それは本能だった

 アネッタは、とにかくキラキラしたものが好きだった。硝子だったり、宝石だったり。それはもはや“財宝の守護者”と呼ばれたドラゴンの本能で、それらに惹かれるのは仕方のない事だと考えていた。――いくら躾けたところで、その体に刻まれた本能そのものを止める事は、誰にも出来ないからだ。
 しかし、今回はやけにしつこかった。

「アレ、欲しいなぁ」

 いつもはせいぜい百ベリーとか、一万ベリーとか。高くても五十万ベリーと、手に届くものを強請っていたのに――今回は”悠久の青”と名付けられた宝飾品を欲しがったのだ。
 金色の瞳に映した特大の青い宝石。ネックレスの中央に鎮座したそれは、緻密なカッティング技術により自然発光しているのではないかと錯覚するほど燦然と輝いている。
 ――使われた鉱石は不明の石で、成分分析でも特定できなかった“悠久の青”と呼ばれる宝飾品。その値段は、とてもじゃないが手が出ない代物だ。加えて、今でこそこうして司令長官室にて保管をしているが、“悠久の青”の所有者はターゲットであるバロット侯爵にある。これを入手する事は出来ない。

「……」

 それを理解している筈なのに、アネッタは透明な保管ケースに入った“悠久の青”を見つめていた。
 よほど気に入る要素があったのか。それとも、ただキラキラギラギラとしているからなのか。随分としつこく執着の粋に入り始めたその様子。何も言わず、ただボンヤリと見つめる姿に、違和感を覚えた。

「それが欲しいんか」

 弾ませない、冷たい音。
 普段であれば、その音ひとつで機嫌を察して、誤魔化すはずなのに彼女は此方を見ない。視線は透明なケースに入った宝飾品に向いたまま。アネッタはポツリと呟いた。

「無理なのは分かってるんだけど――」

 長い睫毛の先にある金色の瞳が、宝飾品の輝きを受けてきらりと光る。

「絶対に、欲しいんだよね」

 その声色は同様に静かだが、あまり感情が見えない。
 諜報員として喜ぶべきなのか、それとも生意気だと怒るべきか。
 ファンクフリードを護身用に、御付きにルッチを連れて席を外した司令長官室は静かで、いつもとは異なる落ち着いた時間が流れていた。緊急を有する状況だったのか、一つ限りの机にはいまだ書類が散らばっており、守秘義務が徹底されているようには見えない。
 それを沈黙ついでに裏に返してやりながら、先の言葉をもう一度思い出した。
 無理だと理解しているのに、絶対に欲しいとは一体。
 理性と強欲を兼ね備えたその発言。強奪しようとは思っていないのか、彼女の手は保管ケースに触れてすらいないが、視線は魅入られたようにそのネックレスを見続けている。
視線は外れない。此方を見ようともしない。……おかしい。何かがおかしい。
 仲間内ではよほど気に入ったんだろうと言う話だったが、楽観的にもほどがある。

 だって、“わしを見ない”ではないか。

 その違和感を放念することも、見ないふりで放置することも出来ずに肩を掴む。それでも視線は離れずに、掴んだ肩をぐいと引いて此方を振り向かせると背後に保管ケースがあることも構わず机に押し付け、そして目を合わせた。

「ん、……っと、……?」

 困惑したような、揺らいだ眼差し。先程まではあんなに目を合わせようとすらしていなかったのに、どこか機嫌を確かめているようなその様子。なにかネックレスを見つめている時とは異なる感覚に、無意識に抑えていた呼吸が落ちる。

「……ちゃんとわしを見んか」
「え、あ、うん、ごめん……?」

 肩にある手を緩め、そのまま頬を撫でる。アネッタは不思議そうにしていたが――うん、いつも通りだ。
柔らかい頬が手のひらに触れて、少しだけこそばゆそうに片目を閉じる。そのまま閉じた目元をツイと親指の腹でなぞると、いよいよアネッタは不思議そうな顔で頭上に疑問符まで浮かべていた。
 ――しかし、その時だった。キーンと耳鳴りのような音が響きだした。
 冷たくて、無機質な細い音。音の元は分からない。しかし、アネッタが表情を顰めてツノ付近に手をやって、痛みを訴えた。

「……ン……ちょ、っとまって……頭、が」
「……なんじゃ、この音は」

 アネッタの長い睫毛が下を向くのを見て、彼女の身体を抱き寄せる。その時、彼女の角が淡くだが一部光っているように思えて、不意に前の保管ケースを見ると、ネックレスの中央にある宝石が淡い光を放っていた。
 正体不明の宝石に、なにかにとりつかれたように見つめるアネッタの眼差しと、光るツノ。――もしかしたら、これは。

「……共鳴……?」

 そう気づいたとき、カクは下にあったテーブルクロスを引き抜いて、保管ケースを遮っていた。……何故かは分からない。けれども、いまこれを止めるには必要だと、そう思ったのだ。保管ケースは遮って、大事な彼女は抱き寄せて。小柄な彼女は角を押し付けながらも胸にすっぽりと収まっていた。
 その一方で頭にあった痛みがなくなったのか、ゆっくりと深呼吸をして疲れた顔で「いたかったぁ……」と言っていたが、……きっと、それがあの石の正体であろう。

「……片頭痛かなぁ……」

 呑気な彼女は気付かない。
 でも、それで良い。精神が幼い彼女はまだ、何か一つのことに気を取られやすいのだから。

「さぁのう、……ま、あまり無理はせんことじゃな」
「じゃあこのハグは甘やかしのハグってこと?」
「うん?わはは……どうじゃろうな、わしの気まぐれかもしれんぞ」
「ええ、そんなぁ……」

 腰に回された腕がぎゅっと少しだけ力を籠める。それから胸に頭を寄せられると、やっぱり角が痛い気もしたがそれでも彼女の瞳はわしを真っ直ぐに見ている。その瞳を見ていると、先ほどまであった違和感は全て消え失せてしまい、体重を少し預けながら甘えている彼女の頭を撫でた。

「ほれ、長官が戻る前に離れんとまたドヤされるぞ」

 触れるだけの、口付けも付きで。

「………えへっ、えへへ……はぁい!」

 まぁ、しかし。こればかりは余計だったのかもしれない。
 何か気配に気づいて扉の方を見ればワナワナと震えるスパンダムの姿があった。
――あ、しまった。
 そう思ったが、一つのことに気を取られているアネッタはへらへらと笑い続けていたし、抱きしめたままであった。それによりスパンダムの怒声はエニエスロビーの旗まで届くほど響いて、わしとアネッタは数日間任務を引き離されることになった。