぁ」
殺人に使う道具で季節を感じるだなんて、そうはない経験だろう。
男の首元を飾りつけたふさふさのモールやリースを見て、アネッタが零す。まぁ冥土の土産だとか、最後のお洒落ということにすれば、許して貰えるだろうか。倒れたクリスマスツリーは随分と綺麗な飾りつけをされていると言うのに、白目を剥いた男が隣にあると途端に残念なものに思えて仕方がない。
アネッタはウウンと唸り、倒れたクリスマスツリーに合わせるように首を傾げると「そっちは終わったか」と声を掛けにきたカクに向けて、頭を起こしながら「どうしよう」と情けない声色で呟いた。
「うん?なんじゃどうした、まーたなんかやらかしたんか」
「やらかしてないけど、やらかしてるからサンタさん来ないのかもって……」
なんだかよく分からない言葉。もちろん二十歳も越えればサンタがいないことなんて分かっているが、それでも街中でサンタさん来てくれるかなぁなんて期待に胸を膨らませている子供たちを見ると、「もしかして、私が悪い子だから来ないのでは」と少しだけ思ってしまうのだ。
しかし、彼女は大きくなりすぎた。きっとこの言葉も子供が言えば可愛らしい言葉だが、二十歳を越えれば可愛いとも言ってはいられないのだろう。カクは呆れたようにため息を吐き出すと「わしらにサンタが来ないのは、今に始まったことじゃないじゃろう」と言って、アネッタの頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でた。
「そうだけどさぁ……」
「なんじゃ、そんなにサンタクロースからのプレゼントが必要か?」
あんなの、不法侵入者じゃろうとカク。
「必要、っていう……わけじゃないけど…」
「けど?」
「……でも、いいなぁとは思うよ」
そう、これはただの憧れだ。
目覚めた時にサンタからプレゼントが置いてあったらいいなって、ただ、それだけの小さな憧れ。これまで、二十三年間待ち続けてきたサンタはついぞやって来なかった。だから、どう考えたって来ない方が当たり前なのだが、それでもクリスマスになると不思議と今年は来てくれたりするのだろうかと少しだけの期待を抱いてしまうのだ。
倒れたクリスマスツリーの足元には大きな靴下がある。本来はこれにプレゼントが入るのだろうか。本当にサンタというお爺さんは赤い服を着て、トナカイと一緒にやってきてくれるのだろうか。アネッタが視線を落としてそれを見つめていると、小さく息を吐き出したカクが「ほれ」と言って何かを差し出してきた。
「え?」
「カクサンタからのプレゼントじゃ」
「……カク……サンタ?」
「そう、渡すにはちいとばかし早くなってしもうたが、まぁ別にいいじゃろ」
差し出されたのは小さな袋であった。カクは腕を組みながら「開けんのか」と開けるよう促して、言われるがままに開いて中身を取り出すと、彼はアネッタを見つめながら笑いを落とした。
「……ワハハ……わしのチョイスは間違っておらんかったようじゃのう」
中には、きらきらと光るガラス細工のオーナメントが入っていた。ガラス細工のオーナメントは雪の結晶にも星のようにも見える形で、外から差し込む街灯の光がオーナメントを照らすと星のように七色に輝いて、アネッタはゆっくりと息を吐き出しながら呟いた。
「きれーい……」
「そうか、そりゃあよかったわい」
思わず見惚れる美しさとは、きっとこういうことを言うのだと思う。それこそ、まるで夜空に浮かんだ星を一つ取ってきたようなその美しさは、こうして綺麗としか言いようがないほど美しくて、アネッタは暫く時を忘れたようにオーナメントを視続けていた。しかし、ふと我に返った彼女は「あ、わ、私も、アネサンタからもあるよ!」と顔を上げて高らかに宣言をする。
ただ、対してカクの反応はいまいちと言った様子で「な、なによお!」と焦りながら訊ねると、彼は「アネサンタはセンスが最悪じゃからのう……」と何とも渋い顔で言い放った。
「それは去年の話じゃない!」
クソダサセーターに、なんだかよく分からない置物に、あとはなんだったか。少なくとも去年だけの話ではないが、まぁこれ以上は喧嘩に発展するだけだとカクはよく知っている。カクは出かけたそれを飲み込むと、片手で大事そうにオーナメントを持ったまま、同じように差し出してきた小さな袋を見た。
中には洒落た装飾が施された銀時計が一つ。オーナメントと銀時計では釣り合わないような気がしてならないが、アネッタからすればそんなことは関係ないし、気にする事ではないのだろう。彼女は顔を覗き込み「どう?どう?今回はいいセンスでしょう」とどこか得意げな様子で言うので「驚いた、本当にセンスが良いのう。ブルーノのセンスか」と尋ねると、アネッタは頬を膨らませてもう!と声を上げた。
「わははっ、すまんすまん!お前にしてはセンスが良かったからのう、疑ってしもうたわい」
「ふふ、今回のは自信あったんだよねぇ」
中もね、とっても綺麗なんだよ。オーナメントと街灯の光を受けた彼女の瞳が、きらきらぱちぱちと小さく爆ぜるように輝く。
カクは、彼女の嘘偽りのない瞳が好きだった。彼女の笑みを見ていると、不思議と胸が暖かくなるのだ。
街灯が照らす部屋に、幸せそうに笑う男女がふたり。しかし、足元の惨状は照らされずに翌日の朝には、早起きをした子供の声が響いた。