「ねぇカク、あれ取って〜」
久しぶりに重なった休み。のはずだが、読みたくて買ったものの多忙極めて積み上げていた本をソファにふたり並んで消化している。たまにはこんな休みも悪くない。
窓から陽が差し込み、時計の針がてっぺんで重なるが音は立てない。仕事中も休暇中も現実に引き戻されるその音を二人とも好まないためだ。
集中力が空腹に負けそうな頭で目の前の文字をなぞっていると、隣から突然飛んできた言葉に、1ページ捲るごとに増える情報で作り上げた世界が見慣れた景色に戻る。
『あれ』とは。
曖昧にも程がある、が、どう考えても答えはひとつしかない。
「仕方がないのう、ほれ」
自分の側にあったサイドテーブル、その上に置かれたチョコレートを包み紙ごとアネッタに手渡す。
「えっ、よくわかったね」
「わざとわからんように言うたな?」
「えへへ…どんな反応するかなって」
「阿呆め。お前のことなら何でもわかるんじゃ」
彼女の隣にあったはずのチョコレートの山はいつのまにか姿を消している。今朝とりあえずわしの方にも分け与えられたそれだったが、本の中を歩いている時にサイドテーブルは視界に入らない。つまりこちら側の皿はまだ手を付けられていないのだ。ひとりで食べる罪悪感を減らすためのこちら側の皿、しかし結局彼女の胃に収まるなら、分ける意味が果たしてあるのか疑問でならない。
「すぐにわからないようにわざと『あれ』って言ったのに」
確かに、この近さであれば『それ』が正しいのだろう。
「そんなに言葉遊びが好きだとは知らんかったのう」
「遊びなら大抵何でも好き」
チョコレートを口に放り込み、ふふんと得意気に笑うアネッタ。
ああ、そうじゃったな。
やれやれという顔をしながら、本の外へ帰ってきたついでに少しでも腹を満たそう、そう思って自分の口にもチョコレートを放り込んでみたが、口の中が甘ったるくなり、結局わしは珈琲を入れにソファを立った。
「どこ行くの?」
「珈琲を入れるんじゃ」
「私のも〜」
「わかっとる」
「ついでにあれも〜」
「今度は流石にわからんぞ」
「あれ?私のことなら何でもわかるんじゃなかったの?」
「やかましい」