「らくよー!おべんとうつくって!」
末っ子のチビから、手作りのお弁当が食べたいと強請られた。
しかし、おれはこの船の台所を預かるような立場ではないし、これまで料理が得意だと口にしたことも無いはずだ。それなのに何がどうしておれに強請ることになったのか。色々と疑問はあるが、そういえばイゾウが弁当を強請られていたことを思い出す。であればおれに声が掛かったのも単純に順番が回ってきたということだろうが、まったくチビが考えることはいつだって奇想天外というか、なんというか。
愛に飢えて手作りを求めているのか、それとも、単に手作り弁当が流行っているのか。
まぁなんにせよ、コックのいるこの船に乗って以降はとんと無縁だった料理をしたいとは思えない。よって一度は渋ってみせたが、彼女は奇想天外なことをしでかす子供だ。此方がイエスと言うまでストーキングをしてくる彼女から逃れる事は出来ず、数日待ってもらうことを条件に承諾し、数日が経った。
昼飯、腹を空かせた末っ子を引き連れてギャレ―と呼ばれる船内台所へ。末っ子は不思議そうにしていたが、今回の見守り役のサッチが可愛いクジラのアップリケをつけたエプロンを着せれば、何か面白いことが起きるかもしれないと察したのかもしれない。「ねぇねぇ、なにつくるの?」と訊ねるので、「そりゃ弁当だろ」とだけ伝えて、あらかじめ用意しておいた白い円盤を一つ差し出した。
「……、……おせんべ?」
紅葉のような小さな手に、大きな白い円盤。
彼女はそれが何なのか分かっておらず、これがお弁当かとがっかりした様子で口を開くので、顔を手のひらで覆うことで制してやると、何が面白いのか彼女はけたけたと笑って此方を見上げた。
「らくよー、なあに!」
「食べんなつってんだよ。ほら、いいからそれを持ってこっちこい」
指定したのはコンロの前だ。サッチはそれを見て大層ハラハラしていたようだが、子どもなんてなんでもやらせるべきなのだ。おれは絶対に言うことを聞く事、それからコンロや火など、兎に角指定したもの以外は勝手に触らないことを念押しすると、フライパンにコンロに乗せて火をつけた。
「おし、じゃあここにそれ置いてくれ」
「ここ?」
「そう」
「はーい」
小さな手が、薄く油を敷いたフライパンに近付いて「ああっ、絶対触るなよ!」なんて心配をする声が聞こえたのは、十中八九サッチのものだろう。ただ、ここでおれが目を離すわけにもいかず、小さな手が中央に白い円盤を置いたことを確認して蓋をすると、末っ子は「おせんべい、美味しくできるかなぁ」とわくわくした様子で言っていた。いや、煎餅じゃねえんだよな。残念ながら。
「煎餅じゃねぇ」
「え?」
「煎餅から一回離れろ、煎餅が昼飯でいいのか?」
「おやつがいい~」
「じゃあおやつはお煎餅にしような~」
後ろから聞こえるサッチの声。
やったぁなんて喜ぶ声は微笑ましいが、意識が逸れて妙なところに触れられても困る。ひとまずサッチには「よそ見しちまうから黙ってろ!」と釘を刺し、それを聞いても、まだかなまだかなと左右に揺れる末っ子の首根っこを掴むことで抑えて数分。具合を見ながら両面が焼けた白い煎餅はすっかりきつね色に代わって膨らんでいた。
「わあ…!すごーい!おっきくなったねぇ!」
これには末っ子も大喜びで目をきらきらと輝かせていたが、当然これで終わりなわけもなく、一旦は皿に待避されたものをテーブルへと運ぶと熱々のそれを立てるように持ち上げて、真ん中を開く。薄く、何枚も層になったそれはパイ生地のバンズで、ぱっかりと開いた中にはサッチに頼んで残しておいてもらった牛肉の甘辛煮を詰めていく。隣でワアワアと見つめる末っ子はそれだけでも楽しそうで、入りきらなかった分を口元に寄せてやると、ひな鳥のように口を開けて頬張っていた。
「ほらよ、ローガモの出来上がり」
「ろーがも美味しそう!」
「そりゃうまいだろ、なんてったってサッチの作った肉が入ってんだぞ」
「えへへ…ラクヨーもつくってくれたよ!」
「うん?……あぁ、まぁ、そうだな。…ほら、いいからとっとと食っちまえ。エースあたりから取られるぞ」
「ハッ、そ、それはやだ…いただきます!」
「はいよ」
言いながら、ばりばりざくざくと頬張る末っ子を見る。パイ生地バンズのせいで彼女の周りには零れ落ちたパイ生地だらけで、後片付けが大変そうだと思ったが、まぁ、美味しいだなんだと目を輝かせる様子を見ていれば悪い気はしない。おれは彼女の口端についたタレを拭うと「満足か」と訊ね、かえってきた笑みに息を漏らし彼女の頭を撫でた。