黒手袋

文化祭の準備が始まって数日目。隣のクラスがコスプレ喫茶にすることを決めた中、それに対抗する形で決まったのはゾンビハザードというゲームをコンセプトにしたお化け屋敷であった。

配役としては大きくゾンビ役と退治役の警察官の二つに分かれており、ゾンビ役は驚かせ担当、退治役は主に客引きや受付を担当することになっていた。どうせならゾンビ役で驚かせたかったのだが、くじ引きで退治役を引いたわしは警察官をやることになってしまった。そんなわけで軽い採寸を終えたわしは支給された警察官のコスプレ衣装を身に着けているのだが、わしの姿を見たアネッタは手に持った紙袋を床に落として、それにより空いた片手で口元を隠してぶるぶると体を震わせた。

「んんんんんん、…ちょ、……………そういうのやるなら言ってよぉ……」

まるで身悶えするような口ぶりだ。眉尻を下げながらも目を爛々と輝かせるその姿は、まるで目の前にアイドルか憧れの人が現れたような、そんな表情だった。

「おお、アネッタ。なんじゃ、急に来ておいて。」
「うう、違うの……っ、キャロットがきてきてっていうから…!」
「あはは、アネッタちゃん黒手袋好きっていってたでしょ?だからカクには黒手袋も用意してみたんだよっ」

キャロットは大成功だー!なんて言いながら声を弾ませ、子どものようにぴょんぴょんと体を弾ませている。

「なんじゃ、そんなにこれが好きなのか?」
「んんん、ごめん……実はそうみたいで……、ものすっごくきゅんっきゅんしてる……」

 正直理解は出来なかったが、へなへなとその場にしゃがんで、膝上に両腕を乗せ顔を埋めるアネッタの耳は真っ赤に染まっていたので、恐らく本当にそうなのだろう。まさかこんなに簡単に彼女を意識させる方法があるとは。悔しいような、ラッキーなような。複雑な心境を抱きながら黒手袋を見たが、わしにはやっぱり良さというものが分からない。

「はぁ、これのどこがよいかわしには分からん。」
「いやー……ギャップ的な奴なのかなぁ」
「ギャップ、ねぇ。」

まぁ確かに、普段の学生服姿から大人びた警察官の服装+黒手袋は多少のギャップを感じるかもしれない。しゃがみこんだ彼女の隣に半ばヤンキー座り気味に蹲踞すると、彼女の膝からはみ出た左掌を掬うようにして軽く持ち上げては、そのまま指を絡めてみる。

「じゃあ、手でもつなぐか?」
「はわ…」

冗談交じりに零したつもりだったが、黒手袋を目にしたアネッタにとってはとても良いツボを突いたらしい。

ようやく顔を上げたアネッタは繋がれた手とわしを交互に見ては、ぼぼぼっと火をつけたように顔を赤く染めたので、こちらが面食らってしまった。思わず彼女をじいっと見つめると、彼女は空いた右手をわしの顔の前にやって、あの、とか、ちがうの、とか何か言い訳を並べていたが、その目に見えた動揺がなんとも愛おしい。

「あ、あのねーーー。」

不意にアネッタが真っ赤な顔で唇を開く。恐らくは弁解だとか、そういうことを言おうとしたと思うのだが、その言葉は途中で「お、あっちにも同じ警官コスプレが」というクラスメイトの言葉に遮られてしまったし、それどころかアネッタはその言葉につられて、いや、恐らくは同じ警官コスプレをして黒手袋につられて、一瞬で視線を他所に向けられた。

「………ほーお?黒手袋をしていれば、誰でも良いようじゃなァ……?」
「へ―――?あだだだだ、いたいいたい、カク!手を繋ぐどころかっ、わたしの手が折れちゃうってば、あ!いたいいたい!」

自分で言うのもなんだが、わしは怒っていたと思う。
彼女に絡ませた指に軽く力を込めてやればアネッタは痛みに声を上げながら上下に揺さぶったり、わしの背中を叩いてきたりしたが、ふん、誰が手を離してやるものか。クラスメイトの笑いとアネッタの謝罪が響く中、わしはなんだか腹が立つので、この黒手袋は今日だけにしようと、そう心に誓った。