「ねぇジャブラ、ここ怪我してるよ?赤くなってるし、虫刺されかなぁ……。」
ちょっとした任務を終えての帰還後、救急箱を持ってやってきた〇〇から手当を受けていると、〇〇がおれの首筋に手を伸ばしながら、どこか心配そうな声色を乗せて問いかける。「血は出てないからばんそうこうはいらないと思うけど、…いたい?」首筋に触れる手のひらは紅葉のように小さく、暖かい。グアンハオにいて純粋な心配なんて受けることがないからか、向けられたそれが妙にこそばゆく、心配を滲ませた金色の瞳を見下ろしたおれは、手の甲で〇〇の手のひらを押し退けては「これは違えよ。」と短く言葉を零した。
別にこれは強がりってわけではない。なんせ〇〇が問いかけた怪我というのはいわゆるキスマークという奴で、心配を向けるほどのものではない。ただ、十歳も満たないちんちくりんの〇〇は、これが何なのかが分からないようで「?そうなの?」と腑に落ちないような、不思議そうな、そんな表情を浮かべながら首を傾げた。
「あぁ、」
「でも赤いよ?」
「赤くても違えもんは違え。」
「えぇ?無理してる…?」
「してねぇつってんだ狼牙!!」
それが心配ゆえの言葉だとは分かっているが、その心配が積まれるとむず痒さは増すばかりで、おれは〇〇の問いかけを止めるべく頭を軽く叩いたのだが、〇〇は「いて」というだけですぐに「じゃあこれなあに」と問いかけてくるではないか。ああ、これだから子供ってのは嫌なんだ。どうせおれが説明したところで理解もできねえくせに、どうしてこうも聞きたがるのか。
「だーから………、これはキスマークだよ。」
「きす、まーく?って、あの、ぶっちゅってするやつ?口紅がつくやつ。」
「どこで知ったんだよそれ。まー…、合ってるっちゃあってるがよ、これはちょっと違うな。」
「合ってるのに違うの?」
「おう。」
わけわからんって顔をする〇〇。
「ふうん………なんでここにキスマークがあるの?ちゅってされたの?」
「な、……んでって……だーっっ!!なんでなんでってうぜえなぁ!これだからガキは好きじゃねえんだ!!」
「だってわかんないんだもん!」
うぜぇと突っぱねてもなお、ねーねーなんでなんでと純粋な眼差しで問いかける〇〇が鬱陶しくて仕方が無い。しかしおれが黙ったところでこのちんちくりんの好奇心旺盛馬鹿が止まることはなく、筈もなく、なぜなぜ期よろしくねえねえなんでと問いかけながら、おれの服を掴んで右に左にと引っ張る。
何故そんなにキスマークが気になるんだか知らねえが、いい加減うんざりしてきたので、ちんちくりんの胸倉を掴んで、瞳に驚愕の色を乗せる〇〇をぐいと引き寄せると、そのまま成長期にしては肉の薄い首筋に唇を押し当てた。
「ん、ぇ?!」
じゅう、と音を立てて首筋を吸うと、僅かにでも痛みが走ったのか〇〇の肩がびくりと震えて「い、う」と小さな呻くような言葉を落ちる。此処で色気のある声が出りゃあ面白かったのだが、十も満たないちんちくりんから色気のある声なんて出る筈もなく、そのまま遊ぶ事も無く唇を離したおれは、目の前にある首筋に指を這わせて、くっきりと残った鬱血痕を指の腹で撫でた。
「お、ついたついた……ぎゃはははは、お前みてえなちんちくりんにキスマークがあるって変だなぁ。」
「い、いたかったぁ………。」
「お前がキスマークキスマークうるせーからだ狼牙。」
