奇しくも、互いに正義を背負う世界政府直下の暗躍諜報機関サイファーポールNo.9と、海軍組織である海軍犯罪捜査局は、捜査内容が被る事がある。毛色は違えど互いに正義を背負う者同士、協力体制を築けたら良かったのかもしれないが二つは別組織。彼らが仲良しこよしで手を取り合う事は無く、海軍犯罪捜査局はいくら要望しても情報が降りてこないと頭を悩ませていた。
「おう、CPんとこの」
その日、海軍犯罪捜査局のテンセイが海軍本部の敷地内で声を掛けたのは、ひとりの女であった。年齢は二十台前半か、それよりも手前か。兎に角未だ幼くも見えるその女は海軍本部の中で一等目立つ黒ずくめの恰好をしており、足を止めた女は愛想の良い笑みを浮かべて会釈程度に頭を下げた。
「こんにちは、テンセイさん」
「ああ、……サイファーポールが我が物顔で此処に居るとは……」
「いえ、いえ、我が物顔だなんてそんな。私はただお使いに来ただけですから」
「お使い…ってェと、海犯局が要望を出したものか」
「?いえ、恐らく違うものかと」
宛先は先日連絡を頂いたセンゴクさんだったので、とアネッタ。となれば、彼女の推察通り全くの別情報と言う事だろう。……全く、此方はひと月も前から情報の開示請求をしていると言うのに酷い話だ。呆れて物も言えねェ。テンセイはサングラスの奥で双眼を細めたあと、組織の中でも若手で人懐っこいと噂の彼女に向けて尋ねた。
「じゃあいまはお使い帰りちゅう事か」
「ええ、無事にセンゴクさんにお渡しも出来ましたし、ついでにガープさんからもお煎餅を頂いたのでこのまま帰ろうかと」
「ほう、そりゃあええ事を聞いた。……それじゃあ、交流がてら茶でもしばかんか」
「……ええ?何か企んでます?」
温順そうな見た目に反し、鋭いなとテンセイ。
流石はサイファーポールの女だと誉めるべきか、それとも悪手だったと反省するべきか。彼女の瞳に佇む中央の瞳孔が、人柄を見極めるよう細くなり、沈黙は肯定だと語る。それにより疑惑は彼女の警戒心を呼び覚ますが、折角の交流機会を潰すのは勿体ない。彼は懐に忍ばせた土産品であるどら焼き一つを差し出して、瞬く瞳に一つ笑いかけた。
そうして得られた少しの時間。鍛練場が目前に広がる縁側に腰を下ろすと、半分に割られたどら焼きが向けられる。それが単純に律儀な性格ゆえか、それとも企み全てを受け取りはしないという意思表示かは分からない。けれどもそれを受け取った時の笑みは先で聞いていたとおりに人懐っこく、一口頬張ったあとの彼女は「それで、賄賂なんてくれちゃってなんのつもりですか」と尋ねた。
「うん?随分とはっきり言いんさんな」
「だって、テンセイさんのような御立場の方が私相手に茶でもしばこうってあり得ない事じゃないですか」
「そうか?」
「そうですよ、……まぁとはいえ私も守秘義務がありますから、伝えられる事と伝えられない事がありますが」
一言話す度にどら焼きを頬張るアネッタ。余程気に入ったのか彼女の頬が膨らんで、咀嚼しているうちはなんとなくハムスターだとか、リスだとか、そういう小動物に見える。半分に割られたどら焼きに視線を落とした後、一口分を割って残りを彼女に向けながら尋ねた。
「……それじゃあ、此方が情報の提示をするよう言っとることは知っとるか」
「ええ、まあ。詳しい事は知りませんが」
ありがとうございます。嬉しそうに目じりを下げる瞳が見つめたあと、どら焼きを受け取ってもう一度頬張る。…が、次の言葉は少しばかり予想外だったらしい。彼女は露骨に嫌そうな顔を向けた。
「なら話は早い、アネッタにはそれの協力をしてもらいたい」
「……残念ながら私みたいな下っ端が協力できることはありませんよ、権限なんてものは持ってないですし」
「いいや、何もあの司令長官相手に交渉をしろと言うことじゃあない」
「……まさか、情報を横流ししろと言ってます?」
そんなことをしたらどうなるか。それは、仮にも海軍組織の一部である彼がよく知っている筈ではないか。しかしサングラスの奥にある瞳は決してそれを冗談だと締める事は無い。それどころか先にはなかった多少の圧を含んだ言葉が「多少のオイタをしたところで、希少種族が殺される事はないじゃろう」と脅しかけた。
「……どら焼き貰うだけじゃあ、釣り合わないですよ」
彼女の事は、海軍組織の中でも上位層のみ知らされている。希少種族・竜人族の生き残りのアネッタ。世界政府より観察管理対象者として生かされている彼女は、恐らくちょっとやそっとの事で命が揺るぐ事は無い。正直、それを手として使う事は仁義に欠けるが、それでも協力姿勢の無いCPの現状を考えれば致し方ない選択肢だ
テンセイは、言葉を濁らせる彼女に向けて畳みかける。
「しかしその情報が有るのと無いのでは、捜査の進み具合も結果も変わる。……つまるところ、滞りなく捜査が行えるよう協力者が欲しい」
「協力者……」
もう一口、どら焼きを頬張る。
ああ、餡子の甘味が先ほどよりも重い。
「……でも、残念ながら難しいでしょうね」
「ほう、それは一体どうして」
「希少種族でも、裏切りの対価は死ですから」
その言葉は、いやに静かであった。
それこそ、ただのハッタリではないと経験したかのような。
落ちる視線を暫く眺めたあと、後ろに手をついてゆっくりと息を吐き出しながら乾いた笑いを一つ二つと落とし、世辞でもなんでもなく、ただの本音を呟いた。
「……なるほど、…はは、互いに面倒なもんじゃのう」
「ええ、全く。だから面倒ごとはもう結構です」
食べ終えたアネッタは、包みを握りつぶして立ちあがる。それから「今日のお話は内緒にしますから、また美味しいもの期待しますね」と呟いたのはちょっとした仕返しと言うもので、テンセイはその言葉に初めて瞬いたあと、息を吐き出すように笑って「まさか、たかられる事になるとは」と零した。