【IF③】末っ子が可愛くて仕方ないお兄さんたち

「こん……っなに軽くなっちまって……!」

 ようやく体調も戻り、食事も普段通り……いいや、それ以上に食べられるようになった頃。ひょいと身体を抱き上げたサッチが大げさに嘆き、おいおいと泣く。確かに彼の言うとおりで、体重は五キロほど落ちてしまったが、この世界に来てから三キロも増えていたので、痩せたのは正味二キロほど。だから泣くほどのことではないと思うのだが、サッチを筆頭に、大人たちはなぜか太らせようとしてくる。

 マルコ曰く、ほかの女性と比べても体重が軽すぎるせいだと言い、サッチにいたっては羽のように軽いと力説するが、勿論そんな事はない。ちゃんと普通に重いのにな。アネッタは目の前に盛られたピラフを食しながら思う。海老にイカにタコ。シーフードが沢山入ったピラフはそれぞれの旨味が凝縮して、口いっぱいに海の風味が広がる。そういえば、元の世界にいたときもこんなに豪勢なピラフなんて食べれなかったが、此処では定番メニューなんだとか。ギャレーを見渡せば、シーフードじゃなくて肉がゴロゴロ入った飯がいいよなぁ、なんて嘆く声と、それを叱るサッチの声が聞こえたが、私もこの生活を続けたらああやってお肉が恋しくなったりするのだろうか。

 そんなことを思いながらまた一口頬張っていると、とつぜん日本人女性の体重は、海外女性の平均体重を十キロほど下回っているという記事がバズっていたことを思い出す。あの時は、スラリとした外国人の画像を見ては本当なんだろうかと疑っていたが、今なら分かる。彼らの反応を見るに、多分、本当なんだって。
 とはいえ、これから十キロも体重を増やすのは、正直気がひける。だって十キロなんて相当だ。もちろんサッチやマルコの意図だとかそういうのは分かるが、それだけ太ったら顔とか、それからお腹だってむちむちになってしまうんじゃないだろうか。……ひとまず太って見えないように体重を増やすのは、目下の課題かもしれない。

 アネッタは、目の前にあるピラフを平らげてスプーンを置くと、とつぜん隣からにゅっと差し出されたエビとブロッコリーを差したフォークを見て、ぱくりと頬張った。

「んむ……ハルタってエビとブロッコリー苦手だっけ?」

 むぐむぐと咀嚼をし、飲み込んだ後に差し出し主を見て尋ねる。その言葉にフォークを引いたハルタは「いいや?ただの餌付け」と笑うが、その言葉にはどこか意地悪な色を潜ませている。

「……、……ハルタってお姉さんにモテそうだよね」
「は?」
「いや、こっちのこと」

 和らいで半月を描いていた双眼が驚き丸くなるが、どういうことだと追究されても地雷を踏みぬきそうで怖い。アネッタはフォークを手に手前にあるまっさらな皿を見た後、いまだこんもり盛られているハルタの皿からブロッコリーを刺すと、今度は彼の口へと寄せて「じゃあ私も餌付けしちゃお」と誤魔化した。

「おれのなんだから、餌付けとは言わないだろ」
「そうかな?」
「そうだよ」

 言いながらもしっかり食べてくれるハルタに、やっぱり手慣れているとやけに冷静な頭が考える。やっぱり海賊って強いから女性にモテたりするんだろうな。ちょっと強面な人が多いけれど、みんな優しいし、それでいて恰好いい。きっと船を降りたら引く手あまたなんだろうなぁと白ひげ海賊団のなかでも可愛らしい顔立ちのハルタを見ていると、それを近くで見ていたラクヨウやビスタが「お前ら付き合ってんのか?」「不純異性交遊は感心しないな」と茶々を入れてきたが、それはそれで指摘がズレている気がしてならない。
 なのにハルタはハルタで「不純じゃなきゃいいのか?」と言うし、デザートを持ってきてくれたサッチは膝から崩れ落ちるし。思わず「ツッコミがいないとこうなるんだね」と言ったけれど、ハルタは機嫌よく、けらけらと笑い続けていた。

 お嬢は、写真家になれそうだな。
 久しぶりに降り立った街中で、風景や街を歩く野良猫などを撮っていると、微笑ましそうにイゾウが呟く。写真を撮ろうと思ったのは、彼らとの思い出を少しでも残すためだったのだったのだが、そういえば、この世界ではカメラが贅沢品で、所持率もかなり低いと聞いた事がある。であれば、こういった光景は比較的珍しいのかもしれない。アネッタは、携帯をイゾウと、それから買い出しに付き合ってくれたハルタに向けると、二人は嫌がりもせずに笑みを浮かべて、ついでにピースサインまでしてくれた。

「んー……写真家も悪くないんだけど、写真家になりたいというよりも、いまのこの光景を思い出に残したいんだよね。この携帯に元の世界の記録があるように、この世界の記録も残したいんだ」
「確かに、その携帯ってやつは見たいときに写真を見ることも出来るし、便利だよな」
「文明の利器だよねぇ」

 元の世界に帰ることが出来ると、今となってはあまり思っていない。けれども、もしもの日がきた時に、思い出を一つも持って行けないのはどうにも寂しくて、それから慌てたように記録を残し始めたが、随分と撮影できたのではないだろうか。アネッタは試しに画像フォルダを覗くと、少しの違和感に手を止めて呆然と呟いた。

「あれ?」
「お嬢、どうした?」
「充電が減って、写真も減ってる……」

 時が止まったように、いくら扱っても充電が減らずに百パーセントを示し続けていた充電が、僅かに減っている。それに、画像フォルダにあったはずの写真も明らかに枚数が減っており、お気に入りマークをつけていた幼馴染との写真もいくつか無くなっている。アネッタは瞬いたあと、さほどショックではない自分にも驚き、小さく息を落とした。

「……やっぱり、私は」

 元いた世界の痕跡が薄まるなかで、以前より食べられるようになり、それから最近やけに体調が良くなっているのは、もしかしたらこの世界が自分のことを受け入れているのかもしれない。馬鹿げた話かもしれないが、そう考えたほうが、なんとなく腑に落ちるような。彼女は自分の手を見つめた後、心配そうにこちらを見つめるハルタとイゾウを見て笑ってみせた。

「ううん、なんでもない。それより!今日はこれまで貯めたお小遣いで、いっぱい買うんだから付き合ってよね」
「そりゃあいいけど、…なぁ、イゾウ知ってるか。アネッタって結構趣味悪いんだぜ」
「え?」
「そうなのか?」
「この間なんてエプロン買ってたんだけど、その柄が……」
「かたつむり柄は可愛いですう!」
「はは、じゃあおれたちも物選びに付き合おうじゃないか」
「イゾウも否定してよぉ!」

 イゾウはやっぱり笑っていた。それに、ハルタも楽しそうに笑っていた。なんだか小馬鹿にされているような気はするけれど、でも、妙にいまが居心地よくて、このまま終わりにするのも勿体なくって。携帯をポケットに入れると、彼らの手を取って歩き出した。

 このとき、彼女は終わりの時が近いことをなんとなく予期していた。
 きっと、元いた世界への道が途切れると、彼女だけはなんとなく分かっていた。