「可愛いレディ、どうぞ。」
「アネッタお姉ちゃん、ぼくのを受け取って?」
「おっアネッタちゃんじゃねーか、ほら、これやるよ。」
「アネッタ!俺のを受け取ってくれ!」
日曜日。パウリーから飲みに行こうと誘われたわしらは、待ち合わせ場所に向かって水路横の通路を歩いていると、曲り道の角から薔薇を持った男たちが現れて行手を阻んだ。一体何のつもりだとアネッタの前に立ったが、彼らはアネッタに薔薇を渡したいだけのようで、色の異なる薔薇を差し出しながら受け取って欲しいと懇願し、言葉通りにアネッタが受け取ると満足気な顔で立ち去ってゆく。
しかし、これは一度で終わらずに数メートル進むたびに顔馴染みや、友人、職場の同僚たち、果ては初めましての人々がバラを差し出していくものだから、目的地に到着した頃には大きな花束ができそうなほどの量になっていた。
「おお、お前かなり貰ったなァ!」
パウリーが両手いっぱいにバラを抱き抱えるアネッタの姿を見て、機嫌良さそうにからからと軽い調子で笑うと「おれのもやるよ」と抱きかかえた薔薇のなかに手に持っていたらしい一輪の薔薇を挿して、いたずらに笑った。
パウリーが薔薇?パウリーにしては随分と洒落た真似をするじゃないかとアネッタに視線を向けると、アネッタも同じようなことを思ったようで、眉間に皺を寄せて変な顔をしている。
「あ、ありがとう…いや、えっと、嬉しいんだけどさ、なんでみんな薔薇くれるの?」
するとパウリーは眉間に皺を寄せて、口をへの字にして訝しさと驚愕が入り交じる表情を向けた。
「あァ?なんだお前知らないでもらってたのか?あーでも、お前ら去年来たばかりで知らねぇのも無理はねぇか。…いいか、これはウォーターセブンで毎年やってるフェスタ・デル・ボコロっつーイベントでよ、今日は男から好きな女へ、一輪のバラを贈るのがお約束なんだ。」
「…つまりは求愛ということか?」
「まぁ、本気でしてる奴もいりゃあ、さらっとナンパ目的でする奴もいるだろうな。」
確かに先ほどアネッタにバラを渡した男たちは、差し入れのように渡すだけの者がいれば、顔を真っ赤にして渡す者もいたように記憶している。先ほどはわけも分からず見逃してしまったが、あれが求愛行動なのだと分かれば話は別で、何故あの時全て断らなかったのだと、自分自身に嫌気がさしてしまった。
「え、じゃあパウリー………」
「馬鹿、勘違いすんじゃねえ!おれはお試しにと貰ったが渡す相手もいねーしでいらなかったからだよ!!!」
「いいよいいよ、そんな必死に言い訳しなくたってさ。」
「うるせえ!」
隣で愉しそうに他愛のない話を続ける二人の話を耳にするが、どうにも腹立たしさが消えない。花に罪はないと分かっていてもあの薔薇一本一本に情が籠っていると思うと非常に不快で、今すぐに燃やしたいくらいなのだが、アネッタときたら、求愛の印ともいえるバラだと分かったというのに、嫌そうな顔を見せるどころかバラの花束を抱きしめてどこか嬉しそうに表情を綻ばせているではないか。
「随分と嬉しそうじゃのう」
わしは少しばかり棘のある言葉を零す。
「……ん、ふふ、綺麗だなぁと思って。」
「………なんじゃ、花を愛でるタイプじゃったのか?」
しかしアネッタは棘なんか気付いちゃくれずに、にこにことしながら薔薇を見つめている。
「失礼ねぇ、花を嫌う人なんてそういなくない?」
「いや、昔から一緒におるが花を愛でているところなんて見たことなかったからのう。」
「それは……、……ただ、なんとなく私には似合わないような気がして、自分から手に取らなかっただけ。」
正直意外だった。花とは無縁なグアンハオで育った事も、その要因の一つではあると思うが、彼女はグアンハオを出たあとも、私物に花柄を使ったものは持っていなかったし、彼女が花を愛でるところも見たことがなかったから。これだけ長い年月を共にしてきたのに、知らなかったことが出てきたことでいま抱いていた不快感や嫌悪感が一瞬にして消えさって、驚きが上書きされていく。
「おやまぁ、随分と張り切っている花売りがいると思ったらアネッタちゃんじゃないか。」
丁度そこに手押し車を押した花屋の女主人・アディーさんが通りかかってわしらに声を掛けてきた。
「わあ、アディーさん!今日は手押し車なの?」
「あぁ、今日はフェスタ・デル・ボコロだろう?だからブルと、この地上用の手押し車で分かれて売ってるのさ。しかし、アネッタちゃん随分貰ったねぇ…。」
「いやぁ、へへへ。」
そう言ってへらへらと照れたように笑みを浮かべるアネッタ。わしは良いタイミングじゃと心の中でガッツポーズしながらアディーさんの手押し車に乗っている花に視線を向けて「アディーさん、わしも一つ欲しいんじゃが」と問いかけると、アネッタとパウリーはえらく驚いたような表情をしていたが、アディーさんはふっと笑みをこぼすと
「あぁ、構わないよ。というかお代はいいわよ。アンタたちガレーラカンパニーにはいつもお世話になってるからね。色はこれでいいかい?」
と言って薔薇を一本取って見せてくれた。
薔薇は棘を綺麗に処理されており、水を張ったバケツに入れられていたからか萎れた様子もなく、ぴんと張った花弁も茎も黒ずみなく色鮮やかだ。
「おお、悪いのう。じゃあ、少し茎の部分を短くしてもらってもいいじゃろうか。」
「はいよ。これでいいかい?」
「ありがとう。」
ぱちんと小気味の良い音を立てて茎を半分ほど切られた薔薇を受け取ると、わしの後ろで「カクが買うのはちょっと意外だったかも。」「確かになァ。」なんて呑気に話す二人の会話が聞こえる。
「失礼な奴らじゃのう…ほれ、アネッタ。ちょっとこっちへ」
あえて半分以上に短く茎を切った薔薇をもったわしはアネッタにだけ手招きをして、アネッタの左目の角付近にある編み込みに棘の無い茎を挿して、薔薇の花飾りを贈った。花飾りといっても編み込みに差すだけの簡易的な仕上がりである上に、薔薇ゆえ多少派手ではあるのだが、アネッタはそっと花飾りとなった薔薇に触れると少しは気に入ってもらえたのか、薔薇から覗く耳の縁がじわ、と熱を持ったように薔薇と同じ色に染まっていくのが見える。
「んん、………ごめん、急だったからちょっと驚いちゃったんだけど、…えっと、ありがとう。」
なんか照れくさいねと眉尻を下げて照れたようにはにかむ彼女は、花で飾ったからかいつもよりも愛おしく、それでいて美しく見えた。ああ、誰よりも近く、目立つ場所にある”真っ赤な薔薇”が残りの時間虫よけしてくれると良いのだが。
純粋と企み入り交じるプレゼントの効果は、さて。