バレンタイン(阿久津/黒岩/九十九&杉浦/綾部)


■阿久津
 バレンタインに用意したチョコレート。何度も何度も試作を重ねて作った手作りのブラウニーはひび割れも無く綺麗に出来たが、半グレ集団RKのツートップである阿久津大夢が果たして受け取ってくれるか。なんせ、阿久津からすれば、何日かけようがかけまいが知った事では無い。ゆえに「いらねぇ」と一蹴されるかもしれないと思っていたのだが、目の前の大男は「食わせろよ」というと、華奢な腰を抱いて片膝の上へと招いた。
「え、あ、えっと」
 思わず驚き動揺に揺れる声。その反応に阿久津はくつくつと喉で笑うと「バレンタインなんだろ?少しはサービスしろよ」と言って、強請るように口を開いた。

■黒岩
「ねぇ、一応聞くけどバレンタインチョコレートいる?」
 グラスの中で氷がカランと音を立てる。テンダーで隣り合ったのは単なる偶然で、特に用事も無かったが今日はバレンタインだ。別に彼専用に用意をしたわけではないが、運よく会った者に渡そうかと忍ばせた小さなチョコギフトを思い出して訊ねると、黒岩は此方を一瞥することもなく「いらねぇ」と返した。
「ですよねー……」
 沈黙。分かっていた事ではあるが、黒岩との会話は弾まない。試しに「チョコ何個貰った?」と聞いても「なんでお前に言う必要があるんだ?」と言うし、この男はそもそも会話をしようとすら思っていないのかもしれない。××は大人しくグラスにある残りを飲み干して帰ってしまおうかと一気に煽ったが、グラスを置いたタイミングで黒岩が口を開き、テンダーの店主に向けて呟いた。
「マスター、同じものをもう一杯。代金はこいつで」
「ちょっと、なに勝手に」
「バレンタインに渡すものは、甘いものだけじゃなくていいんだろ」
 そう言って、ようやく此方を向いた瞳が笑う。なんて男だ。当然ここで取り消しだと言う事も出来たし、何より何か言い返してやりたかったが、そのあとが怖いような気がして、××は誤魔化すように「マスター、私はバレンタインにぴったりのお酒を!」と声を掛けた

■九十九&杉浦
「フヒヒッ……まさか××さんからバレンタインチョコを頂けるとは。嬉しいですなぁ、杉浦氏」
「そうだね、九十九くん。僕たちのお客さんってバレンタインに縁が無さそうな男の人ばっかりだから……やっぱり××さんがいると華になるというか」
 あ、座ってて。お茶とか用意するから。そう言って機嫌よく笑みながら声を弾ませる杉浦と、ソファに座らせたあとには冷えてはいけないとブランケットを持ってきた九十九。商談スペースとしても使用している机の上に置かれた白い箱を見た九十九は、ロゴの入っていない真っ白な箱を見て「もしや、手作りですかな?」と訊ねるが、そのそわつきようったら。手作りであると分かった彼は杉浦に「ややっ、杉浦氏!これは手作りだそうですぞ!」と伝えると「わあ、楽しみだね!」と彼らは笑い、××はプレッシャーにウウと呻くことしかできなかった。

■綾部
「バレンタインチョコ……を、俺に?……はは、バレンタインチョコレートなんて初めて、あぁ、いやいや、子どものころ以来だな」
 差し出した箱を前に目を瞬かせる綾部。彼の話が本当ならば、これが初めてと言う事になるが反応を見るに彼は受け取ってくれるらしい。そのあとに続く「お前も可愛いところがあるじゃねぇか」だの「お前が俺にねぇ、何か企んでるんじゃねぇのか」という言葉は余計だが、そこに続く彼の笑みを見ると可愛いイキリでしかない。
「まぁ既製品でも嬉しいもんだな」
「なんだよ、どっかで買った奴だろ?なぁ、これ高い奴か?」
 機嫌よく尋ねる彼に向けて「……いや、それ手作りよ。結構気合入れた奴」と伝えると、綾部は硬直したあと今更渡された意図を理解したように顔の中心に熱を集めると「お、おう…そりゃあ、……どうも」と普段よりもぎこちなく言葉を溢した。