初めて彼女を認識したのは、短日でも良いからマネージャー業を手伝って欲しいと連れてこられた時のこと。聞けば、バレー経験はない上に興味無し。引き受けたのだって猫又監督に恩義があり断れなかっただけで、「ルールなんて知らないし、最低限の事しか出来ないからね」と宣言する姿になんて可愛げのないと思ったのは、少なくとも俺だけではなかった筈。ただ、そんな第一印象が悪い方向に転じなかったのは、宣言の割にしっかりと裏方作業を遂行してくれていたからなのかもしれない。
「……あのさ、手、痛くないの?」
尋ねられた言葉に、瞳が瞬く。彼女の視線は、幾多のスパイクを受けて赤く腫れた腕に向いているが、未経験者からするとこの腕は疑問に思うほど痛々しく見えるのだろうか。
そういえば、バレーを始めた時には同じような事を思っていた気もするがバレーを初めてすぐに夢中になった自分とは異なり、彼女は経験する術がないし、経験する気もないだろう。俺は少しの間を置いて「そりゃあもう、見てのとおり痛いよ」とスパイクを受けた事で赤くなった腕を笑い混じりに見せると、彼女は長い睫毛を伏せながら言った。
「痛いのに、どうして続けるの?」
嫌味でも無く、呆れでもなく、純粋に疑問と興味心から向けられた言葉。バレーどころかスポーツに興味があるわけでもない彼女からすれば、目の前で繰り広げられる熱い戦いも到底理解し得ぬものなのかもしれない。勿論、その答えとしてバレーに向けた情熱を語るのは容易いが、語ることで彼女が理解し納得するかは話が別だ。よって「それは自分で探った方が、面白いんじゃないの」と続けたのは、今考えるとちょっとした悪戯もあったかもしれないが、まさか、以降も手伝いに顔を出すようになるとは思わなかった。
「悪い、待たせたか?」
「ううん、私もいま来たところだから気にしないで」
烏野との試合を終えたあと、少し会えないかなと連絡を受けて向かった先で彼女に声を掛ける。彼女はいまだ制服姿のままで、目元が赤い。それを見て親指の腹で目元を撫でるのは、それを許された関係であるからで「泣かせちゃったか」と尋ねると、××は双眼を細めたあと、それに答えるわけでもなくただ一言呟いた。
「……私、やっぱり…黒尾がどうして痛い事を続けるか分からない」
「うん?」
「あの烏野のお団子頭の…アズマネ?さんのスパイクはとんでもなく痛そうだし、多分、実際痛いと思うし。ボールが汗で滑るほど汗だくになるし、きつそうだし、帰宅部の私からすればどうして痛い事やきつい事を続けられるのかも理解できない。……でも、黒尾が楽しそうで、ただ、恰好良かったよ」
彼女にしては熱の籠る言葉。どちらかと言うと研磨に似た性格な癖に、研磨と言い今日は一体どうしたというのか。恐らく、目の腫れが引かぬうちに今日ここに呼び出したのも、これを伝えたかったのであろう。そう思うと、なんだかたまらなく胸が熱くなって、俺は彼女の肩口に顔を埋めながら小さく零した。
「あーあ……、××ちゃんをもっと上に連れていきたかったなー……」
彼女の興味がせっかく芽生えたというのに、もうおれの高校バレーは終わってしまった。理解していた筈なのに、彼女があんまりにも嬉しい事を言ってくれるものだから妙な悔しさを孕んでしまった。そして、そこでようやく終わりを実感した俺は息を零して「もっと上を見せてやりたかった」と似たようなことを続けたが、彼女は何を言うわけでもなく、背中を優しく叩いた。