不器用な人(🐆)


 ロブ・ルッチに呼び出されて暫く。てっきり任務の事で怒られるのかと身構えていたが、言葉も無く袋が置かれて瞬く。一体これは何だろう。尋ねるにも、ルッチはひとり椅子に座り、給仕係に持ってこさせたウイスキーボトルを開いてグラスに注いでいる。
 いや、まぁ、怒られる事が無いのであれば良いことか。アネッタはひとまず差し出されたそれを開き、袋を逆さまに返す。その瞬間、ルッチが瞬き「雑にも程がある」とか何とか言っていたが、仕事じゃないのだから目を瞑ってもらいたい。

 そうして袋の中から出てきたのは、白色の封筒と便箋のはいったレターセットと、長方形の黒い箱であった。長方形の箱はおよそ三十センチ程度。振ってもとくに音がしないあたり、何かしっかりと固定されているように思えるが、一体なんだろう。疑問に思いながら箱を開くと、其処にある瑠璃色の美しい羽を使った羽ペンに声を弾ませた。

「これ……オオルリイロガラスの羽だ!」

 アネッタは金色の瞳を瞬く。瞬く瞳にぱちぱちと爆ぜる星。それはまさに宝物を見つけたというような、驚きと興奮が入り交じっており、目を輝かせる彼女はその美しい羽を見つめてホウと息をついた。

「これ……どうして……?」

 オオルリイロガラスの羽は、子供の頃に一度だけ欲しいなと強請ったことのあるものだ。あれはそう、今から十年以上前。まだ図鑑を読んでいたような年だ。文字があまり読めないながらも図鑑に描かれた美しい羽がどうしても欲しくて、任務に出るルッチの手を引いてこれが欲しいとおねだりをしたことがあった。まぁ、あの時は当然ながら手を払われて、お土産だって貰えなかったが、まさかこの年になって出会えるなんて。それに、あのロブ・ルッチが何かをくれるだなんて珍しい。

 いつぞやに願ったオオルリイロガラスの羽に、ロブ・ルッチからのプレゼント。二つの偶然はあまりに出来すぎているように思えてならない。そんな思いから尋ねると、ルッチはグラスの中にある氷をカランと滑らせると鼻で笑い、厳しい物言いで呟いた。

「自惚れるな、これは任務に必要で用意したものだ」
「任務?」
「あぁ。それでグランチェス伯爵の息子に手紙を書け。以前参加した舞踏会のあとに手紙を貰っていただろう」
「え?あ、うん…内容はなんか…すごいどうでもいい世間話だったけど……」

 グランチェス伯爵はグランチェス地方の領主で、その息子とは随分と前に舞踏会で話したことのある男だ。あの時は潜入捜査に必死で大して話をしていなかったと思うのだが、一体なにがお気に召したのか、あれから熱心に手紙を送ってきてくれている。
 そういえば、手紙の内容があまりにもどうでもよい自慢ばかりだったので、最近は返事もおろそかになっていたっけ。だから、いま返事を書けば両手を上げて喜んでくれそうなものだが、あれに手紙を書けというのだ。何か思惑があるはず。尋ねる代わりに視線を向けると、ルッチは息をついて簡潔に告げた。

「あの馬鹿を利用して伯爵の叔父に接触を図る。……ついてはお前から接触したほうが早い」
「あ、だから接触に向けた手紙を書くってことね」

 何も言わず、一杯グラスを煽るルッチ。ははぁ、なるほど。これはそのために必要だと用意したものか。理解できたが、別に手紙くらい新品を用意せずとも持っているのに。そう思いはしたが、その突っ込みは野暮に思えて羽ペンを見つめた後、早速一式を開いて、便箋に羽ペンを滑らせる。
 さらり、さらり。書き味の良いそれは、便箋の上を気持ちよく滑ってくれる。だから一枚を書き終えるのに、時間はそうかからずに「かーけた」と言うと、インクを乾かせるためにふうふうと息を吹きかけて、ルッチへと向けた。

「はい、どうぞ」

 受け取ったあと、ルッチが眉間に皺を寄せる。その露骨な態度に笑うアネッタは「まずはお礼を書かなきゃ!」と言って、日ごろの感謝を連ねたルッチへの手紙を指したが、そんなものは要求しちゃいない。バカヤロウ、誰がこんなものを書けと言った。そう言いたげな視線は突き刺さるし、手紙はぐしゃりと握りつぶされるし。それでもこの場で燃やされないだけまだマシか。机の上に乗ったハットリが呆れたように息を吐く。それにアネッタは「試し書きついでなのに」と唇を尖らせたが、特にこの場で書くなとは言わないあたり、この場での執筆作業は許されているらしい。

 さらさらさら。拝啓、グランチェス・テオ様。そこから続くはそれらしい手紙だが、書いている間にもカラン、カランと心地よい氷の音が響く。アネッタは適度にルッチとの会話を楽しみ手紙を書き続けたが、ルッチは最後まで追い出すこともなかったし、一仕事終えたあとにも「ご苦労」と言い酒を煽るだけで、続くアネッタのお喋りに耳を傾けていた。