知識もなけりゃ色気も無えガキに残されたそれは、なまめかしさというよりもちぐはぐな強い違和感を放っており、〇〇は首筋を小さな手のひらで触ると「しかも、見えないよぉ」と唇を尖らせた。たしかにごもっともな意見だ。しかしまぁ、少しは恥ずかしさやら驚きやらで黙るかと思ったが、キスマークの意味すら分かっていない此奴が恥ずかしさを抱く筈もなかったようで、小生意気に痛かっただの、驚いただのクレームを溢す。
さらに面倒なことに、クレームをキャッチして、〇〇と同じくらいのちんちくりん坊主のカクが「〇〇、何しとるんじゃ?」と此方へと駆け寄ってきた。
「あ、カク。」
「ム、ジャブラ、〇〇と近いぞ。離れろ。」
カクはおれと〇〇を見たのち、じとりと此方を睨むとおれたちの間に手を差し込んで、牽制をかける。ちんちくりんなわりに随分と嫉妬心が強いらしいが、全くこのちんちくりん女のどこが良いのやら。おれと〇〇の距離を離したカクは、少しだけ満足そうにしていたが、〇〇の首筋にある鬱血痕もといキスマークに気付くと、それが何なのかを知っているのか、面白いほどにさあっと顔を青くして「な、え、〇〇どうしたんじゃこれは」と言いながら無遠慮に〇〇の首筋に触れた。
「うん?」
まぁ、動揺示すカクとは違って、〇〇は何故こんなにもカクが動揺をしているのか、意味が分かっていなかったようだが。
「虫刺され…か?」
「ちがーう。きすまーくっていうんだよ。」
「?!!」
「?」
「だ、誰からじゃ!」
あ、やべ。おれは二人の横でひっそりと立ちあがってゆっくりと、ゆっくりと距離を取る。これ以上この場にいたら、面倒臭いことになるに決まっているからだ。しかしながら、空気は読むものなんて知らない〇〇は、「ジャブラから!」と声を弾ませるものだから、突き刺してくるような視線を背で受けながら、少しばかり足早にその場を後にした。
「〇〇!お前もお前じゃ!なんでジャブラにそんなことを!」
「う、え?!」
全く、油断も隙も無い。ジャブラに向けていた視線を〇〇に戻して彼女の肩を掴むと、〇〇は疑問符を頭いっぱいに浮かべて、「なんで怒ってるの?」と困惑を示す。ああ、くそ、〇〇は何もわかっちゃいないのだ。こういう時、子どもであることがすごくもどかしいと思う。わしは彼女の肩を掴んだまま、純粋という色をそのまま乗せたような金色の瞳を見つめると、「………、……きすまーくの意味、分かっておるのか。」と問いかける。しかし、案の定〇〇は「わかんない。」と首を左右に振るばかり。
「…………おまえのばかさ加減にはほとほとあきれるわい。」
「えぇ……?」
「そんなんだから、すぐにジャブラになかされるんじゃぞ。」
「すごいいいようだ……わるぐちでしかないな……?」
いやに目立つ赤黒い痕が視界に入るたびに不快さが募る。まるで自分の物だと思っていたものに、名前を書かれたようではないか。それに、これが本当にキスマークなのであれば数日、下手すれば一週間以上は彼女の首筋に残り続けるということになる。そうなれば、いまこの腹の中に溜まりゆく不快さを一週間以上も抱き続けなければいけなくなるわけで、それは御免だと早々に我慢という選択肢を放り捨てたわしは、「……〇〇、ジャブラがつけたんじゃからわしもいいじゃろう」そう言いながら、返答を待つこともなく、そのまま彼女の首筋に目立つ赤い痕の上に唇を寄せては、ぢうううううううと吸い上げる。
そりゃあもう恨みつらみが籠った吸い上げ行為だったと思う。
そのため、吸い上げ行為中に「いたぁい!」と〇〇の泣き声が響いたが、それを無視して、ジャブラのキスマークを上書きするように、より目立つものを残したわしは、痕にちろりと舌を這わせると「ん、満足じゃ!」と笑った。