「コンビニ行ってくるね」
時刻は23時過ぎ。リビングで一人優雅に読書をするブルーノに声を掛けて、ハウスシェアを出た私が立ち寄ったのはコンビニ近くの市民公園だ。当然、この時間帯に公園に立ち寄る者はおらず、ぼうっとブランコを照らす街灯に集まる虫のように、漫然とした足取りで其方へと歩みを進めると、ブランコに腰を下ろして大きなため息を吐き出した。
最近、いや、正確に言えばカクとセックスをして以来、なんだか体がおかしい。妙な気恥ずかしさからあれ以来カクとまともに顔を合わせることは出来ないし、なのにカクを見ているとお腹がずくずくとして下腹部に響くし、下着なんか、役割を果たせないほどびっしょりと濡れている事も増えた。
彼とのセックスを皮切りに、箍が外れたように訪れた体への強い違和感に私は頭を悩まされていたが、なんせ男性しかいないハウスシェアだ。彼らに相談するわけにもいかないし、かといって、カリファに相談するのも気が引ける。そうして相談することも出来ずにひとり抱え込むことになった私は、こうして気分転換に外に出る回数が増えたわけだが、それにしたって家に帰りづらい。まさか喧嘩もしていないのに、あそこにいることが気まずいと思うようになるなんて。
「ねぇ、きみ、家出?」
そんな時だった、知らないおじさんに声を掛けられたのは。
視線を上げるといつのまにかブランコを漕いでいない私の前に立っているおじさんは、私を見下ろしながらにたりと笑っていて一発で不審者だと分かったのだが、なんせ、ブランコに座っている私のすぐ前に立っているのだ。降りることが出来ず、「いえ、違いますけど」と少しはっきりとした口調で拒否を示したが、不審者はやっぱりにたにたと笑うだけで、「じゃあどうして此処にいるの、お家に帰れないんじゃないの」と問いかけては膝を折ってしゃがむと、太く短い指を生やした手のひらを伸ばして私の腕を掴む。
「おじさんの家広いから、おじさんの家に泊めてあげるよ。」
「いや、だから家出じゃないです。」
「衣食住約束できるよ、君は家にいるだけでいい」
あ、こいつ話聞いてないな。話を聞いちゃいない不審者は掴んだ腕の感触を確かめるよう緩く力を込めて揉みながら「へへへ」と笑うが、可愛いものでもなく、私はもう一度拒否を示して彼の腕を振り払おうと拳を握った瞬間、目の前に立っていた筈の不審者の姿が消えた。一瞬わけがわからず目を瞬かせたが、不審者は消えたのではなく横に転がったというのが正しいようで、ボールのように弾んだ体はブランコを囲む黄色い安全柵に体を打ち付けて、そのまま伸びてしまった。
「〇〇!」
そうして遅れて届いた声に、私はぎくりとしたが、視線を上げた頃には彼が私の前に立っていて、どこか余裕無く肩で息をした彼は此方を見下ろしながら「だから夜中に出歩くなと言っておったじゃろう!」と声を荒げた。
「だ、って」
「だってじゃないわい!女がこんな時間に一人で出歩くもんじゃないといつも口酸っぱく言っておるじゃろう!」
確かに、比較的放任主義のルッチ、ジャブラ、ブルーノたちとは違って、彼はいつも夜には出歩くなと口酸っぱく言っていた。しかし、ハウスシェアにいたら彼と遭遇してしまうじゃないか。部屋に籠っていても彼は遊びにきてしまうし、じゃあそれ対策として鍵をかけようものなら不審がられてしまう。だからこうしてハウスシェアを出たのに、それで怒られるだなんて。
「…………だって」
その瞬間、ぼろ、と涙が頬を伝って膝の上に置いた手のひらの上に落ちる。カクも普段の私だったら説教程度で泣くことなんてないと分かっているからか、私が泣きだしてしまうと露骨に狼狽えて先ほどの不審者のように私の前にしゃがんでは、不審者と同じように手を伸ばしてしなやかな指で私の涙を掬う。
「普段の憎まれ口はどうしたんじゃ」
困惑を滲ませながら問いかける彼は知らないんだ。今も彼の顔を見て、触れられる感覚にもお腹がずくずくと響く事を。
「………、……………。」
「…そりゃあ、強く言い過ぎたかもしれんが、分かったじゃろう。夜に出歩くと危ないと。」
「……。」
「〇〇。黙っていては分からん、その口はお飾りか。」
涙を掬っていた手のひらがそのまま頬を撫で、親指が私の唇をなぞる。
「……だって、カクといたくないって、言えるわけないじゃない………。」
「…わしが何かしたか?」
「したといえばしたけど、してないといえばしてない…。」
「なんじゃそれ。」
「………カ、………ク、と、その、……初めてえっちなこと、した、でしょ。」
「あぁ、そうじゃのう。」
「それ以来、なんか、体がおかし、くて、カクを見るとお腹がずくずく、し、て………その、………下着もびちゃびちゃになることが多く、て………。」
勇気を振り絞った言葉だったように思う。しかし彼は私の言葉を受けてぱちぱちとその特徴的な目を瞬かせた後、それはそれは深いため息を吐き出して、私の太ももの上にぼすんと頭を寄せた。じんわりと膝の上に滲むような温もりが心地よいと思う反面、また下腹部をずくずくと響かせるので、私はなれぬ感覚にひくりと喉を震わせた。
「はぁぁぁぁ………あれ以来わしを避けとるとは思っておったが……。」
「………ほかのみんなにも相談できなくて。」
「わしに相談してほしかったのう。」
「出来る訳ないじゃない。」
「そこを相談するのが恋人なんじゃないのか。」
その言葉は至極真っ当なもので、思わず言葉が詰まる。
「……まぁ、初めての現象で驚いたのかもしれんが、……………欲情してくれとるんじゃなぁ、わしに」
カクはそういいながら寄せていた頭を起こすと、此方を見上げながら私の腹を撫で下腹部に軽く圧をかける。彼を見るだけでずくずくと響く感覚が生まれるというのに、その彼に、しかも久しぶりに触れられたこともあってずくずくと響く感覚が増すばかりで、私は思わず「う、ぁ」と言葉を落してしまった。
しかし目の前のカクといえば私を見て愛おしそうに、いや、どこか愉悦を滲ませた眼差しを向けては「愛らしいのう」と零したのち、「じゃあ今日はわしの部屋で、相談の回答でもさせてもらおうかのう」と笑って、ブランコに座ったままの私の手を引いた。