「おお……ブルーノにしては珍しいものを買ったんじゃない?」
港を発つ前に購入したものを見て、手のひらほどの小さな竜が零す。
船内ギャレーのキッチンに、大きな肉塊が一つ。全体があずき色で刺しの入っていないそれは薄い膜に包まれており、重さは六キロほど。まずは包丁で切れ目を入れる。それから膜の一部を裂いた後は、左手で膜を引っ張りながら右親指を膜の下に潜らせて、丁寧に膜を剥がしていく。
ぞりぞりと聞こえる音は存外耳障りの良いもので、剥がされた膜がゴミ箱に行かず、口元に向けられると、小さな竜・アネッタは尻尾をピンと伸ばしてパクリと食べるが、口の中に広がる独特な味の美味しさったら。彼女は全てを口の中に入れると、噛み切れないそれをガムのようにくちゃくちゃと咀嚼を繰り返していたが、返答が無いあたり、これでも食べて黙っていろという口封じだったのかもしれない。
アネッタは大人しく、膜が剥がされ、それから長方形にサク取り作業をする光景を眺めていたが、丁度よく酒を漁りにきたジャブラがその沈黙を破る。
「お、レバーじゃねえか。牛か?それとも馬か?」
明らかな興味心。ブルーノは眉間に皺を寄せながら息をついて、言葉を返した。
「……牛だ」
「へぇ、そりゃあいいツマミになりそうだな」
レバーってことは日本酒がいいか?ジャブラは舌なめずりをしてブルーノを見る。それから隣でもちゃもちゃくちゃくちゃと咀嚼を繰り返しているアネッタに気付いて「オメーは毒見か?」と尋ねるのは、聞いての通り単なる意地悪か。小さな竜はカチンとくる物言いに、口にある膜を飲み込むと尻尾をピンと伸ばし、ついでに背に纏う岩を逆立てながら咆哮をして怒りを主張するが、出た音は「ミ゛ャー!」という猫じみた声だ。当然威圧感なんてものは無くあっさりと片手で転がされてしまった。
「ギャハハ…!一丁前に吼えやがって」
「あーん……ブルーノ助けて、ジャブラがぁ……」
ひっくり返されて、片手でもちょもちょと柔らかい腹が撫でられる。別に痛いわけでもないが、揶揄われるのは御免だ。アネッタはたまらずブルーノに助けを求めたが、ブルーノは我関せず。彼は切り出したサクに残る膜を削ぐと、ひっくり返されたアネッタの口元へと向けて、数秒遅れで開かれる口の中へと落とした。
「つうかよ、膜って食えんのか?」
「いいや、人は食べない」
「へえ?!ごみ処理に利用されてた…ってコト?!」
「お前は人ではないだろう」
言いながら、ブルーノは膜を外した牛レバーのサクを撫でる。それからサクは厚めに切り分けて、角の不格好な部分をアネッタにやるが、流石は牛レバー本体だ。もっちりとした弾力に、ほのかにある甘味と苦み。なめらかな口触りで、口の中に広がる味わいは濃厚で、中々食べることのない旨味がある。
アネッタは思わず目をきらきらと輝かせては「うわ、おいし!」と尻尾を激しく揺すってはジャブラの手をはねのける。それから生レバーに魅了された小さな竜は寝返りを打ち、ずりずりと四つん這いになりながらジャブラの指の隙間から鼻先を出してフンフンと鼻息を荒く強請った。
「もっとほしい!もっと食べたい!」
「おお……野生が出てきたか?オイ、ブルーノおれにも寄越せ」
「生で食べるつもりか?……生はカンピロバクターによる食中毒の可能性がある。焼くまで我慢しろ」
「あぁ?!なーに勿体ねえこと言ってやがる、レバーと言やぁ生だろ!」
「ねぇブルーノ!私も生のやつがいい!」
やんや、やんや。ああ、結局面倒なことになってしまったとブルーノが嘆く。これだから調理の間は一人の方が良いのだと零したが、今言ったところで後の祭りだ。ブルーノはサク一つ分を切り分けて、一つの皿に分けて出してやると「これが、お前たちの分だ」と釘を刺したが、酒だつまみだと喜びながら食す彼らを見ていると、どうにも一皿で済みそうにはない。ひとまず、ブルーノは自分の分だけを死守して切り分けていたが、機嫌のよい様子で生レバーを食すジャブラが「そういやオメーが肉を切り分けてると、人肉解体屋って感じがすんな」とノンデリをかまし、ブルーノは無言で皿を取り上げた。
「食事は不要のようだな」
機嫌の悪い言葉に冷ややかな眼差し。それを耳にしながらアネッタは「やーいやーい、ノンデリなこと言うから悪いんだ」と自分は食べてもいいだろうと腕によじ登っていたが、一皿で与えたということはワンチームだ。ブルーノは連帯責任ということでちいさな竜の首根っこを掴んで持ち上げて「お前も抜きだ」と静かに言い放った。