この女はおれに惚れている!

「あの~、長官?わたしのこと事務作業なんでもやる人だって勘違いしてません…?」

エニエスロビー長官室。秘書よろしく、新聞に書類と乱雑に置かれた机の上にことりと珈琲が入ったマグカップを置いた女は、そのまま椅子に座るおれの後ろに回ると肩に手を乗せて問いかける。こいつの名は〇〇。サイファーポールの一員で、多分、この女はおれのことが好きだと思う。

「なんだ、不服か?」
「ええと…そうですね。私も一応CP9のメンバーですので…その、雑用以外のお仕事がいいなーとか」

そういって甘えた声で強請る女は、まるで胡麻をするようにおれの肩に置いた手で肩を揉む。うん、中々の腕前だ。雑用以外の仕事が良いと強請る生意気さはあるものの、無理だ嫌だと喚くことはないしカリファのようにセクハラと訴えることはない。確かに雑用をさせるだけは勿体ない気もする。

椅子を引いた立ち上げると、女の方へと向き直って女の華奢な腰を抱き寄せると

「そうか、それはすまなかったな。じゃあ何の仕事がいい?おれの秘書か?それともおれの護衛に回るか?」

と問いかけた。
その瞬間、〇〇の返事が返ってくるよりも先にバギン!と異様な音が室内に響いて、おれは我に返って室内に座るほかのCP9たちを見ると、ほかのCP9たちは全員カクに視線を向けていて、カクの方を見遣ればカクはコップを持つような手で固まっているが、その手はコップを持っておらず、代わりに手は水まみれの血まみれで、足元にはガラスが転がっていた。数秒遅れでうっかりカクがコップを握りつぶしてしまったのだと理解すると、同じようなタイミングで腰を抱いた〇〇がおれから離れてカクの方へと駆け寄る。

うんうん。仲間を心配するだなんてやっぱり良い女じゃないか。

「カク、大丈夫?」
「…あぁ、すまん。少しぼーっとしておったわい」
「ならいいんだけど、具合悪いとかじゃない?」
「あぁ」

確かに、いつものカクらしくない行動だ。〇〇はカクの前に跪いて握りつぶした際に怪我を負った手を取って刺さったガラスをある程度取り除くと、カクの胸ポケットからハンカチーフを拝借して、慣れた手つきでぐるりと手のひらに巻いている。しかしあくまでそれは応急処置でしかなく、〇〇は立ちあがるとカクの手を取ってこちらに見えるように持ち上げた。

「あの、長官。治療道具と割れたグラスを片づける道具がないので、医務室に取りに行ってきても良いでしょうか?」
「あ、あぁ、構わない。」

おれが許可を出すと〇〇はやけに嬉しそうな顔で立ちあがって、カクに「ほら、行くよ」と声をかけて共に扉の方へと向かうが、そういえば先ほどの話が止まっていたなと思ったおれは〇〇の背に向けて声をかけた。

「ああ、そうだ。〇〇!」
「あ、はい」
「……んんっ、……今夜、今後の仕事のことについて話さないか」
「え?」

無駄に良い声で誘ってみたが、〇〇は少しばかり驚いたような表情で瞬きを繰り返す。全く鈍い女だ。きっとこれがお誘いだなんてわかっちゃいないのだろう。いやぁ、でもそれが逆に初々しいか。となれば年上のおれが男を見せてリードせねばならない。そう意気込んで扉の前に立つ〇〇へと近付こうとしたそのとき、〇〇の隣に立ったカクが、ぐい、と半ば無理やりに〇〇の肩を抱いておれをじろりと見下ろした。

「申し訳ない、今夜〇〇はわしとの用事があるので難しいようじゃ。…そうじゃろう?〇〇。」
「え、あ、うん。すみません。今回は先約が…カクと少し約束がありまして。失礼します!」

カクは言うだけ言って、ハンカチーフを巻いた手で〇〇の手を掴むと、重厚な扉を押してさっさと出ていってしまい、何故おれからの誘いを〇〇じゃなくてカクが断るのだと疑念は残るものの、カクに手を引かれる〇〇は心なしか頬を染めていて。――――、あれ?

なんだかどうにも腑に落ちない感覚に、おれは首を傾げて残ったCP9の面々を見たが、誰も、何も言ってはくれなかった。